4 フック!


 右から超音速飛行でドリル・ガンガーに接近してきた敵のカーニヴァル・エンジンに、要塞からの速射砲が攻撃を浴びせた。

 ばりばりと撃ち出された一群の銃弾が3連撃。赤い曳航弾をともなって襲いかかるが、敵機種は空力特性の高いエアマスターFで、さらにパイロットの腕もよかった。

 スポイラーと姿勢制御噴射をうまく使って、その3連撃をつぎつぎと舞うようにかわしたが、見事に死角をついて撃ち出されていた4撃目の分子分解砲弾の前に誘導されて直撃をくらい、ナヴァロンの空に四散した。どうやらあの4撃目が本命だったらしい。


 しかし戦況は不利だ。敵の数は増すばかりだし、1機2機撃墜したところで戦局は傾かない。


 ベルゼバブのコックピットでは複数の被ロックオン警報が鳴り響き、発射されたミサイルが空を覆うようにこちらに向かって飛んで来るのが見える。


「ヨリトモさま、ちょっと危険ですが、ドッキングを急ぎます。なんとかガンコちゃんをつかまえてあげてください」


 ビュートの声と同時に前方のドリル・ガンガーがエアブレーキを開いた。風にあおられて急減速をかけたドリル・ガンガーの機体がぶわっと接近してくる。


「くそっ」

 ヨリトモは毒づく。これはドッキングなんて生易しいものじゃない。激突だ。近接アラームが鳴り響き、赤い『接触警告』の文字が正面パネルで点滅する。


 ヨリトモは、画面いっぱいに突っ込んでくるドリル・ガンガーの尾部を一瞬左のアームでつかみ、強引に頭部を挿入口に突っ込んで機体を無理やりドリル・ガンガー内にぶちこんだ。胸と背中の装甲がごんとぶつかって火花を散らせ、ドリル・ガンガーの機体をゆすって機首があがる。


「いやーん、そんなに激しく入らないでくださーい」ガンコが変な悲鳴をあげる。

「操縦系をこっちに!」画面に顔をだしたガンコにヨリトモが叫ぶ。

「はい!」とびっくり答えたガンコの声に重ねてヨリトモは操縦桿を倒し、機首を下げた。


 ドリル・ガンガーを追尾する何発ものミサイルが、急降下するドリル・ガンガーを追って地獄の猟犬のように高度を下げてくる。


「チャフもフレアもないのかっ!」怒りをぶつけるヨリトモだが、ドリル・ガンガーにそんなものが装備されてないのは百も承知。機体をロールさせて急激に引き起こし、インメルマンターンにもってゆく。画面の中でピッチスケールが狂ったように回転した。

 地表に腹を擦るんじゃないかという超低空でやっと引き起こし、ドリル・ガンガーはノズルを全開にして地表すれすれで加速する。


「ロックボルト固定完了。ボルト・イン終了。ベルクート装着ならびに、右腕の人工関節、接合プログラム開始します」

 ビュートの報告。


 完成した右腕パーツを接合するだけなら簡単にできる。

 もともとカーニヴァル・エンジンの四肢は各関節の中間に、つけたり外したりできる接合部位が設定されており、腕ならば肘と肩の中間、それに手首の上の二箇所にそれがある。

 適合するパーツなら、無茶苦茶な話ではあるが、戦闘中に拾った他のカーニヴァル・エンジンのパーツをその接合部位で繋いで応急処置することも可能だ。


「2分です」

 ヨリトモの問いを待たないビュートの返答。


 ベルクートの換装と手首の接合。神経接続のイニシャライズとライトニング・アーマーおよび反重力スタビライザーの再設定を同時に行っているため、いそがしい。

 右腕に関しては接合プラグラムと点検プログラムを同時にこなしている。画面の中で真剣な表情のビュートが、右目の眼帯を放り出し、頭からひっぺがした包帯をうしろに投げ捨てている。


 ヨリトモはドリル・ガンガーを上昇させると敵の被ロックオンを待ってから、ガンコに仰角リミッターの解除を要求し、強引な引き起こしを行った。姿勢制御ノズルの手助けを借りて前進しながら120度まで機首を引き起こす、コブラ機動を試みる。


 ドリル・ガンガーはヨリトモの意志に反応して、機体を風に煽られた凧のように、空の中で立ち上がらせた。


「わっわっ、ちょっ、なにするんすかー!」

 ガンコがあわあわと悲鳴をあげる。


 ヨリトモは無視してさらに姿勢制御ノズルをふかし、コブラ機動から復帰せず、そのままドリル・ガンガーを一回転させる。揚力を失った機体ががくっと落ちる動作をみせるが、姿勢が回復しているため、そのまま機首をさげて加速し、ふたたび揚力を回復して機体を維持する。


「いまのが後方1回転クルビット

 ヨリトモはにやりとした笑顔をガンコに見せた。クルビットによる失速と降下で追尾してきたミサイルをことごとく振り切っていた。


「無茶はやめてくださいー!」

 渦巻きメガネに高速渦巻きを表示してガンコが抗議するが、目が回っているため、頭をかかえてフラフラしている。


 ヨリトモは再びスロットルを開いて加速し、高度をとると機体を横に倒した。


「で、これが『フック』!」

 思い切って操縦桿を引き、横向きの状態で『コブラ』機動に移行。機体を横に倒して飛行する『ナイフエッジ』と、機体をドリフトさせて垂直以上に立ち上がらせる『コブラ』の合わせ技であるため、こっちの方が難易度が高い。

 一回転せず、そのまま復帰して、一度高度を下げ戦線から離脱する。「いけそうだ」ヨリトモはちいさく口の中でつぶやく。


 前方に迫る山脈を越えるため、機首をあげようとしたヨリトモは、モニターの隅にきらりと光るものを見つけて鋭く叫んだ。


「ビュート!」

「確認しています! カスール・ザ・ザウルスです。対物コンパス設定しました」


 ヨリトモは首をめぐらせて後方を振り返る。1機のカーニヴァル・エンジンが朝日に光る身の丈ほどもある大太刀を肩に担いでいる。

 機体の種類までは遠くて分からない。


「機種はわかるか? 前回戦った奴か?」

「ええ、もちろん」ビュートはにっこりと笑った。「ベルクター・シータ。赤の三銃士、ルジェの機体です」

 ヨリトモはドリル・ガンガーを急旋回させる。

「ボルト・アウト、いけるか? ビュート!」

「いけます。スラスターおよび右腕、接合完了済みです」


 地表と上空は敵の反応であふれているが、かまわず高度をおとす。あの独特のくらくらする感覚が襲ってきてベルゼバブとの神経接続が完了し、ベルクート特有のスラスターの感覚が背中にある。


「ボルト・アウト、いきます!」

 ビュートの声が響く。


 ヨリトモは「お気をつけて」と手を振るガンコに親指立ててサムアップで答え、ベルゼバブをボルト・アウトさせると独特のスポイラーを展開して地表を滑空した。


 土を蹴立てて着陸し、滑走して止まる。前方に赤の三銃士の3機。四方を取り囲むように数十機のカーニヴァル・エンジン。被ロックオン警報がうるさいくらいに鳴り響いている。


「敵の通信リンク確認。ルジェが指揮する部隊です。機数13。他にワイルドストーン小隊のウィリーが指揮する部隊が右方に。単独行動でハルキとヨシキも左方に確認できます。ウイザード隊もさらに後方に展開中。中央にはホワイトベア隊。他にも多数の部隊が存在します。総数、約100!」


「ビュート、地上でのベルクートの操作について注意点はあるか?」


「そうですね」ビュートはくそ真面目な顔でこたえた。「噴射装置と思わず、いっそ背中に爆発物をつけていると考えれば、結構気が楽だと思います」


 ふっと笑ってヨリトモはマスク・プロフィールを起動した。


「赤の三銃士のルジェよ」

 ベルゼバブをゆっくり前に歩ませながら、右の手をさしだす。ルジェのベルクター・シータの左右に、ベルクター・イオタとベルクター・デルタ。その3機をとりまく10機のカーニヴァル・エンジン。

「その刀、カスール・ザ・ザウルスはおれのものだ。返してもらおう」

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