第27話

「おまえは何者だ? そしてなにをたくらんでいる?」

 カイは両手を刀のように振り回しつつ、瓢一郎に質問した。

「なんのことだ?」

 瓢一郎は四つんばいのまま豹のようなスピードでそれをことごとくかわす。

「おまえが花鳥院姫華でないことはわかっている。レイは間違いなく姫華を殺したはずだ。つまりおまえは別人ってことになる。もっとも、そんなことがなくても、俺の攻撃をかわすお嬢様がいるとは思えないしな」

 それに関しては間違いない。たしかにその通りだ。

「つまりおまえは俺たち『血だまりの赤犬』の敵対組織の人間だってことだ。姫華が死んだら困る花鳥院の人間に雇われた組織の工作員。おまえも、あの女教師も、わけのわからんパソコン使いの女も、全員そうだ」

「ぜんぜん違う」

「いまさら、とぼけてどうする気だ? こっちはぶっちゃけ、組織名まで明かしたんだぞ」

 カイはあきれ顔でいう。

 いや、たしかに葉桜はそうだ。たしか『闇の黒猫』とかいう工作員派遣業社の工作員と自分でいっていた。だが俺はそんなものに所属していないし、理恵子だってたぶん違うと思う。もしそうならもっと葉桜と連携が取れているはずだ。

 そう反論したかったが、無意味だ。それに理恵子が何者なのかは、瓢一郎自身教えて欲しいくらいだ。

 だがこいつらの立場になれば、三人は同じ組織の仲間にしか見えないだろう。

「そういうおまえらは風月院とやらに雇われたのか?」

 瓢一郎は地に付いた腕を支点にして、低い蹴りで足を刈り払おうとしつつ聞いた。

「今さら違うといってもしょうがないな。そうだ」

 カイはバク転で蹴りをかわしつつ答えた。

「姫華を殺せば、花鳥院家の財産は姉の皇華が相続するしかない。つまり、風月院家に入る」

「しゃべり過ぎよ。カイ」

 カイの後方にあるパネルの側で、姫華がエレベーターの動力を入れようとするのを妨害しつつ、礼子がたしなめた。

「なあに、どうせこのまま帰す気はない。同じことさ」

「遊びすぎ。手伝うわ」

「おっと、よけいなことはするなよ。せっかく楽しんでいるんだ。おまえはエレベーターの電源を入れられないように猫と遊んでいればそれでいい」

「なにいってるの? こいつらが来たってことは警察にだってここはばれてると思わなきゃ」

「そうしたら逃げればいい。警察に掴まるほどどんくさくないだろう、俺たち」

 カイはへらへらと笑い、礼子の苦言を聞き流すと、瓢一郎に目を向けた。

「で、最大の疑問はだ、偽物姫華くん。この陽子だ。こいつはいったいなんなんだ? 組織の人間にも見えないし、どうしておまえが必死になって守ろうとする。さっぱりわからないんだが、教えてくれないかな」

 カイは台の上で気絶している陽子を指さす。

「ただの友達だ」

「ふはははは。冗談ならもっと気の利いたことをいってほしいね。友達? どこの組織に所属しているかは知らんが、おまえは俺たちと同じ穴の狢、工作員だろう? それが友達のためになにかをするだって?」

 カイは大笑いした。瓢一郎のいったことなど、ひとことも信じていないといった顔で。

「そうか。君はレズビアンだったのか。彼女は恋人? う~ん、それでも納得いかないな。任務よりも愛を優先するなんて俺たちの行動原理にはない。しょせん愛だの恋だのは現地調達のつまみ食い。もっとはっきりいえば性欲処理の道具に過ぎない。けっして縛られたり執着したりしないのが、ルールだ」

 カイは真剣に悩んでいるらしい。一見あどけない顔に不可解な疑問の表情が浮かんでいる。

 なんか本気でむかついてきた。いったいこいつこそなんなんだ?

 その『血だまりの赤犬』とやらの工作員として育てられたあげく、人間としての感情を捨て去った機械なのか?

 そんなやつらと一緒にするな。

「ふ~ん、怒ったようだね。だが、個人の感情よりも組織の任務を優先することは、古今東西問わず、スパイや工作員といわれる人間の鉄則だ。つまり、おまえは欠陥品ってわけだな。なんだつまらん、俺の見立て違いか?」

 カイが童顔に軽蔑の色を浮かべ、瓢一郎を見下す。

「悪いが欠陥品に負けるわけにはいかないな。そのうち警察も来るんだろうし、ここにおまえの生首をおいておくことにしよう。そうすればさすがに姫華が死んだ事実は覆せない。もう替え玉を使うことは不可能ってわけだ」

 発する気が見る見る変わっていくのがわかる。今までのはしょせんお遊びモードだったわけだ。冷酷な殺人機械の本性が現れていく。

 殺られる。……こいつのほうが一枚上手だ。

 瓢一郎の本能と、長年の修行で得た勘がそう告げている。

 一瞬の沈黙。しかしそれは甲高い叫び声に砕かれた。

「もう我慢できませんわ。さっきから黙って聞いていればなんですの?」

「猫が……しゃべった?」

 カイの氷のような殺気がとたんに萎える。

「あなたほんとうに人間ですの? 個人の感情よりも組織の任務を優先することが鉄則だの、人のことを欠陥品だの、よくもそんな馬鹿げたことを恥ずかしげもなく口にできますわね。人間には感情があって当たり前。とくに恋愛感情は人間にとって高貴なものですわ。それを性欲処理の道具に過ぎないだなんて、獣だってそんなことは思いませんわ」

「……トリックか? 俺がそんなものに惑わされ……」

 カイは瓢一郎が隙を作るためになにか仕掛けたと判断したようだ。

 だが姫華は止まらない。人間のように二本足でぴょんぴょん飛び跳ねつつ、両手を振り回して憤慨する。

「だいたい瓢一郎、あなたもいったいなんですの、だらしがない。ただの友達? 陽子のことが好きなんでしょう? はっきりいってやりなさい。『好きな女を守ってなにが悪い。守るべきものがある方が強いんだ』って」

「いったいなんなんだ? 腹話術か、無線かなんか知らんが、おまえは猫にしゃべらせてなにをしようとしている?」

 カイはそうとういらいらしだしたようだ。かなり感情的に叫ぶ。しかし姫華の暴走は止まらない。

「まだおわかりにならないの、この三流スパイが。おまえの方こそ欠陥品ですわ。お姉様もとんだ愚か者を雇ったものね。わたくしと後継者争いをしたいなら正々堂々と仕掛けてきなさい。わたくし逃げも隠れもいたしませんわ。家出したとか、風月院とくっついたとか、そんなことはどうでもいいことですわ。より能力のある方が後を継げばいいことです。お父様だってきっとそう考えているはずですわ」

「お、……おまえが姫華か?」

 カイはようやくその事実に気づいたらしい。

「そう。たとえ今は猫の身でも、いつかかならず復活いたしますわ。そのときどちらがあとを継いだ方が花鳥院家のためになるか、はっきりお父様に判断してもらいましょう。皇華お姉様にそう伝えなさい、欠陥人間」

「そ、そうか、心臓を撃たれて、生きるために脳を猫に移植したんだな?」

 いや、おまえの読みは鋭いようでいつもどっかずれてる。

「だったらそこの瓢一郎とかいうやつともにおまえも殺すまで。そうすれば蘇ることはあり得ない」

「待って、カイ。そういうことなら上に指示を仰いだ方が……」

「おまえは引っ込んでろ、レイ」

 カイは鋼のような手刀で礼子を振り払った。

 礼子の首筋から鮮血が噴水のように吹き上がる。

「おまえも非情になりきれない欠陥品だ」

 カイは礼子の顔に唾を吐きかけた。

「ほんとうはクラスのお友達とやらを殺したくないんだろう? だから失敗したんだ。かわりに俺が殺してやるよ、瓢一郎も、姫華も、おまえの大好きな陽子もな。先に逝ってるがいい」

「貴様」

 瓢一郎はどす黒い怒りに身を焼かれる。

 この男を許してはいけない。俺はきっとこいつを倒すために、子供のころから猫柳流拳法を親父にたたき込まれたんだ。

「なんだ、怖い顔をして? そうすればおまえごときに俺をどうにかできるのか? 欠陥品め」

 カイは狂ったように笑った。

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