第15話

 放課後になった。外は青空。風も吹いていない。まだ春とはいえ、あたたかいのがさいわいだった。

 瓢一郎は校庭にある朝礼台の上にさらに椅子を置いて座っていた。それもまるでどこかの王族が座るかのような豪華な椅子に。

 さらに頭には王冠、体には制服の上からマントを羽織っている。もっとも今校庭に出いる者の内、衣服を身にまとっているのは瓢一郎ただひとりだった。もちろん、瓢一郎にはビキニの水着にはなれない理由がある。いくら最新の特殊メイクを使おうと、さすがに男の体を女の体に見せるのは、ビキニでは無理だ。だから審査委員になったともいえる。

 肩にはフィオリーナの姿をした姫華がちょこんと乗っている。このイベントの発案者だが、どうも犯人探し以上にイベント自体を楽しんでいる節がある。

 瓢一郎の隣には赤フン姿の伊集院が木刀を持ったまま仁王のように立っている。もちろん本人にいわせれば護衛のつもりだ。女のように長い髪と、細身ながら筋肉質な体、それに赤フンの組み合わせは異様な色気を醸し出していた。

 反対側には理恵子がビキニ姿でパイプ椅子に座り、その前に置かれた机の上にはノートパソコンが開かれている。こっちは大会のデータ集計係。伊集院とは対照的に、ビキニの女子高生であるにもかかわらず色気はほとんど感じさせない。適度に痩せているのはいいが、貧乳と寸胴体型が原因か?

 瓢一郎の目の前には、全校生徒がずらりと並んでいた。男は赤フン、女はビキニ姿で。いや、生徒のみならず教師たちも同じ格好で各クラスの先頭に並んでいた。一応教師も全員参加という建前だが、校長、教頭、その他年配の教師たちは免除した。体型などからいって明らかに犯人ではないし、若い教師と違って、免除しても不自然ではないと思ったからだ。

 ビキニと赤フンは昼休みに配った。体のサイズのデータは、全校生徒分、理恵子のパソコンの中に入っているし、それを佐久間に流し、花鳥院家の財力と権力を使って強引に間に合わせた。

 それにしても……。

 瓢一郎はずらりと並んだ生徒や教師たちを見て、不覚にも吹き出しそうになった。

 なにも格好のせいじゃない。むしろ顔つきだった。

 顔や体に自信のある生徒はぎらぎらしている。なにしろ優勝賞金百万円だ。必死にもなるだろう。逆に端からあきらめている者は、目が死んでいる。早いところこの馬鹿馬鹿しいお祭りから逃げ出したいといったところか? もちろん中には真っ赤になって男子から体を隠そうとする純情な女生徒もいる。逆に男に体の魅力をアピールしようと必死にフェロモンを醸し出そうとする者も少なくない。男だってたいして変わらなかった。筋肉隆々の体を見せつけようとしている男や、逆に肥満や痩身を恥じている男。まさに十人十色といえる。

「それではルールを説明しますわ」

 瓢一郎はおもむろに立ち上がり、生徒たちに向かって声を張り上げる。

「第一回予選。クラス代表選考!」

 真剣な顔で聞き耳を立てている者、しらけた顔で聞いている者、さまざまだが、ある種の緊張が漂った。

「まず一年A組から順に前に出て音楽に合わせて踊ってもらいます。持ち時間は一クラス三分。そのクラスが踊っている間、他のクラスには採点をしてもらいます。つまり、顔、体、踊りなどを総合的に判断して、明らかにだめだと思われる人の番号を叫んでもらいます」

 全員の胸には出席番号をワッペンにして胸に貼り付けている。それが目印だ。

「わたくしがその声を拾って、適正と判断すれば採用します。わたくしが呼んだ番号の人は失格です。ただしそのあとも審査員として残ってもらいますわ」

 そういったあと、意識的に鋭い目つきにし、声を荒げた。

「ただしこのルールでは、ライバルを蹴落とそうとレベルが高い候補者の番号をわざという不届き者も出るでしょう。その場合、その番号を無効とするだけでなく、番号を口にした人を、正常な審査妨害と見なし失格といたしますわ」

 一瞬、静寂が訪れる。瓢一郎はすうっと息を吸い込み、叫んだ。

「皆さん、おわかり? 質問は?」

 質問する者は誰もいなかった。

「では一年A組、前に出て」

 瓢一郎の一声で、A組はぞろぞろと前に出てきた。朝礼台の前には、佐久間が強引に工務店を引っ張ってきて角材とベニアで作らせた、教室くらいの広さで高さ三十センチほどの簡易ステージがある。みな困惑しつつ、そのステージの上に乗る。その中には当然ビキニ姿の陽子も混じっている。紅潮した顔をし、両手で大きな胸を隠しつつもじもじしていた。葉桜も担任としてその中にいた。こっちは相変わらずのほほんとしている。もちろんその肉感的な体を小さな布きれ一枚で隠しながら。

「理恵子、怪しいやつの番号は?」

 隣の理恵子に小声でささやく。理恵子はパソコンのモニターを見ながら、男子女子のそれぞれの番号をいった。

 もちろんこの馬鹿げたイベントの目的は腹に傷がある者を探すこと。一クラスずつ出席番号を胸にはらせて踊らせるのも、それを能率よくしかもわからないようにチェックするため。だから体型的に怪しいやつは、あらかじめリストアップさせている。

「伊集院、音楽を!」

 その一声で、伊集院は「はっ」と叫び、てきぱきと機材を調整すると、ビートのきいたダンスミュージックが大音量で校庭に鳴り響く。

「ほら、なにしてますの? 始まりましたわよ。突っ立てるだけの人は片っ端から失格になるわよ」

 そう叫ぶと、みな踊り出した。派手に踊るもの、しぶしぶ踊るものと反応は人それぞれ。

 瓢一郎はリストアップされた番号を探す。その作業はあっという間に終わった。この中に腹に傷を持つ者はいない。念のため、他の生徒の腹もチェックしたが、やはり問題なかった。

 内心ほっとした。いくら嫌いなやつが多いとはいえ、やはり自分のクラスに殺し屋がいるとは信じたくなかったからだ。

 この時点で次のクラスに交代してもよいのだが、それではイベントとして成り立たない。

「ほうら。みなさん、なにをしていらっしゃるの? 失格者を叫ぶ声が聞こえませんことよ。このままじゃ、全員合格になってしまいますけど、よろしいの?」

 マイクを使ってみんなを煽った。

 しばらくの間、惚けてこの馬鹿げたダンスを見守っていた生徒たちも、全員合格になっていいわけがない。優勝を狙う者はライバルが少しでも少ない方がいいだろうし、嫌々参加している者にすれば、とっとと終わらせて帰りたいはず。

 少しでも候補者を減らせ。少なければ少ないほどいい。

 そういう思いが爆発したのか、みな一声に叫びだした。

「男子一番」、「女子二十番」、「女子三番」……。

 瓢一郎はその番号を正確に聞き分ける。その番号の中には郷山が混じっていた。五番だ。

「はい。男子五番のデブ、失格うぅ~っ!」

 瓢一郎はまっさきに郷山を指さした。

 じっさい郷山は筋肉質だが腹が出ていたし、顔にも余分な肉が付いて二枚目とはいい難い。ふんどしをしていると柔道家というよりも、ほとんど相撲取りだ。慣れない踊りに汗びっしょりになっている様は見苦しいことこの上ない。真っ先に敬愛する姫華(その正体は瓢一郎だが)に指さされ、いつものにこやかな顔が、絶望にゆがんでいる。

 ざまあみやがれ。

 公式の場で、大手を振って郷山にだめ出しできたのが快感だった。

 さらに会場の声を拾い、片っ端からだめ出しする。不思議なことに、たいがい瓢一郎に率先して嫌がらせをしたやつらだった。だからびしっと指さし、容赦なく失格宣言をいい渡す。それはちょっとした快感だった。

「ほほほほ、この段階で落ちるのは恥ずかしくってよ」

 落ちたやつに罵声を浴びせるのを忘れない。

『ちょっと調子に乗りすぎですわ、瓢一郎。まるでわたくしが傲慢で嫌味な権力者にしか見えませんわ』

 姫華がテレパシーで文句をいってきたが、取り合わない。

 まるでわたくしが傲慢で嫌味な権力者にしか見えませんわ、だって? 違うとでもいうのか。それは自分を知らなすぎだぜ。

 鬼塚を落とす声が聞こえないのが気に入らないが、しょうがない。ボクサーらしく筋肉質でしなやかな体、それにダンサー顔負けに踊っている以上、顔のごついのはカバーされるらしい。瓢一郎の独断で落とすのもまずい。

 てめえ、さっさとなんか致命的なミスでも犯しやがれ。妙な色気を振りまきやがって目障りだ。ホモの男でも誘ってやがるのか?

 心の中で目一杯毒づいてやった。

 陽子はどうか?

 精神が荒んできたので、癒しのために陽子を探した。

 陽子はあまりダンスが得意ではないらしく、動きはぎこちなかった。頬はこころもちピンクに染まり、「むふ~っ」と小鼻を広げながら必死にステップを踏み、ぎくしゃくと手を振っていた。

 それにともなって、例の洗車ブラシのような髪が、頭の後ろでチアリーダーのボンボンのようにふぁさふぁさと弾む。そしてなにより、ビキニからはみ出しそうな丸っこい巨乳が、ゆっさゆさぷるぷる、ゆっさゆさぷ~るぷると揺れる様がいいではないか。

 なごむなぁ。

 男なら誰しもそう思うだろう。ついさっきまでの殺気めいた心が、ほんわかしてくる。

 隣では陽子の友達の礼子が、外人のような青い瞳にしらけた色を浮かべ、いかにも「とっとと終わんないかしら?」といった顔で、クールに踊っている。こっちはあまり胸がない上、必要最低限にしか体を揺すっていないので揺れない。だが妙にかっこうよかった。

 さあ~ってと、葉桜はどうかな?

 学校ではすっとろそうなふりをしているが、そのじつ中国拳法の達人だ。優雅な踊りは得意そうだが、リズムに乗った踊りはどうか?

 葉桜の姿を探すと、演技なのか陽子以上にぎこちなく踊っていやがった。

 顔はいつものにっこり笑顔。たしかにあの顔でダンサー顔負けに踊るのは似合わないだろう。ある意味、適度に下手な踊りは妙に可愛らしさを引き出している。

 爆乳という点では、陽子も負けていないが、陽子のまんまるおっぱいに対し、葉桜のはミサイルおっぱい。陽子のぷるんぷるんに対抗して、葉桜のはぼよ~ん、ぼよよ~んだ。揺れのサイクルが大きい。しかも布地の面積が少ないのはどう見ても明らかな上、薄い布きれの下では、なにやら尖ったものがしきりに存在を自己主張している。おまけにあの腰のくびれと脚線美はさすがに大人の女の色気。野郎どもの目線はまさに釘付けだ。

 もっとも優勝賞金に百万円も掛けてしまった以上、葉桜に優勝してもらわないことには姫華に怒られる。それ以外のやつが勝てば持ち出しになってしまうからだ。ちなみに男子は伊集院が勝つ出来レース。最終決定権は瓢一郎にある以上、どうにでもなる。もちろん伊集院には賞金は返せといってある。

「三分終了。それまで」

 伊集院の声が鳴り響いた。場に残っていたのは、女は陽子、葉桜、礼子他ぜんぶで五名。男は鬼塚を含め、三名だった。

 陽子はぜいぜい息切れしつつ、全身をほんのり赤く染め、玉のような汗を浮かべているのが妙に色っぽく、そのくせ可愛い。葉桜は汗ひとつかかずににこにこしている。はっきりいって余裕だ。

「では次、一年B組」

 A組は引っ込み、代わりにB組がぞろぞろと前に出てくる。そして音楽に合わせ、踊り出した。

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