第10話
「フルーツパフェお待ちどおさま」
可愛い制服姿のウエイトレスが、オーダーしたパフェを笑顔でテーブルに置いた。
「ありがとう」
陽子は笑顔で答え、ウエイトレスが去ったあと、スプーンで一口すくって食べる。おいしかったが、すこし憂鬱だった。
「はううぅ、あたしはやっぱり探偵には向いてない」
ため息をつきながら、ひとり呟く。
こっそり姫華のあとをつけて、刑事とのやりとりを立ち聞きまでしたのに、目新しい情報は得られなかった。それどころか、いきなり姫華がドアを開けるものだから、ひょっとしたら立ち聞きしていてことがばれたかもしれない。
いや、きっとばれただろう。逃げ去ったとき、顔は見えなかったはずだが、天然パーマを後ろでふたつに結った、陽子の髪型は珍しい。『洗車ブラシ』というありがたくないあだ名を付けられるくらいだ。気づかれないはずがない。
「ああ~っ、大失敗。走り去らずに、ゆっくりとなにげなく歩いていけばよかったんだよ」
今さらながらにそう思う。そうすれば偶然そこを通ったように思われたはずなのに。
姫華に接触するのはやめようと思った。警察に対してさえあの調子なら、本当になにも知らないか、仮に知っていたとしても自分になど話すわけがない。
「このあとどうしたらいいんだろう?」
瓢一郎の行方にたどり着くには、あとは自分の記憶と、コピーした誘拐犯の似顔絵に頼るしかない。とはいえ、似顔絵をもとに近所に聞き込みというのは、もう警察の方でとっくにやり始めているだろう。
さすがに素人探偵活動はもう限界かもしれなかった。こうして喫茶店で、ああでもない、こうでもないと考えることくらいしかできそうにない。
それならばせめて限界まで考えてみようかと思う。
まず姫華を襲った犯人は、この学校の生徒なのだろうか?
ほとんど直感だが、たぶんそうなんだと思う。
もし生徒が犯人ならかなり範囲を狭められるのではないだろうか?
なにしろ犯人の顔こそ見ていないが、姿を見ているのだから。
陽子は目をつぶってあのときの状況を思い出そうとする。
服装は男子の制服。とくになんの特徴もなく普通に着こなしていた。ただ顔には頭部全体を覆う黒い覆面。目の部分だけがくりぬかれていた。
背格好は小柄だった。陽子と大差ない。男子ならかなり小さい方になるだろう。とはいえ、それだけで特定することは不可能だ。現に陽子はここ一週間、かなりの数の生徒たちを観察したが、これだという生徒には出会っていない。それに男子の制服を着ていたから男とは限らない。体型は服の下で補正できるだろうし、女子ということもあり得るのだ。その場合、あの背格好ならそれこそいくらでもいそうだ。
だけどなにか、なにか、犯人を特定できるものをあたしは見た。
朝、礼子にもいったが、ふたたびその思いが頭をよぎる。だがそれがなんなのかどうしても思い出せない。
服装や体つきで特定できないのは、今検証したとおり。
じゃあ、声? いや、犯人はひと言も喋っていない。
じゃ、じゃあ、いったいなに?
このとき陽子は、犯人と間近に顔を合わせたことを思い出した。
片目?
一瞬そんな考えがひらめいた。
なにか違うような気がする。片目はつぶっていなかったと思う。ただ、片方の目がなにか変わっていたような変な感覚。
あたしはいったいなにを見たんだろう?
両手で頭を左右からぽかぽか殴ってみる。
もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。きっと恐怖のせいで頭にもやがかかっているのだろう。
そこまで考えたとき、突然まったく別のことを思い出した。
猫?
そう、猫だ。あのとき猫がいた。
白い体に黒い顔としっぽ。シャム猫だ。
姫華の連れてきた猫こそが、そうじゃないの? どうして今まで気づかなかったんだろう?
何気なく窓から外を見た。道路側の壁は腰から上が全面ガラス張りになっていて、向かいには学校が見える。だが道路を挟まないすぐ手前には、信じられないものがいた。
「あ……あわわ」
シャム猫。姫華の猫がまるで自分を見張るかのように、喫茶店の外壁に身を寄せ、窓ガラスから中を覗き込んでいる。
なに? な、なんなのこの猫?
陽子は絶叫しそうになった。
フルーツパフェはまだ食べかけだったが、とてもここにはこれ以上いられない。さっさと会計を済ませ、店を出る。
小走りしながら、恐る恐る後ろを振り返ると、少し距離を置いてあの猫はあとをつけてきている。
パニックになった。猫。姫華。覆面の男。BMの女。これらはいったい瓢一郎にどう関わってくるのか? そしてなぜ自分に……。
陽子は知らず知らず、大きな通りから小さな路地へ入っていった。一度も入ったことのない知らない道。どんどんまわりから人がいなくなり、不幸なことに行き止まり。完全な袋小路だった。
三方は高いブロック塀に覆われ、助けを求めるべき民家もない。
怖くてとても後ろを振り返ることができない。
なにか自分に害をなそうとするような邪悪な気を感じる。侍や武道家でなくても、そういうものを感じることを、陽子は初めて知った。
勇気を振り絞って、ゆっくりと後ろを見る。
シャム猫がいた。それは想定内。想定外だったのは、そのすぐ後ろに男が立っていたことだった。
男子の制服を着た、黒い覆面の男。そう、姫華を拳銃で撃った男だ。他には誰もいない。
男は上着の内ポケットに黒い手袋をした手を突っ込むと、拳銃を取り出した。姫華を撃ったサイレンサーが付いたやつだ。
銃口を静かに陽子に向ける。
そいつの目は、片眼でもなければ、左右になんの違いもなかった。ただ冷たく、機械のような目。もちろん知っている人間にそんな目をしているものはいない。
そうだ。こんな目だった。どうしてあたしは変な勘違いをしたんだろう?
そんなことを考えてしまった。恐怖はさほど感じない。自分がこれから撃たれるということが想像できないのかもしれない。
だが、男は引き金を引いた。
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