ファンタジーには馴染めない番外編

nov

第1話 諜報員DEET その1


 真っ暗な庵の中から、しゃがれ声が響く。


「⋯⋯コードネームDEETよ。役目、理解しておろうな?」


「はっ。我らとの縁のため、ターゲットに悪い虫が付かない様に監視し、あわよくば子種を得る事です」


「⋯⋯良かろう。行くが良い」


「はっ」



 ここは森人の隠れ里。300年前に異世界からやってきた迷い人が、我々森人を助け、築いた里である。


 その里は新しい迷い人の出現に沸きに沸いていた。迷い人を我らが里に! そんなノボリ旗が数多くたなびく程にだ。


 私は里の支配階級にして、迷い人の言葉を継ぐ家の、傍流の娘として生まれ育った。

 親兄弟の様に森羅と呼ばれる忍者となるべく厳しい修行を乗り越え、里一番の潜入浸透技術を磨いた私の初任務が、迷い人との接触任務となったのだ。


 同じく潜入を行うリーダーは、迷い人と接触した主筋の若様であるレイン様に決定した。森羅では男性は偵察や破壊工作。女性は浸透工作や暗殺と役割が分かれているのだが、今回のミッションのターゲットは迷い人の言葉しか通じないらしく、迷い人の言葉を扱えるレイン様も浸透作戦に帯同する。


 中々に厄介な任務になりそうだ。胸が躍る。"DEET(虫除け)"というコードネームも授かったのだ。両親も喜んでくれているに違いない。


「若様、長からのお呼び出し、完了しました」


「では参るぞ」


 若様はそう応えると歩き出し、静まり返った夜の闇にするりと溶けてゆく。凄まじい隠形だ。


 遅れぬ様に着いて行くのがやっとであったが、森の木々を飛び抜け、目的地である村に到着した。


 だが目の前に広がる未発達の文明に唖然としてしまう。


「ここが⋯⋯」


「我等の殿がおわす村ぞ。礼を欠くことない様にな」


 粗末な建物に、村を闊歩するのは土人共。こんな所に迷い人が住んでいるのか⋯⋯?


 姿を見せ、土人達に2人で軽く会釈をすると敵対する事もなくあっさりと集会所の様な建物に案内される。話は通っていた様で安心した。



 しばらく待つと光がやってきた。


 人の形をした光としか形容できない。やんごとなき存在に身体が勝手に平伏してしまいそうになる。

 何という存在力か! これが迷い人! これが我等が殿! 直視したら目が焼けてしまいそうだ。


 近付いても焼き付いてしまうのではないかと畏れていたが、何言かの会話の後に光が収まり、ようやく人である事が分かった。


 しかし、一度強張った身体が中々戻らない。冷汗が乾き寒気すら感じる。


 果たして磨いてきた対人技術は本当に通じるのだろうか。あの御方を人と呼んでいいのか?


 自信がぐらつき自分がどこに居るのかさえもよく分からなくなってきた。



「ディートよ。こちらのサーラ嬢とエメリーヌ殿から皆でこちらの言葉を習う事となった」


「⋯⋯は、はい。よろしくお願いする」


 散り散りになっていた意識を取り戻し、言葉を教えてくれるという2人の女性に頭を下げる。


「それは兎も角、既に出遅れている様だ。プランAを決行せよ」


「はっ。プランAに即時移行します」


 ちらりと女性2人に目をやり耳打ちしてきた若様に囁き返す。



 動き始めてしまった以上、もうやるしかない。これまでの修行の成果を叩きつけるのだ。



 ⋯⋯続く?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る