第5話 真、マコトとなり異世界の役所で働くことになる

 翌朝、改めて真達は教会内の執務室へ案内された。アレクサンドルが書き物をしながら二人に話しかける。


「さて、昨日も説明したとおり、そなたらは誤って召喚されてしまった。タマキ殿はこの国の功労者でもあり、かつ高齢であるからこの教会にて保護し、この世界の滞在許可を申請することになる。申請は問題無く通るだろう」


「それはそれは、ありがとうございます」


 環は深々とお辞儀をする。


「問題はご令孫の真殿だ。先ほど、異世界人の簡易スキル検査を受けてもらったが、反応は無かった。腕力は常人並み、魔法属性も火、水、土、風、光、闇いずれも陰性。つまり異世界人にあるチートは全くないということだ」


「え……」


 異世界転移だと、何かしらのスキルなりチートはあるものではないのか、と反論する前にアレクサンドルが理由を説明する。


「やはり年齢的なものだな。十代の召喚者は大抵は魔力なり武力が高いものだが、そなたは二十八歳というから発動しないのだろう」


「そ、そんな」


 真はある程度は予想していたが、間接的にオッサンと指摘されるのは地味に辛い。


「真殿お一人だけならば、元の世界へ送還の手続きを取るところだが、タマキ殿は在留を希望している。それにご令孫でもあるし、こちらも事情がいろいろあってな。そなた、ここで私の仕事を手伝ってもらえぬか?」


 手伝う? 思わぬ言葉が出てきた。


「手伝うって何を?」


「この世界の召喚事情はいろいろ破綻をきたしているのだ」


 書き物を終え、顔を上げたアレクサンドルが憂い顔で話し始めた。


「昨日も話したが、異世界から人を喚ぶのは簡単なのだ。召喚石さえあれば、そこらの魔導師でもできる。

あちらの世界で死んで、こちらに転生というケースもは無いことも無いが、召喚による転移がほとんどだ」


「ああ、昨日言ってた召喚石がどうのってやつか」


「そして、この召喚が簡単というのが厄介なのだ。この世界には魔族がおり、魔王を名乗る者が頻繁に現れる。中には国家を焚き付けて侵略してくる狡猾な魔王もいる。その度にいろいろな者が勇者を召喚していたのだが、そのツケが今、このフロルディア王国で起きている」


「ツケ?」


 さっきから反復でしか返事ができないが、新しい事実ばかりだからか、こんな返事しかできない。


「簡単に言えば、勇者が急増して秩序が乱れている。彼らはチートで無敵だから、まず仕事を独占される。そのため失業者が増えてしまった。

 例えば狩りをさせても、通常の狩人より何倍も成果をあげるからな。それに奴等は加減を知らないから、一時は鹿や猪が絶滅の危機に瀕してしまった。この国が農業国となったのも、乱獲が原因で肉や魚が激減して食糧危機に瀕したからだ」


「はあ……」


「開拓を任せれば任せたで、チート能力を駆使して、文字通り草の根一本生えないくらい刈り取ってしまったりな。おかげで西部は砂漠化が進んでしまい、逆に緑化の専門家を召喚する羽目になったが、いまだに回復していない」


 なかなか強烈な異世界である。


「そして、中にはチート能力を悪用して盗賊になった輩もいる。こちらにも自警団では歯が立たないので軍隊が出る羽目になり、国防上にも支障が出始めている」


「どれだけいるんだよ、異世界人……」


 アレクサンドルは引き出しから何かの資料を取り出して読み上げた。


「ああ、今回の調査結果では、この国の人口はおよそ十万人。そのうち異世界人は非公式な召喚を含めて三千人とも一万人とも言われている」


「げげ、一万人もの勇者ってやばくね?」


「もちろん、真殿のようなスキル無しの者や、タマキ殿のような非戦闘スキルの技術者がいる。だから皆が皆、勇者ではない」


 真はちょっと安心した。しかし、チート勇者がうじゃうじゃいて失業者が増えた世界なんて、考え物だ。なんというか、移民や難民を安易に受け入れて治安や経済に打撃を受けている某国を思い起こさせる。


「そこで、王は召喚者や召喚そのものを管理すべく、法を改正して官憲を設立することにした。それが“召喚管理局”だ」


「はあ……」


 まさか、ファンタジーの世界にまで法律やら役所が出てくるとは思わなかった。


「各地に散らばっていた召喚石を回収し、召喚儀式は幾多もの機関の許可を得ないと使えないようになった。既にいる“勇者”については、目的を果たしたら原則、元の世界へ送還させることになり、残留を希望する勇者は在留資格を審査することになるし、また、適正な召喚であったのかという調査も行う」


 そこまで聞いて真は思い当たることがあった。


「それって、俺がやっていた入管の仕事そのものじゃないですか。外国人か異世界人かの違いだけで」


「ああ、だからノウハウを学ぶためにそちらの入管職員を喚ぶ手筈だったのだ。非公式だが、そちらの局長と話をつけてマチルダ……いや、マチダ氏を呼び寄せるつもりであった」


「ああ、町田さん! あの人か!」


 真にもその名前に聞き覚えがあった。確か、凄腕のベテラン入国審査官であり、彼の審査眼は鋭く、摘発率も高い伝説級の職員だ。確か、近々どこかの国の交換研修に行くと耳にしていた。


「そっか、研修先は機密事項と聞いていたけど、異世界じゃ言えないよなあ……」


「しかし、そなたも知っての通り、召喚石……フロルディアの雫の誤発動によりタマキ殿とそなたが来てしまった。

 再召喚してマチダ氏を呼び寄せるのが筋なのだが、先ほど言った法改正により召喚そのものの手続きが厳しくなってしまった。再び召喚するには数多くの決裁を得なくてはならないから時間がかかる。それにタマキ殿の御令孫という立場や、若いが入管職員であることを考えると、マチダ氏の代わりに働かせてみよと言うのが王の意見だ」


「はあ?! 俺だけでも送り返せ……!」


 言いかけて真はハッとした。祖母はこちらにしばらくは留まるつもりなのだ。いくら功労者で大事にしてくれるとわかっていても、高齢の祖母を異世界に一人置き去りにするわけにはいかない。


「王曰く、異世界スキルはなくても現場仕事や書類処理はできるだろうとの考えだ」


「俺、文字読めないと思うよ?」


「そこは私達がみっちりと教える」


「あら、真、良かったじゃない。勇者じゃなくてもやっていけるわよ、私がそうだったのだから」


 これはどうやっても選択肢が「はい」一択しかない状況だ。しかし、祖母が異世界滞在に乗り気である以上は半ば人質に取られているようなものだ。


「……わかったよ、でも、俺は書類審査くらいしかしたことないぜ? 摘発もまあ、ちょっとやったことあるけど、チート勇者なんて押さえられるか自信無いよ?」


「そこはしょうがない。まあ、新設したばかりだし、経験がないのは皆同じだ。よし、部下となるからにはマコトと呼ばせてもらおう。お客様扱いはこれ限りだ」


 こうしてマコトは異世界でも役所で働くことになった。

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