4 狙撃姫


「動くな、オガサワラ」モーツァルトの声。


 ウィザード・ドルイドが呆気にとられたように三歩踏み出す。その肩に、ぴんぴんと小さな火花が散る。そして次の火花が、ぱりんと破片を飛び散らせてドルイドの左目にヒットする。

 ドルイドが声も立てずに後ろに倒れる。


「姫さま」モーツァルトの背後で梟眼シュバルツの声がかすかに聞こえる。「距離21・441キロ。風速、7、4、6。気温変わらずです」

 がん!がん!がん!がん!がん!がん!という発射音が6連続で響く。

 対戦車ライフルだ。

 モーツァルトが口の中で祈るのがマイクを通して伝わる。

「溶けちゃダメ溶けちゃダメ溶けちゃダメ」



 いまさっき倒れたウィザード・ドルイドに、ウィザード・メイジとウィザード・ソーサラーが駆け寄り、倒れた味方を抱き起こそうとする。しかしドルイドはぴくりとも動かない。

 メイジは立ち上がり、姿の見えない敵に怯えたように周囲を見回し、ソーサラーはドルイドを抱き起こそうと手を伸ばしている。


 そのソーサラーの背中にぱちぱちっと火花が散り、さらに肩にもう2発。そして5、6発目が、ふと要塞の方を見上げたソーサラーのカメラアイに連続でヒットした。


 びくっと身をのけぞらせ、その場に倒れるソーサラー。すでに倒れて動かないドルイドに折り重なるようにして、ソーサラーの緑色の機体がその上に倒れて土煙があがった。



 狙撃だ。モーツァルトが、対戦車ライフルで、敵のカーニヴァル・エンジンを狙撃したのだ。


 ライトニング・アーマーに守られたカーニヴァル・エンジンのボディーは、ちょっとやそっとの攻撃は受け付けない。また、宇宙空間を高速で疾駆する必要上、空間に漂ったり、あるいは猛烈な相対速度で飛来するスペース・デブリ、すなわち隕石や機械の破片が直撃しても機体が損壊しないよう、ライトニング・アーマーは剛柔二種の多層構造をもつ力場レイアウトで機体表面を守っている。


 ただし、その無敵の力場装甲ライトニング・アーマーにもたったひとつ弱点がある。それは、同じ場所にほぼ同時に打撃を受けた場合、案外もろいということだ。


 モーツァルトは、そのライトニング・アーマーの唯一の弱点をついて、銃弾を2連続、しかも正確にカメラアイを狙って狙撃してきたのだ。だが……。



 ヨリトモは呆然と、要塞のある方角を見つめた。

 朝焼けに染まるズブロフ山脈が美しい。その山中をくり抜いて作られた要塞セスカは、ここからだとその存在を確認するのは難しかった。



 要塞セスカからここまで、距離にして20キロはあるはずだ。

 20キロだぞ。


 粒子砲の射程ですら、大気の干渉で15キロがせいぜい。

 それを、いくらなんでも対戦車ライフルで、弾がここまで届くものなのか? 届いたとして、目に当たるのか? しかも2連発だ!


 着弾までに10秒はかかる。10秒後の敵の動きを予測して撃っているのか? そんなことが人間に可能なのか?



 残ったメイジがきょろきょろと辺りを見回すが、敵がどこにいるのか分からない。

 一瞬撤退しかけた青いウィザード・シリーズは思い直し、立ち尽くすベルゼバブにトドメを刺そうと、こちらへ反重力スラスターでホバーしてくる。


「青い奴をやる」モーツァルトの囁くような声。

「距離21・679キロ。離れていきます」シュバルツの読み上げる声。「風速7、9、9。気温1度上昇」

「オガサワラ、絶対に動くな」

 がん!がん!がん!がん!がん!がん!

 6連の射撃音。

 そして、モーツァルトの「溶けちゃダメ溶けちゃダメ溶けちゃダメ」。祈るような囁き。


 ウィザード・メイジは容赦がなかった。立ち尽くすベルゼバブに向けて、ビーム・ナイフを抜き放つと、両手で大きく振り上げて襲い掛かってくる。メイジは、ズブロフ山脈に背中を向けていた。つまり、モーツァルトからは奴の目が狙えない。ヨリトモは絶望の眼差しで、ナイフを振り下ろしてくるウィザード・メイジを見つめる。

「オガサワラ、動くな」

 モーツァルトがもう一度いう。


 ぴんぴん! ベルゼバブの肩で火花が弾ける。ついで、胸でぴんぴん! さらに動かない左肘で、ぴんぴん! そこから跳ね返った銃弾が、襲い掛かるウィザード・メイジの右目に突き刺さった。


 青いウィザード・シリーズが、意識を刈り取られて、その場に前のめりに倒れる。ヨリトモは茫然として、ベルゼバブに覆いかぶさってくるウィザード・メイジの機体を肩で受け止めた。


 跳弾だ……。ベルゼバブのボディーに角度をつけて跳ね返らせた跳弾で、ウィザード・メイジの目を狙ったのだ。しかも、ベルゼバブのボディーに突き刺さらないよう、着弾をずらし、ただしメイジの目には刺さるよう跳弾の着弾は揃えていた。


 神業だ。こんなことが出来る人間がいるのか……。頼朝の身体に、ぞっとした痺れが走った。



「オガサワラ、はやく走れ」モーツァルトが叫ぶ。「敵がくるぞ」

 ヨリトモは、はっと我に返る。円陣を組んでいた両脇の2機が迫っている。ターボ・ユニットを使用して土煙をあげながらこちらに迫っていた。


 ヨリトモは走り出した。ターボ・ユニットが動いたとしても、スラスターが死んでいたら加速できない。走って逃げるしかない。両腕が振れないため、うまく走れない。転ばないようにするだけで、精一杯。


 ヨリトモは敵の射撃をおそれてベルゼバブに蛇行走行をさせた。右に左にくねくね走る。まっすぐ走らないから距離は稼げないが、どうせ追いつかれるのだから、それまで射撃の的にならない方がすこしはマシだと考えたからだ。


「おいオガサワラ、まっすぐ走れ」

「は? そんなことをすればいい的だ」ヨリトモは言い返した。

「おまえがうろちょろすると、敵も動く。おまえがまっすぐ走れば、敵もまっすぐ走る。その方が狙いやすい」

「ふざけるな!」激昂してヨリトモは思わず叫んだ。「おれに囮になれってのか!」

「動かれたら、狙いにくいんだ」

 そういうモーツァルトの口元が笑顔に歪んでいる光景がヨリトモの脳裏に浮かぶ。


 ヨリトモはしてやられたと思って、ふっと笑った。

 そう、彼女はモーツァルト。狙撃姫モーツァルト・ジュゼル。惑星ナヴァロンの狙撃姫だ!



 試しにターボユニットを入れてみる。特徴的な起動音がして機体が浮き上がる。ヨリトモは手動レバーでフット・スラスターを吹かしてみた。ベルゼバブが高く浮き上がった。


 ペダルは死んでいるが、こっちのレバーならフット・スラスターが動くらしい。さらにためしで主スラスターでも同じことを試すが、こちらは無反応。


 まだ手はある。やってみもしないで、諦めるのは早い。

 ヨリトモは手動レバーでフット・スラスターを吹かし、脚の角度をつけてベルゼバブを前方に跳躍させた。その勢いで機体を加速させる。どこまでスラスターが動くかわからないが、1メートルでも2メートルでも要塞に近づこう。


 ヨリトモはモーツァルトに言われるまま、まっすぐ走行した。

 後ろを見ることはできなかったが、後から聞いた話では、ベルゼバブの背後にいたカーニヴァル・エンジンをさらに4機、モーツァルトは狙撃で撃墜したらしい。

 数として4機の撃墜数は少ない。だが、モーツァルトは、追撃してくる敵勢の、いちばん目立つ奴を狙って、これ見よがしに狙撃して見せたらしい。

 ルルの説明によると、狙撃の要点はそこなのだそうだ。敵の戦意を挫くこと。見えない狙撃手に味方の先頭をこれ見よがしに撃ち殺された敵勢は、すっかり戦意を喪失して、その脚をゆるめ、やがて撤退を開始したという。


 そのあとは要塞の粒子砲の砲撃に援護され、ベルゼバブは右腕とカスール・ザ・ザウルスを失った状態でなんとか帰着することができた。



 ベルゼバブがなんとか要塞にもどり、ヨリトモの無事が確認されると、要塞セスカの中央司令室は歓声に包まれた。が、すぐにそれはしずまり、そこにいた全員がベルゼバブが戦力としてもうあてに出来なくなった事実に押し黙った。

 モーツァルトが屋上から降りてきたときは、ふたたび歓声と拍手の渦が巻き起こったが、彼女が固い表情でいつもの席についてカポーラを齧り始めると、司令室には重苦しい沈黙が再び立ち込めた。



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