第27話 マコト、知らないところで変態説が広まっているの図

「チヒロちゃんから聞いたわよ、マコト。また変態を晒したのだって?」


「ばあちゃん、それは誤解だって。って、チヒロがまた何か吹き込んだのか」


 祖母のツッコミを聞き流しつつ、カフェ『ジェラニウム』にて三時のお茶休憩を取りに降りるとチヒロとブランシュが和やかにお茶をしていた。この世界の役所仕事は緩いのか、お茶休憩は長く取っても怒られない。

 結果さえ出せばいいというアレクの方針だからだろう。


「だって、あんなメモを見れば……マコトは巨乳好きだしさ」


 チヒロがむくれつつ、お茶を飲む。


「チヒロ、でたらめなことをばあちゃんに吹き込むな。ばあちゃん、あれは仕事の話だよ」


「そうかねえ、エロゲーやギャルゲー好きだったじゃない。クリックすると服が脱げるものやら、ここでは言えないようなエロいというか、際どい展開のものとか」


「ばあちゃんっ! だからなんで知ってるんだよっ!」


「あんたが留守中にちょっとログインしただけよ。はい、コーヒーとお菓子。

 今日はクリスマス近いから、フィルさんお取り寄せのシュトーレンよ。いい感じに熟成しているわ」


 タマキはサラッと恐ろしいことを言いながらシュトーレンの皿をフォークと共に置く。


「ログインって……パスワード設定したのに」


「あんなガバガバなパスワード、簡単に破れるわよ?」


「うぐ……」


 ダメだ、これ以上この会話をするとまたも祖母に性癖をばらされる。マコトは黙ってシュトーレンを食べることにした。初めて食べるが、ドライフルーツ入りのケーキで確かにケーキ部分とドライフルーツが馴染んでいて美味しい。


「仲の良いおばあ様とお孫さんですね。なんだか見ているこちらも楽しいですわ」


「ああ、ブランシュ様。うるさくてごめんなさいね。お茶のお代わりはいかが? それと、こちらお詫びのあられです」


 タマキはてきぱきとあられを載せたお皿を二人の元へ配っていく。


「いえ、あのタマキ様のお茶をいただけるだけでも光栄ですのに、お菓子まで恐縮ですわ」


 やはり上流階級でも祖母は有名らしい。


「それにしてもブルーノ様にこんなお綺麗な婚約者がいたとはねぇ。この世界は結婚が早いからねえ。結婚式はいつなのかしら?」


花月フロレアルの上旬です。やはりブーケの関係で、ライラックが咲く季節まで待ちますの」


「ああ、あれは欠かせませんものね」


「魔導師様に頼んで早く咲かせることもできなくはないですが、やはり自然なものがいいですわ」


「うらやましいですわ、ブランシュ様。いいなあ……」


 チヒロは羨ましそうな、切なそうな顔をしてブランシュを見つめている。とりあえず、このセリフからして独身のようだ。マコトはとりあえず既婚者に包囲陣を組まれる事態は避けられたと謎の安堵をしていた。


 そして、先ほどヒダカの面談でも聞いたライラックブーケの話だと気づいた。やはり上流階級でも生花を待つのが普通なのだろう。確かにこの世界には温室が無い、魔法で咲かせるのが嫌なのなら花が咲くのを待つしかない。


 ふと、今の会話に違和感を抱いた。花月フロレアルは四月だと、この間アレク達から聞いた。すると花月の半年前は何月なのだろう。


「ば、ばあちゃんっ!」


「何ですか、マコト。女同士の話に割り込んできて。ブランシュ様は婚約者がいる身ですよ。あんたの好みかもしれないけど、さすがにまずいわよ」


 祖母からの冷ややかな視線が刺さるが、それどころではない。


「まあ、そうしてくれたら、いっそいいのに」


 チヒロが何やら小声で言っていたのが耳に入ったが、それよりも気にかかることがある。 


「そうじゃないっ! 花月フロレアルの半年前って何月だ?」


「あんたまだ覚えてないの? 霜月フリュメール、つまり十月よ」


「それと、紅花はこちらでは何月に咲く?」


実月フリュクティドールから熱月テルミドールにかけてだわね。つまり七月から八月よ。それがどうしたの?」


 チヒロは怪訝そうな顔を崩さずに答える。その視線は不審者へ向けるそれである。

 だが、マコトは気にせずにその答えに対して熟考を重ねている。


「二ヶ月も違うのか……休憩終わりにするわ。執務室へ戻るっ!」


 そう言ってお菓子を慌てて食べ、コーヒーを流し込むように飲み終えると、あわただしくマコトはカフェを出ていった。


「あいつ、なんなの?」


「まあ、マコトは少し変態だけど、洞察力はありますからね。私達の会話に何かお仕事の手がかりをつかんだのではないですかね」


「あいつがねえ……」



 マコトは執務室に戻るなり叫んだ。


「アレク! ブルーノ! 補強材料は掴んだ! 」


「マコト、急にどうした?」


 ブルーノが怪訝な顔をして何か走り書きしているマコトを覗きこむ。しかし、あっという間に予備のローブに着替えていた。


「それから俺、これからヒダカの家周辺を張り込みと聞き込みするわ! 変装するから適当なローブを借りるぜ!」


マコトは疾風の如く、素早く飛び出していった。


「マコトは何を掴んだというのだ?」


「わかりません、しかし、彼の入管職員としての勘を信じましょう」


「あれで変態でなければ、なかなかの職員なんだがな」


「アレク様もご存知なのですか?」


「ああ、カフェに行った際にタマキ殿からマコトの異世界の私物である“たぶれっと”の中身を少々見せてもらったが、やたら胸が大きかったり、裸と見まがうくらい際どい露出の女性の絵が沢山入っていた。タマキ殿は『早く現実を見つめて欲しい』と嘆いていたが」


「む、ならば先ほどの下着発言もアレク様は……」


「まあ、二割ほど疑ってたな。しかし、ああでもしないと皆の騒ぎが収拾がつかない」


 ……マコトの知らないところで、性癖がどんどんバラされていると彼自身が知るのはもっとずっと後であるが、とにかく彼は教会から飛び出して駆け抜けていった。

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