Call17 メリーさんと人間と





「るーるーに興味があるの、だから来たのよ」


(ええっと……落ち着け私)



 いま、私はベッドにいます。

 OK、ここまではいつも通り。

 パジャマは着てるけど夢ではなさそう。

 OK、つまりこれは現実だ。



 違うのは、メリーさんが家にいること!



(なんで!? って聞く意味はないか……?)

 メリーさんの自宅訪問……トモダチになったならありえる話だ。

 でも……。


(朝からいるとかありえる!?)


 まだ顔も洗ってないんだぞ私!

 髪もなんも梳かしてない!

 つまりなんだ……恥ずかしいんだ!


「ちょっと顔を洗ってくるから待ってて! 落ち着いて!」


「ふふ、落ち着くのはるーるーだと思うの」


「うえぇーい! その通りだ!! 顔洗って落ち着いてくるよ!!」


 パジャマのままベッドから起き出すと、バタバタと私は自室の扉のドアノブに手をかけて……。

「あ、漫画とか好きに読んでていいから! 寛いでて!!」

 そんな事を言ってから、急いで部屋を出ていった。




 ◇◆◇◆◇◆




(落ち着け? 落ち着いたな、よし落ち着いた)



 顔は洗った、完璧だ。

 髪も梳かした、何本か跳ねてた髪も、今は大人しくなっている。

 鏡を見れば、前髪を横に流したボブカットの、いつもの私だ。

 他人には言えないけど、まぁちょっとは可愛いんじゃないかなとか自分で思ったりもする。

 ……さすがにそんな事を堂々と言うほど自惚れてはないけど。



(そろそろ少し切ろうかな……)



 肩近くまで横の髪が伸びてるのも見える、近々肩にかかるかもしれない……。


(あんまり長いと洗うの面倒だし……)


 そんな風に鏡を見て、私がぶつくさ考えて……。


 ほんのちょっと、瞬きをした瞬間。



 私の真後ろ、背中ぴったりの位置に、つば広の帽子を被った女の子が現れた。



「ひぴゃっ! ななな、なになになに!?」



 ちょっぴり涙目になって後ろを振り返ると、眼前に蒼い瞳があった。



「るーるーを見たくなったの」

「だ、だからって急に出てきちゃう!?」

「出てきちゃうのよ」



 じーっと、無表情に私を見てくるメリーさん。



(なん、なんなの!?)



 なんだもう、メリーさんには友達に対する遠慮ってものがないの……!?



「そんな急に出てこられたら友達みんなビックリしちゃうよ!?」

「るーるーくらいなのよ、驚くの」

 ふふ、と私を見て笑い始めたメリーさん。

(私くらいってほんと!?)

 考えてみる……確かにメリーさんのオトモダチって花子さんとかだろうし、後ろに出てきてもなかなか驚かないかもしれない。

 他に人間のオトモダチがいたらどうか分からないけど、そんな人はなかなか……。

 …………いない、のかな?



「るーるー?」



 目の前で私が急に押し黙ったから、メリーさんは不思議そうに小首を傾げた。

「あ、えっと、なんでもないよ。着替えたら一緒に朝御飯でも食べよっか」

「……」

 メリーさんは私の目を覗きこむようにじっと見てから……身体を離す。

 そうして、小さな笑みを口元に浮かべた。

「わかったわ、そうするの。……人間は大変なのね、考えることばっかりで」

「……」




 私が急に黙ったのは……お母さんのことが頭に過ったからだった。

 お母さんの友達だったというメリーさん……でも、それが本当だったかどうかを、私はメリーさんに聞いていない。

 制服に着替えてからエプロンをした私は……フライパンで二人分の目玉焼きを作り、物思いに耽る。

 花子さんとか人面犬とはきっと親しいんだろうけど……お母さんとは、どうだったのかな?

 お母さんはメリーさんを裏切った?

 メリーさんとは友達だった?

 それをまだ私は、メリーさんに確認していない。

 深夜二時のメリーさんが実在したんだから……そうした事もちゃんと考えて、聞かないといけない。

 ジュゥ……と目玉焼きの焼ける音、油が小さく跳ねる音を聞く中で、二人分のご飯を茶碗によそう。

 メリーさんはさっき、私を見て笑っていた。

 もしかして、私の考えていることが分かっているのだろうか?

 それとも、私が急に考え出したから笑っただけなんだろうか……。

 考えが分かるなんて妄想のような考えだけど、少し不安にもなる。

 メリーさんは人間ではない。

 だから私の考えだって筒抜けかもしれない。

 どこにいるかがすぐに分かるのに、気持ちや考えが分からない保証なんてないんだ。

 でも……それ自体は別にいい。

 私の考えが分かるとしたら恥ずかしいけど、分かっちゃうなら仕方ない。

 ただ、もし分かるなら……私がお母さんの娘だってことも知ってるってことだから、少し不安にもなる。

 メリーさんに謝りたかったお母さん。

 でも、お母さんが本当にメリーさんと友達だったのか、なんで謝りたかったのかも、私は知らない。

 メリーさんのことも、お母さんのことも、知らないことだらけなんだ。



 そんなことを考えながら、私は昨日の残りのお味噌汁が温かいのを確認し、それを茶碗によそう。

 お父さんが温めていったんだろう。

 熱々とはいかないまでも、美味しく食べるには十分だ。

 目玉焼きはもう少しといったところ、私は半熟より焼いた方が好きだ。

 目玉焼きが出来上がるのを待つ間、ご飯とお味噌汁をテーブルに運んで、テーブルの近くに立つメリーさんに声をかけた。

 ……メリーさんは人の考えている事が分かるのか、気になったからだ。

「……メリーさんはさ、人の心が読めたりはするの? 考えが分かるとか」

「……?」

 私が聞くと、メリーさんはきょとんと首をかしげる。

「……あ、分からないならいいんだけど」

「分からないのよ、全部は」

 首を戻したメリーさんが、私に対してにこりと笑う。

 全部はってことは……。

「ちょっとはわかる?」

 ……不安になって私が聞くと……メリーさんはすっと、私の首に指で触れた。

 びくり、と、怯えた私は身体を一歩逃がす。

「ちょっとなの……いま、るーるーが怯えていることくらい」

「……ご、ごめん」

 小さく笑って話すメリーさんに申し訳なくなって、私は謝る。

 怖がるのは悪いと思っても、考えが分かるんじゃないかとかは不安になるし……指が触れると、爪を立てられた時を思い出してしまって、不安にもなる。



「……自然なことなの。人間なのよ、るーるーは」


 私の気持ちを見透かすように、メリーさんはくすりと笑って……指を外した。

 そして馴れた様子で椅子に座る。


 私も対面の椅子に座って、メリーさんを見ながら考える。

 メリーさんは箸でご飯を口に運びながら、静かな表情で食事をしていた。

 人間なのよ……と笑う姿に、諦めのようなものを感じたのは、私の気のせいだっただろうか?


 私は、メリーさんを傷付けたんじゃないだろうか。


 私にはメリーさんの気持ちは分からないけれど……。

 そんな風に私が考えていると、メリーさんは箸を止めて、私を見る。

 なんだろう?



「るーるー? 煙が出てるの」



 ……煙。



(煙……?)

 

 ばっと私は、椅子に座ったままキッチンのフライパンの方に視線を送る。


 目玉焼き作ってた!

 煙だ! 焦げ臭い!



「やっちゃったあぁぁー!!」

 

 

 椅子から立ち上がった私が大慌てでフライパンに駆け寄ると……眺めていたメリーさんが、くすくすと楽しそうに笑っていた。




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