必要なのは、信じる心と妖精の粉!

 ピーター・パンは女と遊んでも、隠れ家には連れてこない。


 たまにちょっとだけ招待することはある。それはやつが相当熱を上げた相手にかぎるけどな。たいてい、女ってのは大人になるのがはやいんだ。だからピーターは口うるさい女にはすぐ飽きる。だいたい、いつまでも置いとくとティンクがうるさい。


 その日もピーターは女を連れ帰ったりせず、ティンクとふたりで帰ってきた。きんきんと文句を言う妖精に弁解しながら。


「だから、ちがうったら! タイガーリリーはあんなにちっちゃい赤ちゃんだったろ? かわいいって言ったのは、赤ちゃんとしてかわいいって意味であって、女としてどうこうなんて気はさらさら……ああ、わかったって、ティンク。だけどさ……」


「ピーター、おかえり! 今日はどこへ行ってたの?」


 いちばん最近迷子になったビルが、人なつっこくピーターのつま先をつかんだ。新入りはいつだってピーターのお気に入りだ。なにも知らないし、いちばん子どもだからな。だが、おれとケビンはすでに、ビルに真実をきっちり伝えていた。


 ビルは賢い。とても子どもとは思えないくらいだ。真実を知って怖気づくどころか、逆に率先してピーターの足をすくう作戦に参加したがった。こいつは現実世界に妹を残してきていて、ときどきうちに帰りたいと泣いていたんだ。


 泣いているのをピーターに見つかれば、「規則違反」。おれはすぐさまビルを守るために動いた。こいつは信用できる。たぶん、ほかの迷子よりもよっぽど。


 他の連中はいつ怖気づいてピーターに告げ口するかもわからないから、実行するぎりぎりまでだまっていたんだ。まあ、作戦はいろいろと立てておくに越したことはない。


「今日はインディアンの集落に行ったんだ。すごいぜ、酋長に娘が生まれて、お祝い騒ぎさ。みんなも明日行こう。一ヶ月はずーっとお祝いしてるって言ってたよ」


 ピーターは機嫌が良かった。ティンクがきらきらと顔の周りをうるさく飛んで、「だからー、狙ってないってば。あんまりうるさいと閉じ込めちゃうぞ、ティンク!」と怒ったけれど、その顔は笑っている。


 ふん、ティンクを閉じ込める、か。そういう手もあるな。ひとつ覚えておこう。


「ねえピーター。インディアンの集落なんか面白くもなんともないよ。それよりさ、どっか遠くまで飛びたい!」


「遠く? いいねえ! 星の向こうまで飛んでいこうか!」


 ピーターはけたけた笑いながら隠れ家の上をぐるりとひと回りして地面に着地した。


「それで、天の河を泳いで、星クジラを釣ろう。いやまてよ、今はクジラの季節じゃないな。白鳥がバラの花を咲かせているかもしれない。すごいぜ、すぐに一周できる小さな星があるんだ。山の上に座って、海を三歩で渡って向こうの大陸まで歩いていける。だけど白鳥たちは気が荒いからな……」


「ねえ、ロンドン塔のそばをすれすれで飛んだの、あれ、すっごく楽しかった!」


 いいぞ、ビル。おれは迷子たちの一番うしろで聞きながら、ぐっとこぶしをにぎってガッツポーズを作っていた。今のは自然だ。


「ロンドン塔? ああ、最初の夜のか」


 ピーターは帽子をぬぎ、頭をがりがりとかいて、また帽子をかぶった。


「でも、あの町には大人がいっぱいいるからなあ」

「おりなきゃいいじゃないか」


 ビルはゆずらない。


 いいぞ、その調子だ。子どもらしく、無邪気にな。


「町にはおりなくていいよ。でもあんなに高い建物があって飛びがいがあるのって、ロンドンだけだろ。ネバーランドの森の上を飛ぶのは飽きちゃったよ……」


 最高だ。文句なし。


 ピーターはにたっと子どもみたいに笑った。いいねえ! とひざを打つしぐさは、だましやすいことこの上ない、バカなガキだ。


「じゃあ、今すぐロンドンへ出発だ! ティンク! 妖精の粉!」


 きらきらと粉がふりかけられて、迷子たちの身体がふわりと浮かびはじめる。


 ああ、どうして気づかなかったのか。おれはもう、ピーターをこれっぽっちも信じちゃいなかったというのに。なのに、妖精の粉をかけられて、空に向かって飛び出したとき、おれは勝ったと思った。ピーターを出し抜いたと本気で思った。


 バカなガキはおれだ。


 おれのせいで、迷子たちをあんなめに合わせちまうなんて。あのときは、思いもしなかったんだ……。

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