幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で過ごしている(が、恋人ではない!)

永菜葉一

1章「2人のいちゃラブな放課後」

第1話 放課後、今日も今日とて、幼馴染は引きこもる。

 目の前のドアには『ゆいかのへや♪』というプレートが掛かっている。

 俺は慣れた手つきでノックする。

 まあ、長い付き合いだから勝手に入ってもいいんだが、一応、親しき仲にもなんとやらだ。


「『いやぁ、見ないでぇ!』」


 ドアの向こうから返ってきたのは、部屋の主の声……じゃない。

 ゲームのキャラクターボイスだ。


「あいつ、また大音量で……せめて音は小さくしろって言ってんのに。――唯花ゆいか、入るぞ」


 ドアを開けると、ベッドの上に特大の饅頭があった。

 しかしてその正体は布団を被ってノートパソコンでブラウザゲームをしている、俺の幼馴染――如月きさらぎ唯花ゆいかである。

 とりあえず布団を勢いよく剥ぎ取った。


「おい、平日からゲーム三昧の社会不適合者。ノックしたら返事ぐらいしろっての」

「ひゃあ!? びっくりした! え、なに……奏太そうた!?」


 跳ねるようにこっちを向いたのは、パジャマ姿の美少女。

 髪はサラサラ、肌は雪のように真っ白、顔立ちもアイドルのように整っている。

 そう、俺の幼馴染、如月唯花は冗談のような美少女なのだ。

 これで着ているのがヨレヨレのクマさんパジャマじゃなければ、映画のワンシーンになるぐらいの華がある。


 ……あー、いやノートパソコンでゲームキャラを半裸にしてるようなヒロインの映画なんてないか。すまん、前言撤回する。

 唯花は可愛い顔をふくれっ面にして、抗議してくる。


「いきなり布団取らないでよ。びっくりして操作ミスしたらどうするの? 轟沈したら復活できないんだからね、このゲーム」

「引きこもってる部屋で、さらに布団に引きこもってるお前が悪い。あと音量下げろ、音量」

「お断る」

「お断るな。何語だ。普通に『断る』って言え。いや言うな。断らずに音量下げろ」

「布団で世界を遮断して、大音量でキャラクターと一体になるのがあたしのプレイスタイルなの」


 無意味に胸を張る、唯花さん。

 ちなみに発育は大変よろしい。いまだに小学生の頃のパジャマを来ているので、胸部分が押し上げられてすごいことになっている。


「……奏太、目つきがエロい。凝視はやめて」

「お断る。エロティックチャンスは無駄にしないのが俺の人生のプレイスタイルだ」

「お断るな。何語よ、それ」

「知らんがな。お前が言ったんだし」

「これ以上、凝視するなら閲覧料をもらっちゃうよ?」


 キランッと目を光らせる。

 何が閲覧料だ、まったく。そんなもの関係なく、いつもたかってるくせに。まあ、なんだかんだ甘やかしてる俺も俺なんだが。

 奪っていた布団を戻し、俺はベッドの端に腰掛ける。

 制服の胸ポケットに手を入れ、「早く早く」と手を伸ばしてくる唯花へ渡すのは、ゲームの課金に使うプリペイドカードだ。


「課金する前に音量下げろよ?」

「はーい、わかりましたー♪」


 目当てのものをもらった途端、素直になった。

 ずっと響いていた「『突撃します!』」だの「『ち、ちくわー!?』」だのという音が小さくなる。

 唯花は枕側のノートパソコンの方を向き、足をパタパタさせている。


「ふふふ、これでネジ課金ができる。MK.7の改修を進め、我が艦隊はさらに強くなるのよ……」

「そりゃ良かった。貴重な週末を費やした俺のバイト代も浮かばれるってモンだ」

「あ、ちなみに我がキャルデアの方もさらなる英霊を求めてるのだけど?」

「底なしの課金には協力しないと以前に言ったはずだが?」

「そこをなんとか。幼馴染のよしみで。ね? お願い、奏太」


 枕元にあったスマホを胸に抱き、媚びるように見つめてくる。

 顔立ちがいいから普通に可愛い。くそ、こんなことで俺は負けんぞ……っ。


「課金したかったら自分でバイトしろ、クソニート」


 そばにあった足裏を容赦なくくすぐる。


「きゃあー!? 足裏はダメ、足裏は! あはははっ、スマホが落ちちゃう! ごめん、ごめんっ、降参するから!」


 唯花は激しく悶絶した。

 こいつは足裏と背筋が弱い。幼馴染の豆知識である。


「反省したか?」

「したした、しました」

「働く気になったか?」

「んー、それはないかな?」


 足裏を解放した途端、これである。

 唯花はベッドで怠惰にゴロゴロしながら言う。


「あたしが働いちゃったら、奏太があたしを独占出来なくなっちゃうでしょ? 幼馴染としてそんな残酷なことはできないからね」


 枕側からこっちにくると、唯花は甘えた声で俺の膝に頭を乗せた。

 手にはスマホを持っている。ブラウザゲームの艦隊戦の次はスマホで英霊と周回するようだ。


「美少女の膝枕だよ? どう? 嬉しい? 嬉しい?」

「逆だろ、普通。なんで俺が膝枕してやる側なんだよ」


「だって奏太をあたしの膝に乗せるのは恥ずかしいし」

「あー、でかい胸を下から見られるから?」

「デリカシーないぞ! そこはスタイルが良いって言いなさい!」

「はいはい、スタイルが良い、スタイルが良い」


「ん、よろしい」

「ちなみに何カップだっけか?」

「C]

「おお」


「あ、でも中学の時のサイズだから、今はもっとあるかも。最近、タンスの中のブラがどれもこれも小っちゃいし」

「買ってきてやろうか?」


「奏太ひとりで?」

「可愛い幼馴染のためなら下着屋に突撃するのも辞さない覚悟だ」

「えー、変態じゃん」


 スマホを操作しながら、膝の上で楽しそうに笑う。

 お姫様はご機嫌だ。


 申し遅れたが、俺の名前は三上みかみ奏太そうた。高校2年。帰宅部。

 放課後はいつもこの引きこもりの部屋にきて、とくに何をするでもなく、こうしてダラダラと過ごしている。


 週末にバイトをしてるんだが、半月ごとにバイト代が出るので、毎月1日と15日はなぜか唯花に課金カードのお土産を持ってくるのが恒例だ。……うん、本当になんでだろうな。何かの時にたまたま買ってきてから恒例になってしまったのだ。今となっては悔やむばかりである。


「あ、そだ。まだ奏太に代価をあげてなかった」

「あのな、代価とか言い回しが中二くさいぞ」

「何よー。カード買ってきてくれた代価ほしくないの?」


「別に律儀に毎回やらなくてもいいんだぞ?」

「だめ。それじゃあ、あたしが一方的にたかってるみたいじゃない」

「……事実、一方的にたかってるけどな」


 ちょうどゲームの周回が終わったらしく、唯花はスマホを置いた。

 そしてベッドから下りると、こちらへ両手を広げてくる。

 まるで子供が抱擁を求めるような仕草だ。……まあ比喩ではなく、まんまハグをしようって意味なんだがな。

 

「はい、どーぞ。三千円のカードだったから三十秒ね?」


 俺はまだベッドに座ったまま、頭をかく。


「……正直、毎度毎度、照れくさいんだが」

「な、なによ。あたしだって恥ずかしいんだからね?」


 ほら、と手を揺らす。

 俺も諦めて立ち上がった。……正直、俺だって唯花とハグをしたくないわけじゃない。


「ええと、じゃあ……失礼します」

「……はい、どうぞ」


 おずおずと断りを入れ、俺は唯花を抱き締める。

 両腕に美少女の柔らかさを感じ、シャンプーの匂いが鼻をくすぐった。


 ……ああ、やばい。すげえ幸せ……。


 なんせ相手は美少女である。

 なんだかんだ言いつつ、抱き締めてしまえば胸は高鳴る。

 毎月1日と15日、俺はバイト代で唯花に課金のカードを買ってくる。


 その代価として、唯花は俺にハグを許す。なんとなく始まった、俺たちの恒例行事だ。

 で、唯花がこう言うのも恒例だ。「あのね、奏太」と前置きし、彼女は言う。




「――あたしのこと、好きになったらダメだからね?」




 腕のなかで、幼馴染の声は静かに響いた。

 こっちの背中に手をまわし、ぎゅっと力を込めている。

 唯花の絹糸のような髪にあごを乗せ、俺は「へいへい」と頷いた。


「なるわけないだろ。ただの幼馴染なんだから。それに俺のタイプはバリバリのキャリアウーマンだし」

「……あー、奏太って女上司にあごで使われるのとか好きそうだよね。ありありと想像できてキモい」

「キモいは言い過ぎじゃね? キモいはやめようぜ? キモいはさすがに泣くぞ?」


 あはは、と小さく笑い、唯花はぱっと離れた。


「はい、三十秒! じゃあ奏太、また座って。膝枕でイベント進めるから」

「……今思ったんだが、俺はお前のハグで三千円取られるのに、お前は膝枕がタダっておかしくない?」


「えっ、奏太、自分の膝でお金取れると思ってるの? どうしよう、幼馴染が自意識過剰過ぎて言葉が出ない」

「その膝を好んでらっしゃるのはお前なんですが?」

「あたしはいいの。だって美少女だから」


 勝手なことをのたまう美少女様。

 結局、この後、無料で膝を提供させられた。

 甘え上手な幼馴染にはどうにも敵わない。



 というわけで俺は日々、こんなゆるーい放課後を過ごしている。


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