第44話 冬と熊と北の城

「おやめください、大佐殿、こ、このようなところで! うっ、あんっ」


 北の城までは飛べば一日だがアリに乗って移動するなら二日かかる。しかも車を引かせて行くとなれば三日はかかるそうだ。セリカの用意した荷車には様々な道具類、それに食料や酒が積まれ、一冬過ごすのに不自由のないようになっているのだという。それが五台。それを引くアリたちにはそれぞれ赤アリの騎士たちが乗っている。俺とセリカの乗るアリもまた、荷車を引いていた。


 とはいえ道中は退屈で、やることと言えば葉巻を吸うか、水分補給かだ。今もセリカの小さな尻尾から水分補給をしていたところ。同じアリでもメルフィの大きな尻尾から出る蜜とは味が違う。それとも種族的な違いなのだろうか。


「セリカ少尉。頼むから昼間から変な声を上げるのはやめてくれないか?」


 休憩に入ると護衛の騎士たちはいっせいにセリカに文句を言い立てる。


「わ、私は、そんな」


「高々蜜を吸われたくらいで情けない。恥ずかしいとは思わないのか? 少尉殿?」


「お母さま、いや、中佐殿がこれを見ればなんというか! 一族の恥だ!」


 真っ赤な鎧姿の騎士たちに責められてセリカは涙目。ちょっとかわいそうかなと思った俺は文句を言う一人の騎士の尻尾をつかんで蜜を吸う。


「あっ、大佐殿! そ、それは!」


「同志伍長、貴様は声を上げないのだろうな? 当然」


「あっ、ぐっ。た、大佐殿!」


 セリカに伍長と呼ばれた騎士は、意地があるのか声を上げず、体をぶるぶるふるわせ、パリンと鎧を解いた。そしてそのまま白目を剥いて気絶する。


「ふっ、だらしない。このくらいで気を失うとはな」


 セリカが偉そうにそう言った。そしてほかの四人の騎士はドン引きで、俺から一歩、また一歩と遠ざかった。目を覚ました伍長殿は俺を見ると、ひっ! と声を上げ、「無理、無理ですぅ!」と言って逃げていった。



「あー行きたくねーなー。やだなー」


 口を開けば愚痴しか出ない。だって行きたくないんだもん。


「大佐殿、その、私と一緒では嫌ですか?」


「そうじゃなくて、あの場所が嫌いなの。エルフ臭いし、冬だってきっと寒いよ?」


「……そうでしたか。確かにあそこはエルフのすえた匂いが。しかしあれから半年。もう匂いなど残っておりますまい?」


「けどさあ」


「それに我らは着き次第、あそこの地下にねぐらをこしらえる所存。数日の辛抱ですよ」


「ならいいけど。獅子族もあんまり好きじゃないし」


「ですが、彼らの作る燻製肉や腸詰は絶品です。行けば行ったで楽しみがありますよ」


 ぶつぶつ言いながらもようやく北の城に到着する。そこにはキイロスズメバチのジュンがいた。


「ゼフィロス様、お待ちしておりました」


「ああ、ジュン。お前もこっちに住むの?」


「いえ、今年はエルフの集落の跡地に。あちらに力を注ぐと伯爵が」


「そっか、流石に二つのコロニーを一度にってのは無理があるもんね」


「私から申し出たことなのに、申し訳ありません」


「いや、いいさ。冬に何かあったら危険だし。それにあそこからここまでは遠くないんだろ?」


「ええ、距離にすれば50キロほどかと。飛べばあっという間です」


「そっか。なら何かあった時は頼むね」


「はい、お任せを」


 ジュンは代わりにいろんな産物を置いて行ってくれた。蜂蜜酒や果実のはちみつ漬けなど。当面甘いものには困らなそうだ。

 

 そして獅子族である。その長であるベンは玉座に座ったままで俺を迎えた。


「ご苦労。何かあったら頼りにしている」


 ものすごく上からの発言だった。


「あー、帰っていい?」


「何を言うか、ここを守るのは評議会にとっても利益。そうではないかね?」


 イラっとして、なんて文句を言ってやろうかと思っていると、セリカがつかつかと進み出て偉そうに座るベンを殴り飛ばした。それを止めに入った獅子族を次から次へとKO。しばらくすると獅子族は全員土下座していた。


「諸君らは勘違いをしている。我らが大佐殿は赤アリの長であり、蜂族の王であられる。また、クロアリの長兄。意味が分かるか?」


「えっと」


「つまり、我らインセクトはすべて大佐殿に忠誠を誓っている、と言うことだ」


「しかし、評議会で決まった事だし」


「わからぬか、獅子の長よ。評議会の決定は大佐殿を縛る力などないのだと言う事が」


「それって」


「そうだ、大佐殿は仕方なしに来てやっているにすぎぬ。無論我らもな。大佐殿がここを去る、そう仰れば我らもそれに従うし、キイロスズメバチも貴様らを相手にはせぬ。無論、オオスズメバチは貴様らの無礼、黙ってはいないだろうな」


「もういいじゃん。帰ろうよ」


「待って、待ってくれ! 今までの事は詫びる! いかないでくれ!」


 獅子族の長、ベンは俺に縋り付いてそう言った。


「大佐殿、種族は多いほうがいい。それが中佐殿のお考えです。ここはひとつ」


「けどさあ」


「頼む! 頼みます! あんたが居なきゃエルフには勝てない! そしてエルフがここをそのままには!」


 仕方なく俺はここに留まることにした。その日は城の客間に泊まり、翌日からセリカたちが地下に住処を作り始める。数日すると俺はそちらに移り住んだ。獅子族はあれ以来何かと差し入れをもってきて俺を労ったが獅子族に会いたくない俺はセリカにその応対を任せていた。


「ほんと無礼だよね、あいつら」


「まだ怒っておいでですか?」


「いや俺が大佐だとか、王だとかそういうの抜きにしてさ、助けてもらおうってのにあの態度はないよね」


 地下に設けられた俺の部屋は喫煙者であることを考慮して浅い階層にあった。天井には通気口があり、その上にも建物があってできるだけ熱を逃さない仕組みになっていた。赤アリらしいシンプルな狭い部屋、そこに置かれた飾りっ気のないベットに横たわりながらセリカに向かって愚痴を言う。


「確かに。ですが、お言葉には細心のご注意を」


「なんで?」


「それだけの力がおありなのですよ、今のあなたには。獅子族が無礼を働いた、そしてそれを許せない。そう漏らせば間違いなくヴァレリア達は獅子族を滅ぼすでしょう」


「ああね」


「愚痴であれば私が。大佐殿、獅子族は元は、百獣の王。ですから誇り高いのですよ」


「そうなの?」


「しかし、百獣の王であれ何であれ我らインセクトには敵いません。先日お見せしたように」


「まあね」


「ですが彼らはそのことに納得が。自分たちこそ最強の種族であるはずなのに、と」


「なるほど、わからなくはないね」


「なので彼らは力に劣る、トゥルーブラッドであるあなたには強く出たかった。そういうことです」


「ははっ、力に劣る、ねえ。最近はいい線行ってると思うんだけどな」


「こればかりは生まれの差です。大佐殿にはその分、魅力、と言う大きな力が」


「ねえ、セリカ、物は試し、腕相撲してみようぜ?」


「――大佐殿、お気持ちはわかりますが」


 そう憐れむように見るセリカを椅子に座らせテーブルの上で腕を組む。掛け声と共にぐっと力を籠めるとセリカは目をまん丸に見開いた。流石俺、あらゆる女王の蜜を吸ってきたわけじゃない。俺の腕はピクリとも動かなかった。


「はっはー! まだまだだな、セリカ!」


 そういってぐいっと力を入れてセリカの腕を押し倒した。そう、俺はセリカに勝った。インセクトのセリカに! そう、俺は蜜を吸う事で、アリの力強さ、そして蜂の俊敏さを手に入れていたのだ。


 勝者である俺は驚き、固まったままのセリカをベットに放り投げ、乱暴にその尻尾から蜜を吸った。


「お、お許しください大佐殿! くっ! あん!」


「ダメだな。お前は俺の強さを疑った。たっぷりと俺の力をその身に刻め!」


 何となく悪の魔王的なことを言ってセリカにいろいろした。



 やがて季節は冬になる。この辺りは冬の訪れも早いようですぐに雪が降りだした。とはいえここは城の地下、思ったよりも寒くはない。冬になると働き者だったセリカたちも何もしないで過ごすようになっていた。毎日みんなで集まってカードゲームをしたり、酒を飲んだりと、なんだかんだ暇をつぶしている。俺もそれに参加したり、セリカとあれこれしたりして楽しく冬を過ごしていた。


 そんなある日、ついにエルフがやってきた。


 城内は大騒ぎ、獅子族は男も女もそれに子供たちもが駆けずり回って迎撃の準備に余念がない。俺は軍服の上にコートとマフラーを着け、おそろいの軍服にコートをつけたセリカたち、赤アリの親衛隊と共に塔に上がった。


 ちなみに赤アリたちは強い酒を好むせいか、クロアリよりは寒さに強いらしく、それほど着ぶくれもせずに姿勢正しく俺に付き従う。くりぬかれた窓から外を見ると、ゴーグルのアナライズ表示に3体のアンドロイドが認識された。いずれも2000系。中に人が乗り込むタイプだ。


「どうだ、旦那?」


 そばにいたベンが心配そうに俺に尋ねた。


「あれなら俺でも行けそうだ。ただ、エルフの弓がね」


「はは、そいつは俺たちに任せてくれ。何の策もなかったわけじゃない。あんたは残った機甲兵を何とかしてくれりゃいいさ」


 ベンは自信たっぷりにそう言うと横にいた獅子族の女に合図を送った。


「よーし、みんな! 始めるよ! 城門を開きな!」


 女の合図で城門がギギギと音を立てて開いた。そこから出てきたのはハムスター。無論でっかくて凶暴な例の奴だ。


「あいつらにはこの十日も餌をやってねえ。奴らにとっちゃエルフもごちそうって訳さ」


「なるほどね」


 たたたっと走り出したハムスターたちはエルフたちにまっしぐら。機甲兵が止めようにも数が多い。あっという間に抜かれ、後ろに控えたエルフたちにハムスターの群れが襲い掛かった。エルフたちもその手に武器を取り反撃に出るも腹をすかせたハムスターたちは怯むことなく襲い掛かる。エルフの陣は見る間に阿鼻叫喚の地獄へと変わった。


「やるじゃん」


「まあな」


 何となくいけ好かなかった獅子族の長、ベンと握手を交わす。後はオタオタしている機甲兵を始末するだけ。そう思ったとき、予想外の事態が発生する。

 熊だ。血の匂いに引かれた熊が崖の向こうから顔を出し、その乱戦に加わった。ゴーグルの情報によれば30m級。まだ若い熊。とは言ってもエルフにも、ハムスターたちにも熊に対してなすすべはなく、その爪で薙ぎ払われ、熊の口に詰め込まれていった。


「うそだろ、何で熊がこの時期に! あいつらはもう冬眠のはずじゃ!」


「まずいよね、すっごくまずいよね。前に熊との戦いを見たことあるけどすっげえ強いもの、あれ」


「大佐殿、いかがなさいます?」


「そうだ、あんたなら何とか!」


「むーりー、俺の剣で斬ってもね、あの厚い皮に阻まれる。エルフの機甲兵に頑張ってもらうしかないよね」


 さすがに機甲兵は熊の爪で切り裂かれる事こそないが、近寄っては弾き飛ばされる。熊の一撃を受け止めた一体はその肘やひざの関節から火花を上げて活動を停止した。慌てて中から飛び出したエルフは熊の前足で抑え込まれ、頭から噛み千切られる。主を失った機甲兵が土に還っていった。


「ちょっと! 全然だめじゃないのさ! どうすんだよ、あんた!」


 そばにいた獅子族の女が俺の胸倉をつかんでゆさゆさと揺すった。


「ねえ! こういう時獅子族はどうしてたのさ! なんか対策とかない訳!?」


「普段は餌になるものを差し出して帰ってもらってた。だが冬の奴らは気が荒いんだ。あとは勝負に出るしか」


「できるよね? できるんだよね? 獅子族は、百獣の王だもんね? 俺、信じてるからね!」


「ほ、他の生き物ならな。だが熊はちょっと。専門外?」


 そうこうしている間にさらに事態は悪化! どうやらあの熊は子熊だったらしく、崖の向こうからその母熊であろう100m近い熊が登場したのだ。


「「ぎゃぁぁぁ!!」」


 俺とベンは思わず抱き合ってしまう。やばいやばい! 絶対に無理だよね! あんなの、スズメバチの皆さんでもいない限り倒せないからね!


 母熊はそこらに散らばるハムスターやエルフの生き残りや死体をもぐもぐと食い始め、子熊の方は機甲兵を遊び道具代わりに転がしていた。中のエルフが死んだのか、その機甲兵も土に代わる。最後の機甲兵は手足をもがれ、転がっていた。


「やばいやばいやばい! あれが済んだら今度はこっちだよね、絶対!」


「おい、あんた何とかしてくれよ!」


「できるわけねえだろ? 俺はね機甲兵と戦うために来たの、熊はそれこそ専門外ですぅ。セリカ、俺たちは帰らないと」


「ちょっと待ってくれよ! そりゃああんまりだ!」


「春になったらスズメバチのみんなを連れて助けに来るから、それまで頑張ってよ!」


「ばっかじゃねえの! 春どころか明日までも持ちませんが?」


「獅子族の働きに期待する! 健闘を!」


「絶対逃がさねえから! 死ぬならあんたも諸共だ!」


「わがまま言ってんじゃねえよ! 俺は帰るの! 離せって!」


 そんな風にもみ合ってる間にもさらに事態は変化する。母熊が新たな獲物を求めて立ち上がったのだ。


「「あわわわわ!」」


 再び俺とベンはぎっちりと抱きあった。もうだめだ! そう思ったときバシュっと発射音がして小さな飛来物が母熊に迫る。それは大きな爆発音を立て、熊の顔面に炸裂した。


 グァァァ! と心底恐ろしい声を上げ、母熊が暴れまわる。子熊もそちらに向かっていった。そこにバリバリバリと音がして機銃の一斉掃射、母熊も子熊も体のあちこちを貫かれ、地に伏した。


「なに、あれ?」


「さぁ」


 その時ゴーグルの警戒を知らせるアラームが点滅していることに気が付いた。その表示をみると、アンドロイドの型番表示が。


 ――そこにはMF201A、軍事用アンドロイドの情報が表示されていた。

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