第30話 捕物帖とお料理

 結局、勇者ヒダカには面談の矛盾と数々の証言を突きつけて申請を取り下げさせた。

 そして、魔王の倒しかたが姑息なので、勇者としても不適格ということにして、遡及そきゅうして勇者資格を取り消し、送還が決定した。

 彼は観念したのか、抵抗することなく送還されていったが、愛人は逃走をしてしまい、目下衛兵達が捜索中である。


「はあ、これで良かったのかな? 」


 報告書を書きながら、マコトはブルーノに問いかける。


「ああ、公爵もクロエも無傷ノーダメージにするにはこれが一番だ」


「クロエはどうなる? 宗教的に離婚は不可能なのか? いない奴と婚姻が続いていくのか?」


「その辺りは、未亡人と同じ扱いになるだろう。あとは逃走中の愛人、ガーラ・ユザワも異世界人だから捕まえ次第、送還だな。この二年間はヒダカの内妻として働いてなかったが、こちらには在留資格をハンターとして届け出ていた。そもそも魔導師なのに、ハンターという時点でおかしいのだがな」


「……それも偽名だろ」


「キャー! おじいちゃん!」


 階下のカフェから悲鳴が上がった。


「あれはチヒロの声だ! 行くぞ、ブルーノ!」


「ああ!」


 二人が階下へ駆けていくと、黒いローブを来た女がフィルじいさんを人質にしてカウンター内に立て籠っていた。あの顔は書類で見た逃走中のガーラ・ユザワだ。


「フィルじいさん!」


「ブルーノ様、すみません……不覚をとりました。あっという間にカウンターを乗り越えておじいちゃんが……」


「あんた達がヒダカを強制送還させたのね。余計なことを!」


 ガーラはフィルじいさんに杖を突き付けながら、マコト達を見て忌々し気に毒づく。タマキはもちろん、皆、固まってしまって手を出せない。



「何が望みだ。お年寄りを人質にして恥ずかしくないのか」


 ブルーノが冷静に問いかける。


「ヒダカを呼び戻してほしいわ。それから逃走資金ね」


「召喚石は簡単には使えない、あれは一回使うと魔力が戻るのには時間がかかる」


「だったら他の石を用意すればいいじゃない!」


「とにかく、人質なら私が代わりになろう。フィルじいさんに杖を突きつけるな」


 ブルーノが交渉している間、マコトはそっと後退りして、テーブルの上をくまなくチェックしていることにチヒロは気づいた。


「マコト、何をやっているの。おじいちゃんが危ないのよ」


 チヒロがマコトの様子を見て小声で咎める。

 それには答えず、小声でマコトはチヒロに尋ねた。


「チヒロ、魔法で音を立てずに瞬時に粉々ってできるか?」


「できるけど、犯人を木っ端みじんはさすがにできないわよ」


「いや、これを粉にしてくれ。あいつに気づかれないようにな」


 マコトはテーブルにあった皿をちらと見てチヒロに気づかせる。


「これは……。わかった、やってみる。『その繋がりを断ち切り、粉となれ、フラジル!』はい、できたわ。お願い、おじいちゃんを助けて」


「ああ」


 その粉を手に握り、つかつかとガーラ達に近づく。


「お前はチート封じの職員だな! あんたに魔法が効かなくても人質にかけることが……」


「フィルじいさん、目をつぶって息を止めて!」


 瞬間、マコトは二人に向かって赤い粉をぶつけた。そう、ハバネロ煎餅の粉末だ。最近のカフェの人気メニューとなりつつあったので、いくつかのテーブルには置かれていたのである。


「うう!? 目が痛……! ゲホッ!」


 ガーラが杖を落とし、目を抑えて、むせ始めた。その隙にカウンターを飛び越え、ガーラを取り押さえ、ポケットから捕縛ツタを取り出した。


「ブルーノ! フィルじいさんを保護してくれ、俺はこいつを縛り上げる! チヒロ、こいつに沈黙魔法かけてから、外でパトロールしている衛兵を呼べ!」



 衛兵にガーラを引き渡した後、フィルじいさんの元に駆け寄る。


「じいさん、大丈夫か?」


「ああ、びっくりはしたけど。大丈夫だ。ありがとう、マコトさん」


「ああ、タブレットに入れたグルメ漫画にヤクザに唐辛子をぶっかけるシーンがあったのを思い出してな。それに俺は異世界人相手なら素早く動けるし。あ、粉はよく払ってくれよ。刺激が強いからな」


 安心したのか、チヒロは祖父のそばで泣きじゃくっていた。


「おじいちゃん、本当に良かった。もう、何かあったらと思うと本当に……ぐずっ。もう唯一の身内なのだから心配かけさせないで」


「チヒロ、すまんな。大丈夫だから」




「あいてっ」


「料理してないの、バレバレね。実家暮らしはこれだから」


 事件が起こって早じまいしたカフェの店内。タマキとフィルじいさんには部屋で休んでもらい、マコトとチヒロが代わりに夕食を作っていた。

 メニューはシチューと、燻製肉を挟んだサンドイッチと簡単にしたつもりだったが、マコトの壊滅的な手際の悪さで難航していた。


「ほら、皮むきはいいわ。この鍋にワイバーンの骨付き干し肉を浸けてあるから火にかけてアクを取って。あ、肉は具になるから適当なところで骨から外して」


「ワイバーンって、食材なんだ……」


「そ! ちょっと高いけど、いい出汁が取れるから。元勇者にはワイバーンハンターになった人も多いよ」


 さすが異世界だけある。ハーピーとかミノタウロスは人間っぽい部分があるから食材にはならないだろうが、ドラゴンも食材でありそうだ。もしかしたら、ペガサス騎士団があるというから、乗っているペガサスも年老いて役目を終えたら馬刺しやタルタルステーキになってしまうのだろうか。


「ちなみにクラーケンの干物もいい出汁が取れるわね」


「それ、もはや巨大スルメじゃ……」


「ほら、鍋から目を離さない! アクはどんどん出るから! 」


「は、はいっ!」


 すっかりこき使われている。少しは労ってほしいなと思った頃、チヒロが野菜の皮を剥きながらボソッと呟いた。


「おじいちゃんを助けてくれてありがとう」


「あ、いや、あれは咄嗟だから。ハバネロ出してたばあちゃんにも感謝しなきゃ」


「ううん、非常時にああいう機転が利く人は素直にすごいよ」


「そっか……」


「私はあの時は動けなかった。また繰り返しそうで」


「繰り返し?」


「……何でもない。それよりも、、誰にも言うなよ」


 またすごい顔で睨んでくる。どっかの漫画独特の擬音が聞こえてきそうな勢いである。


「ダメ元で告れば?」


「それは……どうだろう? ブルーノ様は困ると思う。それにブランシュ様は美人でお優しいし、とてもじゃないけど敵わないわ。ほら、ごちゃごちゃ言わずにアク取り!」


 慌ててアク取りしながら、マコトはいろいろなことを知りすぎてしまったと思うのであった。


「世界が変わっても恋愛も結婚も大して変わらないな……」


 ~第三章 了~















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