第4話 女王蜂の長女

「姉貴も追い出された口か。ワーカーの奴らときたら口やかましくてかなわねぇよな。ん? 隣にいるのは例の人間ってやつかい? アンタも葉巻吸うんだったら遠慮はいらねぇ、こっち来て座んなよ」


 振り返った先客は茶色い髪を後ろで束ねた女性で、整った顔の鼻筋から左の頬にかけて痛々しく刻まれた傷を歪め、俺たちに笑いかけた。


「全くだな。いくらコロニーの換気が良くないとは言え葉巻の一本や二本でどうこうなるわけでもあるまいに」


 俺は愚痴るヴァレリアの横に腰掛け、手渡されたライターで葉巻に火を点けた。


「ああ、紹介が遅れたな。コイツは私と同じソルジャーで妹のジュリアだ」


「ん、どうした? アタシの傷が気になるかい? コイツは歴戦の証。いわば勲章替わりってやつだ」


 ジュリアと呼ばれた彼女はヴァレリアと同じような格好をしているが、その露出された腕や足にも頬と同じような傷跡がいくつも走っていた。


「ふっ。向こう見ずに飛び出すからそのような傷を残す。私に言わせれば未熟者の証だな」


「そりゃあ姉貴のようにはいかないさ。アタシは『ファースト』じゃないんだから」


 むう。また難解なキーワードが。


「『ファースト』だって死ぬときは死ぬ。要は己の力量を把握すれば怪我などはしないということだ」


「そりゃあそうだけどよぉ」


「ん?どうした。何か聞きたいことがあるのか? 今のお前はそういう顔をしているぞ、ゼフィロス」


「ああ、『ファースト』ってのが何かも気になるけど、ジュリアさんはなんで俺のこと知ってるのかなって。さっき食堂であった人達もそうだったけど普通もっと驚いたりするよね? アンタたちからすれば俺は未確認生物なわけだし。現にユリちゃんなんかはドン引きだったからね。

 それにこのライターとかも気になる。なんでこんなものがあるのかなってね。文明は崩壊したって女王様から聞いてたから」


「はは、好奇心旺盛で結構なことだ。では順を追って答えてやろう」


 ヴァレリアはふうっと煙を吐くとゆっくりと語りだした。


「『ファースト』というのは女王から生まれた最初の子供たちの事を言う。ファーストはほかの子供たちとは違い、女王の能力をそのまま受け継いでいるんだ。ワーカーの素質もソルジャーの素質も高いレベルで受け継がれる。つまり、何でも出来るってことだな。

 その『ファースト』の中から次の女王たる『プリンセス』が選ばれ、選ばれなかった『ファースト』は成体になる儀式の時、女王から与えられた蜜でワーカーになるかソルジャーになるか決められる。

 ワーカーは職長となり、生産管理や技術指導を、ソルジャーは私のように戦闘部隊を率いる司令官となる。いわばこのコロニーの指導者層を形成するわけだ」


「まあ、そういうこった。姉貴は生まれながらにして能力が高いのさ。アタシたちボンクラとはわけが違うってことだ。散々戦ってきて怪我のひとつもしねえって理由がわかるだろ?」


 うんうん、と一人頷きながら納得するジュリア。ヒクヒクと頬を引きつらせながらもヴァレリアは説明を続ける。


「ちなみにジュリアは第二世代『セカンド』の生まれだ。セカンドは女王からワーカーかソルジャー、どちらかの能力をそのまま引き継ぐ。いわば士官だ。引き継がれたどちらかの能力は女王や私たちと同じ。つまりはだ、

 ジュリア! お前が怪我するのはむやみに突っ込むからだ! それをいつもいつも能力の違いだなんだと言い訳しやがって! あれほど心配かけるなと言っているのにこのバカ妹だけは!」


 激昂したヴァレリアがジュリアの胸元を掴み、吊るし上げる。――片腕だけで。


「ぐ、ぐるしいって! わかった、わかったから降ろしてくれ!」


「分かればいいんだ」と手を離すヴァレリア。ジュリアは落ちた拍子に尻を打ったらしく、さすりながら恨めしそうな視線をヴァレリアに向ける。


「で、どこまで話したかな。ああ、セカンドのところまでか。で、その下の子供たちはいくらか能力が落ちる。どちらに適性があるか女王が判断して、ワーカーかソルジャーになるのが普通だ」


「普通っていうことは普通じゃない場合もある訳?」


「ああ、サードから下の子達の中で男が生まれる可能性があるからな。男は幼い時から大事にされ、婿に行くための英才教育を女王の夫たちから受けて育つ」


「英才教育? またえらく大層なことだね」


「まあ、そうとも言えるが。私たちの種族ではそもそも男が生まれる確率が非常に低い。外に出して獣に襲われたり、作業中に事故にあったりされては適わないのでな。生まれた時から隔離され、男のみが受け継ぐべき知識を叩き込まれるんだ」


「それって例えば性的な事とか?」


「それももちろんあるだろうがな。実際のところ彼らが何を受け継ぎ、何を知っているのかは私もわからん」


「なるほどねぇ」


「で、次の質問だ。なぜ初めて会うジュリアがお前のことを知っているかだったな」


「うん。初対面なのに驚かないっていうか」


「そいつは簡単だ。アタシはアンタの事を聞いていた。それだけさ」


「いやね、食堂で初めて会った人達も普通に接してくるんだよ? もっと不審がるのが当然だと思うんだけど」


「ゼフィロス。私たちに有ってお前にないものはなんだ?」


「いろいろありすぎてアレだけど、とりあえずは触覚かな?」


「そうだ。この触覚は飾りで付いてるわけじゃない。これを通して私たちは女王の意思を感じることができるのだ」

 

 インセクトと呼ばれる昆虫と同化した種族は触覚を通して意思の伝達ができるらしい。ユリちゃんが襲われた時も彼女の助けを求める意思を感じ、その場所を特定できたように。女王ともなれば、コロニーの全員に自らの意思を伝える事が可能で、俺のことも女王から伝えられ、「家族同様に接するように」との指示まであったとの事だ。

 ちなみにその伝達方法は音などではなく、テレパシーのように直接頭に響いてくるものらしい。


「すごいもんだねぇ。明らかに人間なんかより優れた種族なんだね」


「優れているかどうかはわからんが、私は自分の種族に誇りを持っている。だからこそ我々を見下すエルフが憎い」


「それに関しちゃアタシも同感だ。奴らときたらアンドロイドがなきゃ碌に戦えもしないくせにアタシらを下等種族だのなんだの言いやがる。それにアタシらの仲間を攫ってアルコール漬けにして飲んでるって話も聞くしね」


「ああ、何より先代の女王を標本にしていると言う一事だけでも奴らは死に値する」


 なるほど。人がスズメバチにしていたことをそのまま彼女たちにしているわけか。そりゃあ険悪にもなるよね。


「あのアンドロイドさえなんとかできれば奴らなど……すまん。話がそれたな。最後の質問はこのライターについてだったな」


「うん。文明は滅びたはずなのになんでそんなものが残っているのかなってね」


「確かに文明は滅びたが、何もかもが失われた訳じゃない。生活に有用な知識はかなり残っているんだ。我々だって原始人からやり直したわけではないのだからな。このライターもそうだし、風呂やトイレの知識も残っている。もっともお前がいた時代の頃のようには行かないだろうが」


「風呂あるの?」


「ああ、入浴の習慣は私たちにもある。後で案内してやるからお前も入るといい」


「それは何よりだよ! 何しろ起きてからちょこっとシャワー浴びただけだったからね」


「それは良かった。ところで……」


「ん? 何」


「その袋には何が入っているんだ?」


「ああ、袋は大した物入ってないから開けていいよ」


「アタシも気になってたんだよねー。姉貴、あけてみようぜ」


 二人は待ってましたとばかりに俺のバックパックを漁り出す。まあ、珍しい種族の俺が何を持っているのか気になるのはわかるけど。


「おい、ゼフィロス、こりゃなんだ?」


 ジュリアが取り出したものは飲料水が入った樹脂製の水筒だ。


「それは中に水が入ってる単なる水筒だよ」


「ちょっと飲んでみてもいいか?」


「そりゃいいけど、本当に水だぜ?」


「いいからいいから。何事も体験だろ?」


 そう言って水筒を抱え、中身を飲むジュリア。飲み終わった彼女の表情はなんとも言い難い複雑な顔だった。


「味も素っ気もありゃしねぇ。これは本当に水なのか?」


「ああ、蒸留水だから味はしないよ」


「なんだかよくわかんねーけど、うまいもんじゃねーな」


 そう言って残った中身を地面にぶちまける。


「そんな顔すんなって。アタシが代わりにもっと旨いもん入れといてやるからよ。んでこっちの四角いのはなんだ?」


「それは携帯食料。腹減った時に食べようと思ってね」


「ふーん。なんだこりゃ! パサパサしてちっともうまくねえよ! 人間ってのはよっぽどまずいもん食ってんだな」


「ちがうって! それは腐ったりしないように加工してんの! 普段はもっとうまいもの食ってるの!」


「ふーん。そうなんだ。ま、アタシは興味ないからどうでもいいんだけどな」


 再び残った携帯食料を地面にぶちまけ、靴底で踏みにじる。


「あー! なんてことすんだよ! まだ食えるだろうが!」


「あーん? アンタはこのコロニーに家族として迎えられたんだ。こんなクソまずいもん後生大事に抱えられちゃあアタシら一族の恥ってもんなんだよ! もっとうまいもん食わしてやっからこんなもんの事は忘れちまいな! なあ姉貴、そうだろう?」


 話を振られたヴァレリアは渋い顔で携帯食料を咀嚼そしゃくしつつ答えた。


「まあ、ジュリアの言うとおりだな。安心しろ、ゼフィロス。お前がここにいる限り食べ物で不自由はさせん」


「まあ、よくわかんないけどここに置いてもらえるってのは助かる」


「だろ? こんなまずい食事、ありえねーから。あとはこれか。これは何に使うんだ?」


「それはトイレットペーパー! ほらトイレ行ったあと拭くのに使うんだよ!」


「あー、ケツ拭くのか。随分ゴワゴワしてんだな。こんなんでケツ拭いたらケツが悲鳴あげるんじゃねーか?」


「え? ここじゃ何で拭いてるんだ」


「柔らかいコルク材だよ。ここらは木がよく育つから木材には不自由しねーんだ。コルク材を薄く削ったものでケツ拭いてんだよ。まあ、こんなふうにくるくる巻いてあるわけじゃねーけどな」


「そんなのトイレに流したら詰まるんじゃない?」


「流す? そんな勿体ねーことしねーよ。クソはワームの餌になるんだ。んでそのワームのクソが肥料になるって寸法さ。便利なもんだろ? 奴らはコルクも一緒に食っちまう。それがいい風味になるんだとよ」


 予想の斜め上だ。ここでは完璧な循環システムが出来上がってるらしい。って事はさっき食べた肉は……よそう、考えたらまた吐き気がする。


「ってことでコイツもいらねーな」


 ジュリアは葉巻の火をトイレットペーパーに点け、燃やし始めた。


「いやいや、なにも燃やさなくても……」


 そう言うとジュリアは俺をひと睨みする。


「アンタはアタシたちの家族になったんだ。ここで暮らしていくなら今までの余計なことは忘れな! 変に思いだして出て行かれても困るからね。本音を言えば着てるものから持ってるもの全て捨てちまいたいとこだけど今日の所はこの辺で勘弁しておいてやるよ」


 そこまで言うとジュリアは顔を寄せ、額を俺の額に押し付けると


「アンタはここに馴染む努力をすりゃあいいんだ。そうすりゃなんだって手に入れてやる。いいか? 二度は言わねぇ。アンタはアタシたちの家族になった。裏切ったり出て行ったりしやがったら地の果てまで追い詰めて殺してやるからな」


「ああ、わかったよ」


 この場に置いて他にどんな選択肢があるというのか。この世界で恐らくたった一人の人間であろう俺、それを受け入れ家族として扱ってくれるスズメバチの一族。なぜ彼女たちがここまでしてくれるのか全くわからないがとりあえず逆らえる状況でないことだけはわかる。


「まあ、私もジュリアと同意見だな。色々な違いに戸惑うこともあるだろうが一日も早く馴染じんでもらえるよう私も努力する」


「ああ、わかんねーことや気に入らねー事はアタシや姉貴に言ってくれ。必ずここが気に入るようにしてやるから」


「いろいろありがとう。正直まだ実感がわかないけどここが俺の住んでいた世界ではないってことは理解してるしアンタらが見ず知らずの俺を家族として受け入れてくれていることも嬉しく思う。なるべく早く馴染めるよう俺も努力するよ」


「最初っからそういや良いんだ。んじゃ話も付いたとこでアタシは見回りに行ってくるよ。そろそろ交代の時間だしな」


「ああ、しっかりな。サボるんじゃないぞ?」


「わかってるって」


 夕日の中を歩くジュリアの後ろ姿を見送って、俺は2本目の葉巻に火をつけた。


「いろいろすまなかったな。ジュリアは直情的なところはあるが悪気はないんだ」


「いや、全然気にしてないから。むしろ嬉しかったし」


「そう言ってくれるなら助かる。どうやらアイツはお前が気に入ったようだしこれからも仲良くしてやってくれ」


「ああ、もちろんだよ。美人とは仲良くする主義だからな、俺は」


「あはは、それならここにいる姉妹はタイプはいろいろあるものの皆美人だ。仲良くできそうでなによりだな」


 そう、ここの人は皆美人だ。それが例え触覚がついていようとも、鎧姿に変身しようとも、片手で人を持ち上げられる力の持ち主だとしてもだ。


「私たちは一服付けたら風呂に行くか。そろそろいい時間だしな」


「お、賛成! ちなみに風呂って大きいの? これだけ住んでるんだもん大きいよね?」


「ああ、でかいぞ。とは言ってもお前は男だったな。男風呂の大きさはわからんが狭いということはあるまい」


「ちっ、混浴じゃないのか」


「私もなぜ男女別になっているのかはわからんが、昔からそうなっているのだ」


 なんでって理由は明白だよね? ヴァレリアって頭良いようで肝心なところが抜けてるっていうかなんというか。

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