forming 第7話

"恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり人しれずこそ 思ひそめしか"


百人一首の和歌の一句。

密かな恋心。しかし、すでに周りには とっくに知られていた恋心。


まさに、今の自分の気持ちそのもの。


夕方になっても、昨晩の後悔が残っていた。正直、カオリさんが好きな事はどうしようも無い事だが、アキさんと幼馴染の先生相手に無謀に戦いを挑み、結果 惨敗! せめて直接カオリさんに告白したかったが……ある意味、直接告白した事になるのかな?


バレたのは、しょうがない! くよくよ悩んでたら、今迄通りの『ヘタレマコ』のままだ。自分を変える良いチャンスと思い開き直るか⁈


ただ、何となく気まずさが……

そんな時は……


[After-eve ]に行った。

こういう時はアキさんに会うのが一番!

アキさんの店は、心を落ち着かせてくれるし。


アキさんの店は、まだお客さんが居て楽しそうにパンを選び、幸せそうな顔でパンを買っていた。

アキさんが、無言のまま自分に店の奥の革製品を作る作業場の椅子に座る様、合図をした。


子供を連れた親子やカップルが次々にパンを買い、あっという間に残っていたパンが無くなってしまった。


アキさんが、『close』と書かれたボードをドアに掲げる。


「ふぅ〜〜、終了! 」

やや疲れた感じでアキさんが言った。


「すいません、お客さん居て忙しい時に来ちゃって」


「全然! マコちゃんが、お客さん連れて来てくれたから全部売れたよ! お陰で」


「自分が連れて来た訳じゃ無いっすよ。このパンの魅力に取り憑かれた人が多いだけっすよ! 」


「取り憑かれたって、何か怪しい物売ってるみたい。ふふふ」


「あっそうだ! ユウさんにあげたパンって、どんな物なんすか? 皆んな気になってますよ! 」


「皆んなって、カオリちゃん? 」


「……まぁ。でもユウさんも気になってましたよ! 」

やっぱりカオリさんの名前が出るだけで、気まずい感じになってしまう自分。


「んーーと、あれはね、モンキーブレッドって言う甘いパン。小さなパンが沢山くっついている変な形のパンだね。色々、いわれはあるけど。お猿さんが好きなバオバブの実に似てるとか」


「その実が何か意味あるんすか? ユウさんに」


「うーーん、ユウさんちょっと奥さんと仲良くなかったんだよねーー実は。ヤバいかな? 言っちゃったら」

言うのを躊躇うアキさん。


「あ、[蜃気楼]の娘に聞いたんで大丈夫かと」


「あっそうなの? マユミちゃんだっけ?

じゃ、いいか。これはね自分の勝手な解釈なんだけどモンキーブレッドってね、モンキーパズルブレッドとも言われる事もあってね。モンキーパズルツリーという猿も登るのに苦労する木に似てる所からきてるらしいんだけど」


モンキーパズル? 猿も登るのに苦労ってどんな木? 自分の単純な脳細胞では、想像する事も出来なかった。


「ここからは、俺の勝手な想いだけなんだけど。猿も登るのに苦労する木。なのに甘くて、小さなパンを一つずつ取り分けて食べる。なんかさーー 夫婦の色んな事に重なるなーーって。ホントに勝手な、後付けなんだけどね」


「なるほど〜〜。ユウさんの奥さんは、何か感じたんですかね! 」


「ぷっ。な訳無いと思うなーー。甘いのが好きなだけじゃない? でもね、それでいいんだよ! 余計な講釈は、食べる人にとっては必要ないからね。美味けりゃ、良し! 」


アキさんのパンが美味しい理由が、少しわかった気がした。アキさんは色んな想いを持ってパンを作っているが、食べる人にその想いを押し付けない。ただ、美味しく食べて貰えればいい。


「ちなみにあのバッグの花は、どんな想いなんすか? 」


「……な……い……しょ! 」


内緒? って、余計気になるじゃないすか?

相変わらず、一筋縄では いかないな。

アキさんは。


「でもね、前にあげたキーホルダー。フクロウの意味はマコちゃんの言った通りだよ。『不苦労』から幸せを運ぶ。

ちなみにカオリちゃんは、『わぁトトロだぁ〜〜 』って。

いや、羽生えてるから…… 」 (笑)


ぷぷっ。やっぱり天然なのは、カオリさんか! どうりであの時、アキさんの口をチカラずくで塞いだのか。


「プレッツェルも愛情で合ってましたか? 」


「ごめんね、いくらマコちゃんでも男同士の愛情ってのは…… キモいかな? あれはそのまま、祈り。幸せになる様、祈ってます! かな? 」


アキさん! 素直にそこは、愛情だよ! でいいっすよ! キモいっすか? 自分。


「アキさん…… 皆んな知ってたんですよね? カオリさんの事…… 」思い切って訊いてみる。


「うーーん、そだね。でも俺はね、マコちゃんだけでなくカオリちゃんもマコちゃんの事、少し気になってるかな? って思ってる。今でも」


「でもそれは、愛情じゃない様な。アキさんが思ってる以上にカオリさん、アキさんの事、好きなんすよ〜〜 自分が言うのは、生意気ですけど」


「難しいね。恋愛って。どんなに好きでも結ばれるとは限らないし。ただね、マコちゃん! 出来れば、ずっとカオリちゃんの事、見ててやってくれる? 」


何を言ってるんだろう、アキさん。そんな言葉、アキさんから聞きたく無い。

それに…… まるで…… アキさんがカオリさんの事、見続けられない様な…… 言い方。


「駄目なんすか? アキさんは…… 」


そうアキさんに訊いた。以前、カオリさんが見せた切ない表情を思い出しながら。


「俺が、カオリちゃんを受け入れるには、まだやらないといけない事があるし。今はまだ、カオリちゃんと向き合う資格すらないんだよ。失礼だよねー、

カオリちゃんにもマコちゃんにも。でもこれは俺が決めた事だし、俺自身の事だから…… 」


言いたい事は、沢山あった。


ただ、アキさんがここまで話してくれて、何より真剣なアキさんの表情が……

色んな事、色んな想いを抱えているアキさん。そんなアキさんに、これ以上何も言えなかった。


お店の窓に、小さな雨粒がつきだしていた。


「雨か…… そろそろ…… 最後の雨になるかな? 」

アキさんが窓を見ながら。


「なんか、思い出します。雨の日に此処で、カオリさんにいきなり『マコちゃん』って呼ばれた事を…… 」


「そうだったね。なんか今年は、雨に つきまとわれた感じだね。キャンプも雨降ったし」


「ですね。温泉旅行は天気良かったですけど」


『close』のボードが、掛かっている筈なのにお店のドアが、ゆっくり開いた。


ドアが半分開き、ドアに体を寄り掛かりながら俯いたまま…… 無言の……


無言の…… まま…… 佇む、


アキさんの事を愛しく想い


自分が愛しく想う人が……


冷たい雨と同じ様に、淋しそうで切なそうにしか見えない姿の……


いつからそこにいたんですか?

何故、そんな静かなんですか?

話…… 聞いていたのですか?


全て……?


第7章 終

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