――篠宮蓮。探偵さ。

 それからすぐに警察が店にやってきた。僕は警察に事の次第を話し、野瀬は警察署に連れて行かれた。


 パトカーに乗る前、彼は去り際に僕を見てつぶやいた。


「……お前、一体何者だ? 俺の計画は完璧だったはずだ。証拠となる物も殆ど残さなかったはずだ。それなのに、お前は完璧であるはずの俺の計画を破り、事件の犯人が俺であることを突き止めた。てめえは、一体……」


 僕は嘆息しながら、不敵な笑みを浮かべて言った。




「――篠宮蓮。探偵さ」




 辺りにぴゅ~っと冷たい風が吹いた気がした。心なしか、皆の視線が痛い。

 僕は咳ばらいをしてからつぶやいた。




「――ふっ……フィギュアマスターとでも言っておこうか」




 野瀬は僕を白い目で見つめると、やがて、ぼそりとつぶやいた。


「頭がおかしい奴には違いないってことか……」


「う、うるせぇ!」


 野瀬は最後に僕を見て苦笑いすると、パトカーに乗って行った。




   ◆ ◆ ◆




 騒ぎが一段落して、僕たちは騒動を起こしたことを店長に一言詫びて、リリカフェを後にする。

 家までの帰り道、サナがポケットからもぞもぞと顔を出してつぶやいた。


「ぷはぁ! マスター、お手柄でしたね!」


「ふっ……まあな。僕が本気を出せばざっとこんなものさ」


「最後の決め台詞は微妙でしたけどね。何ですかアレ? 見た目は子供、素顔は大人な某主人公の台詞丸パクリじゃないですか」


「うるさいなぁ、一度言ってみたかったんだよ!」


「それに、その後のフィギュアマスターって……。僭越ながらマスター、もう少し台詞のセンスを磨くべきだと思います」


「けっ! お前にとやかく言われる筋合いは無いね! ……って、お前いつの間に僕の肩に登ったんだ? 早くポケットの中に戻れよ!」


 すると、サナは露骨に嫌そうな顔をして反論する。


「ヤです。外のほうが風があって気持ちいですし。それに……ここからだとマスターのお顔がよく見えますから♡ ほら……今にもキスできそうな距離で……」


 僕は身の危険を察知し、サナを強引に肩から引き剥がして鞄の中に突っ込んもうとする。しかし、空が僕の手を振り払い、サナを掴んで自分の方の上にそっと乗せた。


「あ、空! 邪魔すんなっ!」


「もう、乱暴しないの! めっ!」


 十七の幼馴染に面と向かって『めっ』と言われることを想像してみてほしい。居た堪れない気分になって僕はため息をついた。


 空がふと立ち止まってつぶやいた。

「……ねぇ、蓮ちゃんはどうして言わなかったの?」


「は?」


「だから、敦也のことよ! すべて明るみに出すって言ったの蓮ちゃんでしょ! 

 なのに、学校には連絡しないでほしいって警察の人に頼んだじゃない!

 別に、蓮ちゃんがあいつのために負い目を感じることないと思うわ。あいつはそれだけのことをしたんだから、自業自得よ!」


「ああ、そのことか。僕は野瀬のためを思って言ったわけじゃない。ただ……」


「ただ……?」


「僕はトーダイに行きたい」


「え? う、うん」


「けど、現実問題、今の成績だとかなり厳しいだろ? クラスの皆だって、行けっこないって思ってる。けどさ……入試を受けるチャンスはある。それと同じさ」


「同じ……?」


 すると、サナがにっこり笑ってつぶやいた。


「ほんとに……マスターは言葉足らずですね。敦也さんが立ち直るチャンスを残してあげたいって素直に言えばいいじゃないですか」


「蓮ちゃん! そんなこと考えてたの!?」


「はっ、んなこと知るかよ。サナが勝手に言っただけだろ」


「マスターったら。そんなに私のことを考えてくれてるのですね。サナは嬉しいですぅ」


「……お前やっぱ頭沸いてるよ」


「は、はわぁ!? マスターは頭が沸騰するほど私のことを考えて……!」


 はぁ……もうつっこむ気が起きない。僕は暴走しているサナを無視して歩き続ける。と、空が肩に乗ったサナに話しかける。


「サナちゃんは本当にマスターのことが大好きなのね」


「はい! もちろんです! 私とマスターは切っても切れない、運命の糸で結ばれているのです!」


「ふーん。そう言えば、サナちゃんはマスターのどこが好きなの?」


 空は横に僕がいることも忘れて、そんなことを言う。恥ずかしいったらありゃしないので、やめてほしい。


 サナは珍しく返答に悩んでいた。

「どこ、と言われましても……」


 サナが答えられずにいると、空はふっ、と微笑する。

「……サナちゃんらしいね」


 そう言うと、空は肩にいたサナをそっと掴んで、僕に手渡した。


「今日はありがとう。二人のおかげで私の悩みも解決したし」


 空は無理してそう言っているように見えた。別れたとはいえ、付き合っていた彼氏があんな犯行に及んだとなればショックは並大抵のものではないだろう。僕たちを心配させないと無理しているのだろう。


「――お前さ、無理すんなよ。あんな事件の後で平気でいる方がおかしいよ」


「蓮ちゃん……」


 僕は立ち止まって、彼女の目を見てつぶやいた。


「泣きたいときは泣けよ。僕が受け止めてやるから。だって、僕たちは友達じゃないか!」


 熱く語る僕を見て、空は瞳をにじませる。しかし、僕の話はまだ終わっていなかった。


「……何て言うつもりはない。僕はそんなかっこいいことは言えない」


「な、何よそれ! れ、蓮ちゃんのばか!」


 空は怒った顔でそう言うと、フン! とそっぽを向いてずんずん先を歩いていく。僕は彼女の背中に向けてつぶやいた。


「けどさ。一緒に泣くくらいは僕にも出来るから。だから、あんま一人で抱え込むなよ」


 前を歩いていた空が立ち止まる。彼女は震えながら僕の方に振り返る。

 すると、何を思ったか、空が急に駆け出してきて、僕に肘鉄をくらわした。

 彼女が放った不意の一撃に、僕はあっさりと地面に倒れた。僕は呻くようにつぶやいた。


「ぐふっ……。そ、空……お前……いきなり何を……」


 すると、空は倒れている僕に手を差し出す。見上げると、彼女の顔は涙で濡れていた。


「空?」


「……口が悪くて威勢ばかりよくって、デリカシーの欠片も無いし。……でも、蓮ちゃんは私が困っているときはいつも影で助けてくれたよね。素直に言えばいいのに、ひねくれた言葉で誤魔化そうとする癖も変わってない」


 空は涙を拭いてつぶやいた。


「……ごめんね。私、前に言ったでしょ。『蓮ちゃんは変わったね』って。でも、ちっとも変わってなかった。私、また蓮ちゃんに助けてもらっちゃったもん」


 面と向かって礼を言われると気恥ずかしい。僕は大したことしてないのに。犯人を突き止めたのだって、サナのおかげだ。僕は彼女の推理を代弁したに過ぎない。だから、僕が礼を言われるのは間違ってる。礼を言われるべきなのはサナだ。


「空、それは違うよ。僕は礼を言われるようなことをしたとは思ってない。事件を解決したのだって、僕じゃなくてサナだ。だから礼を言うならサナに言ってくれ」


「変わらないね。昔っからそう。いつも他人のことばかり考えて。

 私はもちろんサナちゃんにも感謝してる。でも、蓮ちゃんにも助けてもらったと思ってる。蓮ちゃんは、私を慰めてくれたじゃない。それに、こんな私を心配してくれた。だから……ありがとう」


 素直に言葉を返せない自分の性分に腹が立つ。面と向かうとつい要らぬことを口走りそうだったので、そっぽを向いてぶっきらぼうに言った。


「……勝手にしろ」


 サナが微笑みながらつぶやく。

「ふふっ……マスターは素直ではありませんね」


「ほんとにね。メンドくさい人。でも、だからかな……」


 先を歩く空はくるりと振り返ると、いたずらっ子のように笑ってつぶやく。


「サナちゃん。私も負けないから! じゃあね!」


 それだけ言って、空は走り去っていく。



「なぁサナ。あいつ言ってたのってどういう意味?」


「そうですね……とりあえず、マスターはデリカシーが無いってことですね」


「はぁ? まあいいか。さっさと帰ろうぜ。今日は僕も疲れた」


「そうですね。マスターお疲れ様でした」


「……おう。お前もな」


 僕らは小さく拳を突き合わせて笑った。

 不思議と夕焼けがいつもよりきれいに映った。

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