第13話 父の威厳と長女の威厳

「うーん。ヴァレリアはともかくジュリアまでか。まずいねえ。それは」


 風呂で出会ったグランさんは心なしか痩せこけ、虚ろな目をしていた。


「そんな事より大丈夫ですか? グランさんは」


「はは、大丈夫に見えるかい? 僕はねえ、この一族を守るため、わが身を投げうったんだ。もちろん君の為でもある」


「かっこいい事言っちゃいましたもんね」


「おかげでさあ、僕はね、それほど愛しているならとお勤めが一日おきに。三日に一度だったのが二日に一度さ。ははっ。けど、戦争かそれとも、となればさ、僕に選択肢なんてなかったんだ」


 グランさんは大きく瞳孔の開いた目を俺に向けて、じいっと見た。


「判るね、ゼフィロス。僕は多大な犠牲を払って戦争を回避した。あとは君がクロアリと話を纏めるんだ」


「こっちも大変で。アイリスが俺の妹、そう言った時のヴァレリアの顔は、思い出しただけでも身震いします」


「始祖アイリスが目を覚まして以来、数百年。僕たちとエルフはどうしようもないくらいにこじれてしまった。こればかりはね、どうにもならない。エルフは敵、君の立場は判るけど、僕たちと共にある以上は彼らと戦う事は覚悟してくれ」


「ええ、ヴァレリアにもそれは何度も。妹はすでにこの世になく、彼女が残したものがエルフだとしても、ここのみんなより優先する理由はありませんよ」


「蜂族の女は独占欲が強い。女の部分が強くなればそれは嫉妬にも繋がる。そうなれば理を尽くして話しても無駄さ。僕はねえ、自分の姉たちとの過ちを未だに言われてる。ヴァレリアが僕を嫌うのもそのせいだ」


「けど、流石にどうかと思いますよ? 姉とっていうのは」


「若かったの! この身に宿るエナジーを解放したかったの! 若さゆえの過ちなの!」


 グランさんは興奮してそう言うと俺の肩に手を置いて、じとっとした目で見つめた。


「これ以上あの子たちのプロテクトがはがれてしまえばレーティングR15的に、いや、外交的にまずい事になる。早々に評議会に出向いて話を。僕の犠牲、無駄にしないよね? ね?」


「けど、アリってあのアリですよね? 気が進まないなぁ」


「大丈夫、君ならやれる。――それに、僕としても君をクロアリに献じたいわけじゃない。そこでだ、秘策を授けようじゃないか!」


「秘策! なんか失敗しそうな臭いがプンプンしますけどお願いします!」


「引っかかる言い方だけど、まあいいさ。君はアリの行列、見たことがあるかい?」


「ええ、まあ」


「まっすぐに規則正しく。彼女たちはその行列を見ればわかるように秩序を重んじる」


「なるほど」


「つまりはだ、君が我儘に振る舞えばあちらからお断り、そんな可能性、感じられないかい?」


「いや、その前に死の予感が」


「それは大丈夫。君に何かあればこの世界の損失だ。彼女たちならそれは十分に理解できる。君を殺して世界を敵に、そんな立場になるほど愚かではないよ、彼女たちは」


「俺は安全、あとは我儘の限りを尽くして呆れられればいい、そう言う事ですか?」


「そう、向こうが拒否。そうなればこちらは何の遠慮もいらない。僕も娘たちから文句を言われずに済む。いいね? ベストを尽くすんだ」


「はい!」


 そう言って硬い握手を交わした時、金髪のマッチョマン、女王の夫の一人、ニールさんがやってきた。


「ニール? 今日は君がお勤めだったはずじゃ」


「はっはー! グラン。イザベラはあんたをお望みだ。俺もライアンも一回で解放された。あとはあんたを抱いて寝たいんだと」


 ニールさんが最高の笑顔でそう言って湯船につかると、奥からは赤い髪の貴公子風の男、ライアンさんが顔を出す。


「さ、グラン、我らが女王のお召しだ。支度を整えて馳せ参じねばな」


 ライアンさんが嬉しそうにそう言って、髪をかき上げると、グランさんはぶくぶくと湯の中に沈んでいった。



「また遅い! 何度言ったらわかるのだ! 長湯は体に毒、そう言っただろう?」


「そうだぜ、ゼフィロス。お前も戦士なら何事も手早くしねえとな」


 風呂の外で待ち受けていたヴァレリアとジュリアはひとしきり文句を言うと、俺の両脇を抱えて連れて行く。その横で、俺を恨みがましく見ながら、よろよろとグランさんが歩いて行った。ああ、勇者グラン。あなたのおかげで戦争は未然に防がれたのだ! その活躍を知るものは俺だけだろうけど。


 しかし女王様の逆ハーレム、マッチョに貴公子、それにちょい悪とショタ、そしてダメンズのグランさんと、なかなかの充実ぶりだ。俺にそこまでの執着を見せなかったのはダメンズぶりがグランさんと被るからだろうか。



「ほら、ゼフィロス、このムニエルはうまいぞ。あーん」


「姉貴、ちゃんと野菜も食わさなきゃだめだろ? ほれ、あーん」


 食堂の中央のテーブルに陣取った俺たち。そして今は食事時なのか満席だ。ヴァレリアとジュリアは俺の両脇に座り、次々とあーん、してくる。当然周りからはシビアな視線が俺を刺す。子供じゃあるまいし、飯ぐらい一人で食え、その視線はそう言っている。

 俺もね、飯ぐらい一人で食えるの。そしてその、シビアな視線を放つ中には前に俺が助けたユリちゃんまでが含まれていた。


「ゼフィロスさんもだらしない。あれではグランと一緒です」


「ユリ、その名前を口にするんじゃありません。口が穢れる。わが父かと思うとぞっとします」


「そうよ、あんなクズの事は忘れなさい。あれはケダモノなんだから」


 ひどい言われようだ。流石勇者グラン。そしてヴァレリアとジュリアの二人にはその視線も声も届かないのか、にっこりとしたままで俺にあーんを続けていた。


「ねえ、ねえ、周りを見て! みんな、冷たい目で俺を見てる! 大丈夫、大丈夫だから、一人で食べられるからね!」


 俺はそう自らの正当性をアピールする。望んでやってるわけじゃない。俺の想い、みんなに届け!


「……ふむ、なるほどな」


「はは、それで遠慮してたのか。おかしいと思ったんだよ。な? 姉貴」


 うむ、とヴァレリアが答え、二人は立ち上がった。


「さて、この中にこのゼフィロスを蔑む者があれば名乗り出ろ。どうした? 遠慮はいらんぞ?」


「そう言うこった。陰でグチグチはアタシたちの流儀じゃねえだろ?」


 二人がそう言うと皆一斉に手を止めて下を向いた。ユリちゃんなんかは泣きそうな顔でカタカタと震えていた。この食堂には大体100人いる。98対2の戦いは2の勝利に終わりそうだった。


「はいはい、あんまり脅かすんじゃないよ」


 そこに朗らかな声で、奥の厨房からコック服を着た女の人が現れた。


「ヴァレリア。あんたにそう言われちゃ名乗り出れるはずもないだろ?」


「ルカ」


「けどよぉ、ルカ姉」


「ジュリアは黙ってな! あたしはヴァレリアと話をしてる」


 ぴしゃりとそう言われ、ジュリアは口をつぐんで椅子に座った。このルカと言う人も相当な迫力だ。


「いいかい、ヴァレリア。あんたたちのやってることは性愛。そして性愛ってのは知らないものにとっちゃ嫌悪の対象さ。平たく言えばね、見ていて面白くないんだよ」


「だがそれなら私に文句を言うべきだろう?」


「ファーストのあんたに文句を言えるわけがないだろう? あんたに突っかかれるのはそこのジュリア。それに同じファーストのあたし。それに巣分けしてでていったプリンセスのアエラぐらいのもんさ。だろ?」


「誰であれ関係ない。私は、」


「そうさ、あんたがマジになったらあたしだって勝てやしない。けどね、好き勝手するのとそれは違うんだ。あんたたちの行いでそのゼフィロスの評判が落ちるんだよ。いいのかい? ゼフィロスがあの父のような言われ方をされても」


「そんな事は私が許さん!」


 わっとヴァレリアの怒気が広がり、俺をはじめとしたみんなはヒッと縮こまる。だが流石、と言うべきか、同じファーストのルカさんとジュリアは平気な顔をしていた。


「だったら自重する事だね。そう言う風に飯を食いたきゃ部屋で食いな。それなら誰も文句はないさ」


「そうか、判った」


「飯はあたしが手配してやるさ。いいね、みんな、ゼフィロスは何も悪くない。つまんない事でグズグズ言うんじゃないよ?」


「「はーい」」


 それで一件落着。みんなは食事を再開した。


「ジュリア、ゼフィロスを連れて先に部屋に。私はルカと話がある」


「ああ、判った。ルカ姉。食後のコーヒーはもらっていくよ」


「ちゃんと食器は戻すんだよ?」


「判ってるって。行こうぜ、ゼフィロス」


 ジュリアはコーヒーを注いだカップを二つ、片手に持つと空いたほうの手で俺を引っ張っていった。去り際にユリちゃんが申し訳なさそうにちょこんと頭を下げたので、気にしてない、と手を振った。


「ねえ、ジュリア、あのルカさんって人」


「ああ、ルカ姉は姉貴と同じファーストだ。中の事はあの人が取り仕切ってる。要はワーカーたちの親玉だな」


「そのファーストって何人いるの?」


「最初は5人いた。で、一人は戦いで死んじまって、もう一人はプリンセスとして外にでた。今じゃコロニーの女王だな。んで残りが3人。ソルジャーを率いる姉貴とワーカーの頭、ルカ姉と育成、つまりは子育ての頭をやってるミラ姉だ」


「へえ、結構少ないんだね」


「そうだな、アタシが子供のころはその5人しかいなくって。アタシは姉貴に育てられた」


「ヴァレリアに?」


「あたしたちセカンドは30からいたからな。そりゃあ一人じゃ手が回らねえさ」


「いや、そうだけど、歳がそんなに違うのかなって」


「ははっ、そりゃそうさ。なんたって姉貴たちはファースト。もう80歳は過ぎてるさ。アタシだって今年で65さ」


「へっ?」


「そうそう、そういうあんたはいくつなのさ」


「俺は21だった。眠る前はね」


「21? ははっ、ガキじゃねえか」


「俺たちの種族じゃ立派に大人なの!」


「ま、アタシたちもそうさ。20歳で一人前。それまでは酒もたばこもやらしちゃもらえねえ」


 そう言えばシュウさんとカシムさんが女王様は100を超えると言っていた。その最初の子、ヴァレリアが80歳でも何ら不思議はないのだ。


「大きな声じゃ言えねえが、姉貴はババアだからな。アタシはまだぴっちぴち。な? アタシのほうが良いだろう?」


「誰がババアだ!」


 扉がばたんと開いて、ヴァレリアが入ってくる。


「へっ、聞こえちまったか。ま、事実を伝えただけだ、事実を」


「ふっ、ゼフィロス。私たちは長生きだ。お母様のように100を超えてからが本番。それまでは青臭いガキにすぎぬ」


「あはは、すごいね。俺たちは100まで生きられるかどうか」


「大丈夫だ。お母様が言っていた。ここで私たちと同じものを飲み食いし、同じ生活していれば長く生きられると」


「そりゃ助かるね」


「だから何も心配はいらん。種族の差など、どうとでもなるのだ」


 そう言ってヴァレリアは俺の膝に跨り、ぎゅっと抱きしめた。


「それはそうと姉貴、ルカ姉と何の話だったんだ?」


「ああ、この部屋の下に、風呂を作ってもらおうと思ってな。ゼフィロスはいつも長風呂だろ? 心配でたまらん」


「そりゃいいな。アタシも賛成だ。親父にろくでもないこと吹き込まれんのも嫌だしな」


「そうだな、それもある。それはそうとジュリア」


「なんだ?」


「明日からここの留守を頼む。私とゼフィロスは評議会に顔を出さねばならぬからな」


「ちっ、やっぱ留守番かよ」


「お前が居なければ不安だろう?」


「あー判ったよ、けど次はアタシが。いいな?」


「考えておこう」


 ふふっとヴァレリアは笑い、そのまま俺をベットに連れ込んだ。ジュリアはコーヒーを飲み干すと遅れまいとベットに潜り込む。俺は前後をおっぱいに挟まれて、幸せな気分で眠りについた。性的には不満であるが。


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