第6話 ワイルド・ホイール作戦

1 ワイルド・ホイール、展開!


「オガサワラ殿、敵機襲来。前方です。距離70万」

 ワルツ司令の声がコックピットに響く。自動翻訳では、距離も頼朝の知っているメートル法に換算されるので助かるのだが……。

「70万メートル?」ヨリトモはベルゼバブを簡易ハンガーから立ち上がらせながら、暗算する。「700キロ先ですか? ずいぶん遠いな。それ迎撃の必要ないですよね」

「機数が多いです。約100。母艦から降下後、広範囲に展開中。目的不明」

「敵の本隊か」


 時刻は日本時間で夜の11時。そろそろ敵の大攻勢がはじまるころだ。そして、アリシア捜索部隊は、まだ彼女を発見できずにいる。

「いいでしょう。100だろうが200だろうが構わない。相手してきますよ」

「敵の目的が不明ですので、要塞から10キロの位置で停止して指示をまってください」

「了解した」


 ヨリトモはベルゼバブをマスドライバーに入れる。

「ビュート、機体の状態は?」

「良好です」

 画面の中でビュートが快活にこたえる。

「自己診断プログラムによるとシステムエラーはありません。エマモーターも対消滅炉もベスト・コンディションです。滅点ダッシュの可動時間も360秒と申し分なし。でも地上ですから、ライトニング・アーマーの焦げ付きには注意してください」

「オガサワラ殿、敵は巨大な円陣を形成中」ワルツ司令から連絡がはいる。「うち2機が突出して急接近中。偵察次官のヘックラーと梟眼シュバルツが同じ意見です。『赤の三銃士』の分子分解砲とビームバズーカだと言っています」

「了解。すぐに迎撃にでます」




「クレイムとカシスで、ベルゼバブをおびき出す」


 ルジェは強力な盗聴妨害スクランブラーのかかった秘話回線で作戦参加者全員に説明する。

 現在要塞セスカから700キロの位置に展開させた直径300キロの円陣『ワイルド・ホイール』は、ルジェの指揮のもと、ゆっくりと前進を開始している。円陣を形成するのは約100機のカーニヴァル・エンジン。


 それぞれが10キロの距離をあけて巨大な円を形作り、その中心にルジェが立っている。


「最初にベルゼバブに襲われたやつは、運が悪いと思って諦めてくれ。もう少しいうなら、最初のやつから5番目くらいまでは、やはり運が悪いと思って諦めてくれ。本当の戦いは、5機倒されてからだ。そこから欠員する分だけ円周が縮んで円が小さくなり始める。それにつれて、こちらの陣形も密集し出すという算段だ」


 一番危険な最前部の位置には、ウィリーが自分で立つと宣言した。が、ルジェがウィリーは指揮官なのだから、円陣の中心にいるルジェのそばに立つべきだと主張し、最前部にはウィリーと同じワイルドストーン小隊のゼクスとシュートが立った。その左右にはホワイトベア小隊のメンバーが並ぶ。

 円陣に参加しない遊撃部隊としてウィザード隊。そしてカシスとクレイムがベルゼバブを牽制して誘導する役目を割り振られた。現在ベルゼバブを要塞から引き離す目的で、カシスとクレイムが敵に接近している。


「ルジェ」カシスから通信がきた。「出てきた。ベルゼバブだ。そっちに誘導する」


「極力戦うなよ。こちらも円陣の前端を要塞の粒子砲射程ぎりぎりまで近づける。それからみんな、何度も言うが最初に狙われた奴は諦めてくれ、これは恨みっこなしだ」

「ごめん、ルジェ」カシスだ。「やつが止まった。追ってこないよ」

「キャッチしている。構わない。このままワイルド・ホイールを前進させる。ゼクスとシュート、要塞から砲撃がくるかもしれないから、注意してくれ」




「ずいぶんゆっくり前進してきますね、敵陣」ビュートがレーダーを確認して首をかしげた。「どうします?」


 同じ画面をのぞきこんでヨリトモは顎に指をあてて考え込んだ。

「各機の距離が10キロ、近いような遠いような配置だな。なんのつもりだろう? これくらいなら100機いっぺんに数珠つなぎに連続撃破できそうだ。ただし、いちばん手前から素直に攻めるのは危険かもしれない。一気に右に迂回して引っ掻き回してみよう。それで一度撤退して、相手の反応を見る」

「なんかヨリトモさまも、すっかり歴戦の勇者ですねえ」

 ビュートがしみじみと言う。




「動いた! そっちにいったぞ!」クレイムが叫んだ。「45番、注意しろ!」

「え? こっちですか──」


 いきなり撃墜信号がきた。ルジェはぎょっとして撃ち落とされた味方の位置を確認する。45番。1から94まで順番に振られたうちの45! こんなところから崩してきたか。しかも速い! いつのまに側面に回りこまれた?


「ルジェ、振り切られた」クレイムの声が興奮に裏返る。「あいつ、滅点ダッシュを使ってる。追いつけない!」


 撃墜信号がさらにふたつ。

「各員、味方が3機撃墜された」

 ルジェはわざとゆっくりしゃべる。

「これより敵の攻撃にともなって円陣を縮めはじめる。各自ナビゲーターの誘導にしたがって円陣を維持しろ」


 撃墜信号がつぎつぎとあがる。ルジェですら目を見張るくらい速い攻撃だ。急いで欠けていく円周を埋めるためにワイルド・ホイールを縮め始める。


「52がやられた。二人むこうだ。救援にいっちゃだめか?」

「だめだ」ルジェは辛抱強く拒否する。

「しかし……」

「このままじゃあ、片端から全滅させられるぞ」

「攻撃を集中すべきじゃないのか?」

「まて、おまえたち」

 ルジェの制止をふりきって何機かがベルゼバブに向かおうとする。


「まってくれ、みんな」ウィリーが強い調子で、だがゆっくりと口をひらいた。「ベルゼバブは惑星カトゥーンで118機のカーニヴァル・エンジンを撃墜している。しかも118機目はカシオペイア将軍のソロモンだ」


 陣形を崩した何機かが動きをとめた。


「カトゥーンでカシオペイア将軍の部隊が118機も落とされた原因は、味方を密集させ過ぎたせいだ。これはいまや通説だろ。いまここでおれたちがベルゼバブに対して密集しちまったら、100機に満たないおれたちは、あっという間にあいつに全滅させられる。つらいけど、もうすこし、もうすこしだけ待ってくれ」


「了解した」

「わかった、隊長。あんたの意見に賛成だ」

 陣形を崩した味方がふたたび円陣を形成する。

 ルジェはワイルド・ホイールの縮小にふたたび集中する。

 そう。もう少しだ。




「ヨリトモさま、みつけました。円陣の中心にいます。ベルクター・シータ。赤の三銃士、ルジェの機体です。ただし通信リンクは強烈なスクランブラーがかかっていて、ちょっと盗聴できそうにありません」

「了解」

 ヨリトモは正面の敵に迫りながら、ベルゼバブを軽く跳躍させると、スポイラーを展開して低空バレルロールで敵弾を回避しながら斬り込んだ。あっという間に1機撃墜する。

 後方と前方から敵に挟まれているが、敵味方識別が邪魔をして攻撃できないはずだ。


「ん?」警告音に反応して、ヨリトモはベルゼバブを跳躍させ、飛んできた粒子弾をかわした。「しまった」とつぶやく。


 敵数を撃ち減らしたのはよかったが、それによって円陣の直径が縮み、弧がきつくなった。それまで一直線にちかい並び方をしていた敵機が、円周の縮みにしたがって曲線を描いて布陣するようになる。そうなると、円周上にいれば向こう側の味方の反応が邪魔で攻撃を受けないアドバンテージがなくなった。


 ヨリトモはすかさず撤退の判断をくだし、円陣から離れる動きをみせた。そこへ外側から2機のベルクター・シリーズが攻撃をしかけてくる。

 デルタとイオタ。分子分解砲の連射とプログラムされたプラズマ光弾に牽制され、無理やり円陣の円周上に叩き戻される。


 くそっ。ヨリトモは唇をかむ。ならば、このまま円の中心まで飛び込んで、指揮官であるベルクター・シータを先に始末すべきか?


 考えながらもつぎの敵に襲いかかり、コックピットのある位置でカスール・ザ・ザウルスを横に薙いだ。その刃が空を切る。

「なに!?」


 カスール・ザ・ザウルスをかわして地面に転がった敵は、ころりと地上で一回転して何事もなかったように立ち上がった。柔道の受身のようだった。あっと思ったときには、立ち上がる動きで間を詰められていた。伸びた敵の手がカスール・ザ・ザウルスの柄を掴み、空いた拳がパンチとなってベルゼバブの顔面に飛んできていた。


 ヨリトモはカスール・ザ・ザウルスを離し、後ろに飛びのいてハイキックを放った。

 相手はその蹴り足をひょいとかわして自然体に立ち、手に残ったカスール・ザ・ザウルスを放り出した。機体はサイクロンの上位機種、ブリザード。アイスブルーの塗装が施されている。


 ベルゼバブのコックピットに通信が入る。

「ハルキを倒したってのは、あんただな?」

 ハルキ、あいつか。あの格闘技者。ヨリトモは答えた。

「そうだ。あんたは?」

「あいつの先輩。ヨシトっていいます。以後よろしく」


 ヨシトの乗ったブリザードが前方受身をとってくるりと地上をころがり、一瞬で間をつめてきた。地面を転がる敵というのは案外攻撃できないものだ。

 一瞬で懐にもぐりこんだブリザードのリード・パンチがするどくベルゼバブの頭部をねらい、上体をのけぞらせてかわしたベルゼバブに、密着したブリザードが強烈なボディーブローを打ち込んできた。


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