やっかいな娘娘体質

 あたしは震える指で(さっきの武者震いとは別モノ)、思った事をそのまま文字にして虎汰くんに返した。


【きりゅうくんにあんなこと言えないよ】

【虎汰:どうして。言えばいいじゃん。こたくんとキスしたって】

【こたくんじゃない。あれはここなちゃん!】

【虎汰:どうして己龍に知られたくないの?】

(え……!)


 だって。そんなコト、わざわざ第三者に言わなくても……。


【己龍:スルーか?】


 今度は己龍くんから。そっちのメールボックスに移動しなくちゃいけない。


【己龍:言いたくないならそれでいい】


 すると別のメールボックスに、また新着のお知らせが。


【虎汰:図書館の時みたいに、己龍にもふわふわしちゃった?】

「……っ!」


 そうだ。図書館であたし、虎汰くんにも息が止まるくらいふわふわドキドキした。己龍くんの時と同じように。


(免疫ゼロのあたしは甘い雰囲気と言葉に弱い。そういうシチュエ―ションになると誰にでもふわふわしちゃうんだ)


 あの図書館でそう言われたっけ。だから口説きに慣れるレッスンが必要で、それを虎汰くんが買って出てくれてる。


(二人にふわふわするなんて恋じゃない。はっ! それをわからせる為に虎汰くんはこんな難問を!)


 あたしはスマホの画面を操作して、もう一つ新しいメールボックスを作った。


(そうよ……しかも両方にイイ顔したいなんて。ただの性格悪い、やな女だあたし)


 前の二人が戸惑ったように顔を見合わせている。それでもすぐ、その新しいボックスに二通の着信が来た。


【虎:なにこれ夕愛。なんで三人いっしょ?】

【龍:どういうつもりだ】


 ボックス名は《龍・虎・娘》。

 あたしたち三人のグループメールのボックスを作り、二人を招待したのだ。


【二人に同時に答えるから。あたしの答えがズレてないか見て】


 そう入力して、新しいボックスのトークに加わる。


【龍:俺の方の質問はもういい。あの日は撮影で虎汰はここなだった。どうせ甘えたフリでキスでもしたんだろう】


 え? ええっ!?


【虎:あ、ボクももういいよ。己龍のことだから、どうせ好きだとかも言わないで、いきなりギュッとかしちゃっただけだろうし】


 ちょ、なにこの人たち、どっかで見てたの!? てか二人ともフリック早っ!


 あたしは途中まで入力してた答えを全部削除して、またセカセカ文字を綴る。


【なんてまわかるの!? もしかすてホントはふたりとま全部みたて!?】

【龍:落ち着け。ミスタッチがひどいぞ】


 え? あ、ホントだ!


【虎:アタリみたいだね。おもしろくなーい】

【龍:そりゃこっちのセリフだ】


 はっ! あたし結局カミングアウトしちゃってる!?


【虎:まあいいや。夕愛が己龍にどれだけ傾いたか知りたかったんだけど、まだ大丈夫そう】

【龍:僅差で俺がリードだ】

【虎:なんでだよ。結局ボクたち両方に嘘つけなくて、自首を選んだのに】


 お代官さまの前で悪事を言い当てられた罪人の気分でした。ああっ! なんかあたしサムライが抜けてない!


【虎:ボクのがリードだよ。いつも一緒に寝てるし】

【龍:なんだそれ。まだそんなこと許してたのか】

【え、だって朝起きるといるんだもん】


 ちゃんとパンツはいてるし。朝、気が付くとだいたいフカフカの子虎を抱いて寝てる。なんかもう慣れちゃった。

 

【龍:禁止だ】

【虎:やだよ】

【龍:禁止<(`^´)>】

【虎:やーだ( ̄д ̄)】


「ねえ……まだメールで話すの? もうすぐ降りる駅だよ」


 あたしがおずおずと口を挟むと、二人はパチンとスマホケースを閉じ、怖い顔で振り返った。


「夕愛、もうボクの居ない時に己龍の部屋に入ったらダメだよ。いいね」

「もう虎汰がここなの時でも油断するな。食われるぞ」

「は、はい……!」


 やっぱり怒ってる!? なんか二人からむちゃくちゃ黒いオーラが!


『次はー東雲町……東雲町。降り口は右側です……。降り口は……』


 車内に流れるアナウンスにホッとする。でもこれからがまたけっこう大変。


「行くよ夕愛、おいで」


 今度は虎汰くんのエスコートで、人の流れに乗って電車を降りる。思いもよらない試練を強いられたけど、通常の試練はこれからが本番。


(男の子にムダに触らないように。それから……)


 あたしの体質で一番の問題は、触ると好意を持たれてしまう事じゃない。もう向き合うしかないと腹をくくったものの、やっぱり憂鬱だ。


(早くコントロール出来るようにならないと、あたし一人じゃ外出もムリだし)

「ああ夕愛くん! 離れてしまってすまなかった。心細かっただろう?」


 ぬん! と横から現れたぽっちゃりフェイスに一瞬で物思いが吹っ飛んだ。


「亀太郎くん。ううん、全然大丈夫だった」

「心細かったのか……」

「あのまま熟女たちに挟まれて、終点まで行けばよかったのに」

「はっはっは。気の置けない仲間というのは実に良いね。ジョークにも愛が溢れていりゅ!」


 シュタっとあたしの背後に付いて、また3Pスリーポイントフォーメーション。確かにこれならあたしに死角はないけれど。


「……ああっ、夕愛くんアレ! 10時の方向!」

「え?」


 突然亀太郎くんが左前方を指さし、あたしは反射的にそちらに目を向けた。そこには改札を通るのに苦労している、松葉杖をついたスーツ姿の男性が。


「……を、見てはいけない!!」

「はあ!?」


 もう見ちゃったよ!?


「おそらく彼は今日、社運を賭けたプレゼンがあるのだ。だから骨折を押しても出社する……お気の毒じゃまいか! 見てはイカァァン、惚れてしまう!」

(そうなのーー!?)


 コレが一番厄介な娘娘の習性。『お気の毒な男性はあたしが慰めたい』、カン違い恋愛感情発動……のフラグ!?


「バカめたろう! 惚れるって、それを知ってるなら指さしたりすんなよ。しかも勝手な解説まで!」

「いやいや虎汰郎くん。僕は危険をいち早く察知し、警戒のノロシをだな」


 グイッと己龍くんがあたしの肩を抱き、方向転換する。


「見るな。あっちの右側の改札を出るぞ」

「…………」


 改札を通り抜け、足早にその場から遠ざけられるあたしのハートがキュウゥと唸り始めた。


(だ、大丈夫……! こういう時は)


 あたしは自分の手の甲を思い切りつねった。その痛みの方に神経が分散され、怪しい気持ちが凪いでいく。


 最初にこの娘娘の習性が発動して以来、お気の毒な人を見かける度にこういう方法で凌いでいるのだ。


「あーあ、またつねってる。己龍もひどい提案をしたもんだ」

「俺は物の例えで言っただけだ」


 虎汰くんと己龍くんがあたしを挟んで眉をひそめる。


「で、でもいいの。これで落ち着くから……」 


 その時、背後でカラーン!と松葉杖が倒れる音がして、あたしの肌に鳥肌が立った。


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