ぐっどらっく

「ゆーあー……? なにこのちっちゃいオッサン、妖精?」

「虎汰くん!? お父さんは普通に人間だよ!」

「アレだろほら、寝てる間に靴とか服とか作ってくれるヤツ」

「なるほど、ずかんに載ってるヤツだぬ」

「こびとでもないってば! みんな心の声が出ちゃってない!?」

「はっはっは」


 そりゃお父さんはちょっと小柄だけど、そんなに!?


「面白い息子さんたちだ。おお、君が葵ちゃんの息子さんだね、よく似ている」


 お父さんが前に進み出て己龍くんの手を取った。


「夕愛をヨロシク頼むよ、君は身長何センチ?」

「い、いやこちらこそ。183っす……」

「そうか、ずいぶんデカくてカッコいいね。はっはっは」


 ぎゅむーっと己龍くんの手を握りしめて、次にお父さんは隣の亀太郎くんの所へ。


「君はワタシと同じ玄武だそうだね、将来も楽しみだ。ところで君は何センチ?」

「は、同神とは光栄です。僕はちょうど180センチでしゅが」

「ほほお、厚みがあって大きいね。ぬりかべかと思ったよ、はっはっは」


 ぎゅむむーーっとまたお父さんは彼の手を握りしめた。亀太郎くんもなんだか笑顔が引きつってる?


「おう、君が綾女ちゃんのトコの虎汰くんだね。さっき夕愛の手を引いてくれてた」

「え」


 見えてたの? お父さん!


「ところで君は何センチなのかな?」

「あー、ええとボクは175センチ……」

「うん、まだまだ伸びそうだね。夕愛をよろしくしてくれてるようだし、一安心といったところか。はっはっはっははははは!」


 ギリギリとこめかみに青筋を立てて虎汰くんと握手を交わす。

 お父さん、やっぱり身長の事気にしてる!? そんでもってなんか怒ってる!!


「おー、みんな挨拶は終わったかい? そろそろお参りしなさいな」


 表向きは和やかな交流を終えた所に、煉さんと紫苑ちゃんがのほほんと戻って来た。その手には水を汲んだ手桶が下がっている。


「煉、そろそろ私たちは行くわね。ランチのお店を予約してあるの」

「夕愛ちゃん、今度は煉のマンションに遊びに行くわ。その時またゆっくりお話しましょうね」


 葵さんと綾女さんが少女のようにお父さんの袖を引っ張って急かしている。もしかしたら昔もこんな関係だったのかもしれない。


「ああ、今行くから二人ともちょっと待ってくれ。……夕愛」


 お父さんが葵さんたちをそっと押し留めて振り返った。


「せっかくの里帰りに家でゆっくりさせてやれなくてすまなかった。今日も夕方からオペが入っていてね。食事をしたら行かなければならないんだ」

「う、うん、いいのそれは。でも……」


 お父さんは県の総合病院で消化器外科のお医者さんをしてる。だから忙しいのは慣れっこだけど。


「あのね……お父さん。あたしがいなくなって寂しくない?」


 それは、帰省したら聞いてみたかったこと。

 あたしが普通の娘なら、東京の高校なんてダメだとも言えたはず。お母さんを早くに亡くし、今またあたしを手放してどんな想いで暮らしているのか。


「うーん……そうだなあ。夕愛はどう?」

「え?」


 お父さんが小首を傾げてあたしを見上げる。

 確かに最初は不安ばかり。新しい生活もここから逃げ出した理由も、それから自分の体質も、何もかも触れるのが怖いような気がして。


「あたしは……」


 そんな不安を最初に強引に吹き飛ばしたのは、ここなちゃんの……虎汰くんのキスだった。


「あたし……ね、お父さん」


 思えばあれが、あたしの未来と星の巡りを変えた一歩だったのかもしれない。

 それからはもう、不安なんて感じる暇もないくらい毎日が嵐のようで。


 今は優しい人たちに守られて、こんなに晴れ渡る空の下でお父さんの前に立っている。


「ごめんね……あたし、寂しくない」


 涙をこらえてうつむくあたしの肩を虎汰くんが抱き寄せ、己龍くんが頭をぐりぐりと撫でる。お父さんの前なのに。


「そうか。夕愛が寂しくないならお父さんは寂しくないんだよ」


 あたしの顔を下から覗き込み、お父さんが鼻をギュッとつまんだ。


「じゃあ煉ちゃん。娘をよろしく頼むよ。何かあったらまた連絡を」

「うん。渉兄さんも東京で学会とかあったらウチに寄ってよ。ごちそうするからさ」


 笑顔のお父さんが踵を返し、チョコチョコと先に立って歩き出す。それに続いて葵さんが。


「己龍。物分かりがいいのが全部正解とは限らないのよ」

「は? なんだよ、それ」


 含んだ笑いを残して葵さんが通り過ぎていき、その後を綾女さんが続く。 


「……少し見ない間に急にオトコの顔になっちゃって」


 すれ違いざまのつぶやきに、虎汰くんがフッと密やかな笑顔を返した。


「ではでは、子供たちよ。ぐっどらっく」


 手を振るお父さんを真ん中に挟んで、3人は霊園の丘を下っていく。

 その後ろ姿は楽しげで、それはきっと様々な想いと時間を経たゆえの繋がりなのだろう。


「お袋……あのちっちゃいオッサンと結婚する気だったのか……」

「ちょ、己龍くんそんな呆然としなくても」

「うむ、失礼だぬ。ちっちゃいオッサンでも先代の黄帝であられる。各々方おのおのがた、ちっちゃいオッサンに敬礼を」

「しなくていいから! 亀太郎くん、何回ちっちゃいオッサン言うの!?」

「てことは煉さん、あのちっちゃいオッサンに彼女取られたんだ」

「あー虎汰くん、それ言っちゃう? 反対のほっぺにももう一回僕のグーパン入れようか?」

「えっ、虎汰のアレって階段から落ちたって聞いたけど? 煉さんがやったの? どういうこと!?」


 ちっちゃいオッサンは定着してるし、紫苑ちゃんに虎汰くんを殴った犯人はバレたし……もういいや、なんでも。


「じゃあみんな、お参りさせてもらって帰ろう。夕方には家に亀たろくんの荷物が届くから、そうノンビリもしていられない」


 煉さんの不可解な言葉に、あたしたちは揃って首を傾げた。


「亀太郎くんの荷物ってなぁに? お土産かなにか?」

「何言ってるの夕愛ちゃん。亀たろくんの引っ越しの荷物だよ。今日の夕方に届くように手配したから」


 サーッと顔色が変わったのは、あたしよりも虎汰くんと己龍くんの方。


「なになに、きゃめも煉さんとこに下宿するの?」

「紫苑くん、苦学生の僕に格安で食事付きの住まいを提供してやろうという、煉さんの粋な計らいなのだよ」


 亀太郎くんの言葉に呆然と立ちすくむあたしたちを、煉さんが怪訝そうに覗き込んだ。


「夏休み前に頼まれてさ。部屋もひとつ余ってるし、なによりホラ、仲間だし。もしかしてまた聞いてなかった?」

「いやあ夕愛くん、これからの生活ウィキウィキだぬ。虎汰郎くんも龍太郎くんもよろすぃく頼むよ!」 

「…………」


 お父さん、それからお母さん。

 どうやらあたしの東京生活は、ますます『寂しい』なんて言ってる余裕は無さそうな気配です……。


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