ついてきた亀


 「でも好きな子はいるよ」


 虎汰くんの発言に一瞬の間を置いた後……悲鳴のような奇声のような叫びが教室を揺るがした。


「うそーー!? ナニ、誰? ちょっとコタちゃーーん!」

「コタぁ! それは女か? まさかオレ……?」

「黙れ坂田、キモい! コタくん、それウチの学校の子? ヒントちょうだいよ、同じクラスだった事ある!?」

「おしえないよー。質問は一個だけって言ったじゃん。あ、あと、そこの方丈夕愛もボクのイトコだから。仲良くしてあげてねー」

「ん? そうなんだ。ってそれより、その子に告ってないの? まさかの片想い!?」


 哀れ、次の人の自己紹介は、興奮冷めやらぬ人たちの前に完全に埋没している。

 そしてあたしも、自分の名前が出たのは聞こえたけれどなんだか他人事みたいに呆然。


「うまいじゃん、虎汰。これで己龍の事も煙に巻いたし、さりげに夕愛のカミングアウトも済ませた」


 紫苑ちゃんの言葉に、あたしは目をパチパチと瞬かせた。


「え、じゃあ今のは」

「好きな子なんて嘘だよ。たぶんみんなの意識を逸らせるためのゴースト。己龍が不器用な分、あいつはいろんな事に器用で頭の回転も早いよな」


 そうなの? 

 あたしにとって虎汰くんは”可愛いけどおふざけが過ぎる、困ったペット”って感覚なんだけど。


「ぷっ。なんだよその顔。夕愛、イトコって言ってもあんまり付き合いなかったのか、あいつらと」

「え! う、うん、そう。あたしの家は長野だったし、あんまり親戚付き合いは……あはは」


 ふうんと気のない返答をして、紫苑ちゃんは楽しそうな虎汰くんから窓辺に視線を移した。

 そこでは己龍くんが、まるで時を止めた写真のように身じろぎもせずに外を見ている。


「あんな奴じゃなかったんだけどな……昔は」


 ポツリとこぼした紫苑ちゃんはなんだか寂しそう。


「え? 昔って、もっと小さい頃?」

「うん、幼稚舎の時。私もその頃はおとなしい子でさ、よく男の子に髪引っ張られたりスカートめくられたりして泣いてたんだ」


 あらら意外。

 今の彼女を見る限り、反対に男の子をからかったりイジメたりしてる方を想像しちゃうけど。


「そういう時、いつもあいつが飛んできて……いきなりぶん殴るんだ。で、女は守るもんだろって」


 クスッと笑って、紫苑ちゃんは大事な宝物を包むようにそっと自分の手を重ねた。


「どこで覚えたのか知らないけど、必ずそう言うんだ。生意気なガキだろ? でもそれがかっこ良くてさ」


 その潤んだ目には見覚えがある。田舎でも彼氏の事を話す時の友だちは、みんなこんな目をしていた。

 もしかして……というか、これは決定的に?


「その時からずっと私のヒーローはあいつだけ。自分もそうだけど、成長して雰囲気が変わっても本質までは変わったりしない」

(やっばり! 紫苑ちゃん、己龍くんの事が好きなんだ)


 すると紫苑ちゃんは、絶句するあたしを上目遣いに可愛く睨んだ。


「……カミングアウト。でも内緒だからな。バラしたら泣くぞ?」


 泣かしませんーー!! こんな素敵女子、泣かしたら末代まで祟られちゃう。

 そう、女のコは守るもの!!


「ぜぜぜ、絶対言わない……! 約束する、あたし四神に誓う!」

「あはは、なんだそれ。まあ本人は気づいてると思うけどな。でもいつかちゃんと自分で伝えたいからさ」


 あああ、それなのにごめんなさい。己龍くんの優しさにトキメいてごめんなさい! ヘンタイな妄想夢で己龍くんとイチャついてゴメンナサイーー!!


 脳内でペコペコ土下座していると教室にまた拍手が起こり、そこで自己紹介が続いているのを思い出した。

 

(あ、いけない。今のカミングアウトでこれっぽっちも聞いてなかった……)

「ん? 次の男、入学式に新入生代表の挨拶したヤツだ。ウチのクラスだったのか」


 紫苑ちゃんに促されて前を見ると、最前列の席にいた男子がスックと立ち上がったところだった。

 ここからじゃ、そのやけに大きな背中しか見えない。


「夕愛もアイツ、覚えてるだろ。ほらなんていうか……インパクトあったし」


 紫苑ちゃんだけでなく、クラスみんなが目を見交わしてクスクス忍び笑いをしているのはどういうわけか。

 入学式はポーッとしていたからあたし何も覚えてないんだけど。


 その時、注目の男子生徒が一歩スッと片足を引き、こちらに向かって鮮やかに回れ右をした。


「まずは、初めましてみなさん!」


 ……めっちゃイイ声。

 でもその空気を揺るがすバリトンボイスで、ふっくらほっぺが震えてる。


「明るいクラスのようで感激しています。どうやらこの一年間は、楽しい学園生活が約束されたようだ」


 ……はて、なぜだろう?

 この持って回った話し方も、今にもジャケットのボタンがはち切れそうなお腹も、どこか覚えがあるような。


「僕は長野県立武石二中出身、神田 亀太郎と申します。みなさん、どうぞよろすぃく!」

(武石二中!? カンダ カメタロウ?)


 ミュージカルアクター風に両手を広げて挨拶を締めくくった彼に、今や教室は割れんばかりの拍手と爆笑のるつぼ。

 その時、神田 亀太郎くんが細い目をさらに細めてあたしに小さく手を振った。


(…………ああっ!?)

「あっははは! アイツ今ちょっと噛んだよな? 残念すぎる!」


 お腹を抱えて笑っている紫苑ちゃんは気が付いていない。彼がこっちに手を振ったのも、あたしがドングリまなこで固まってるのにも。


 あれは去年の八月、夏期講習の最終日。

 

 ――待ちたまえ、方丈 夕愛くん。

 ひぐらしが鳴く帰り道で、イケメンボイスに呼び止められた。


 振り返ると、そこには季節外れの雪だるまを思わせる白Tシャツの丸いお腹。そしてあの細目のニコニコ顔があたしを見下ろしている。


「夏期講習の初日から気付いていたよ。でも僕にとっても人生を左右する出会いだからね、確信を得るまでストーキングさせてもらっていた」

「は?」


 ナニこの人、言ってる事が意味不明。


「ああ、失敬。こんな遠回しな言い方、男らしくなかった」


 名前も知らない、でもたぶん同じ講習を受けていたらしき雪だるまくんが、コホンとマンガちっくな咳払いをする。


「……運命のアモーレよ。そのさだめに身を委ね、僕を君の愛で導いてほしい。つまり恋人から始めよう」


 イケボでなんかキショいこと言われた!


「だ、大丈夫です間に合ってます。えと、あなたのこと全然知らないし無理です、ごめんなさい」


 ピョコッと頭を下げ、あたしは逃げるようにその場を後にした。

 追いかけても来なかったし講習はその日で終わりだったから彼とはそれきり会う事もなかったけど。


(神田くん……間違いなくあの時の人だ。あたしに告白してきた)


 告り魔という不名誉な異名を取るあたしの過去で、唯一無二好意を示してくれた人。

 でもクリスマス前、13回目の告白をした木下君が言ってた。

 神田はあたしという有名な告り魔に拒否され、それが噂になって彼も縁起の悪いフラれ神として周囲に避けられる日々を送ったと。


(その人がなんでこんな東京の、しかも同じ高校に? 偶然? それとも……)


 ……まさかの復讐!?


「――アイツ、新入生代表挨拶してたってことは成績一位で入学したんだよな。頭はいいのに残念要素が多すぎ。名前もかなりヤバいし」


 のんきな紫苑ちゃんはまだ彼に興味を持ってあれこれ言ってくる。でもあたしは言いようのない焦りで、体中にヘンな汗が。


(どうしよう……! 頭のいい彼にとって、あたしからの拒否といわれのないハブんちょは想像を絶する屈辱だったのかも。だから復讐を誓って追いかけ……)


 いや、落ち着けあたし。

 普通に考えればこの学校は東京ではそこそこ有名な進学校だし、田舎から都会の高校を目指す人だって珍しくない。

 さっきだって睨まれたんじゃなくて、にっこり笑って……


【ふふふ……ここで会ったが百年目。さらし首の恨み、とくと思いしれ。告り魔の名を流布してやろうか、はたまた学園じゅう引き回しの上、打ち首獄門……】


 あああ、落ち武者の恨みーー!!


「……なにやってんの夕愛? 自己紹介、女子の番になった。あんたすぐ回ってくるよ」


 机に突っ伏したあたしの頭を、紫苑ちゃんがチョンチョンと突っつく。


「は……い。りょ……了解」

「なんだ、緊張してんのか? 別に名前だけ言えばいいから」

「りょ……」


 その後、自分の自己紹介で何をしゃべったか。

 頭の中がパニックになっていたあたしは、やっぱり何も覚えていないのだった。



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