第4話 待ち合わせ

『今日の11時に、アーケード街の広場ね』


『わかった』


『絶対だよ? 私せっかちだから、そんなに待てない。いいね?』


『やけに念を押すのね……どうしたの』


『だって、楽しみじゃん』


『そうなんだ』


 ある朝のこと、スマフォでかずちゃんとメッセージのやり取りをしながら私はベッドに仰向けになっていました。

 そして、メッセージに気を取られていないと、目から涙が溢れてしまうぐらいには潤んだ目で、私は天井を見上げて今日のことに思いを馳せました。


 ああ、そうか、今日は2人と商店街に行く日なんだ……。実感湧かないな……。


 私はあまり友達と遊びに行くみたいなイベントに臨むことがないのです。

 しかも、かずちゃん以外の人とも。


『かずちゃん、なんか私行くのめんどくさくなってきた……』


『そう言うなら家まで迎えに行くけど』


『行きます!!』


『それでいい』


 曖昧な気持ちの私に対して、かずちゃんは私を逃がす気がまったくないようでした。


 そして時間は過ぎます。

 もうとっくに朝ごはんは済まして、着る服を選ぼうと、どうかなどうかなと鏡の前をうろうろとしている間に時計の針は信じられないくらい速く進んでいきました。


「いってきまーす!」


 ついには電車に間に合わなくなりそうな時間になり、仕方なく妥協した服装で家を出たのです。

 そこで、かずちゃんにメッセージを送りました。


『今家を出たよ』


『おうおう。順調だね』


『なによそれ。いつもは遅れてるみたいな言い方』


『私もそろそろ出発しなきゃ』


『まだ出てなかったの……? 私はもう駅に着いたんだけど』


『えっ、マジ?』


『人のことより自分のことを心配しなさいよね』


 家から最寄りの駅に着くまでにメッセージは何往復かしましたが、かずちゃんは大丈夫なのでしょうか。

 かずちゃんは、お人好しが過ぎて自分の身を案じれないところがありますから、またか、とは思うのですが。


 さてと、切符を買うと間もなく電車が来て、もちろん私はそれに乗ります。ほどほどに人は乗っていましたが、座る座席は残っていたので適当な席に腰を下ろしました。

 ガッタン、ゴットンと電車に揺られて、やっと商店街に3人で遊びに行くのかと実感が湧いてきました。

 やはりこういうのは実際に行動に移してみないと掴めないものなのでしょう。不思議とわくわくしてきました。

 無事電車に乗れたこともあってか、幾分か気持ちに余裕が出てきたので、今度は私からかずちゃんの様子を探ろうと試みました。


『今どこまで行ったの?』


『うぇ、まるっきり立場が逆になったね。そうだな、今はバス停』


『その調子』


『までの道中』


『……こっちが先に着いちゃうかもよ』


 意外と電車は速いのです。もしくは商店街が近いのでしょうか。

 実はもう、あと2つ駅を越えたら降りる駅なのです。そしてその駅から歩いて10分もすれば、約束の場所に着いてしまいます。


『バス停に着きました。ホントだよ』


『間に合いそう?』


『もっちろん。さすがに間に合わないはずはないから』


『だといいんだけどな』


 大丈夫かな、と内心不安に思いつつも、私は電車に揺られながらスマフォの液晶画面を眺めていました。




 そして時刻は11時を少し過ぎた頃になります。


「ごっめん。待った?」


「実はそんなに待ってない」


「おーよかった」


 かずちゃんは待っていた私に手を振りながら、小走りでやってきました。


「ところで田中君は?」


「まだだよ。……その前に」


「うん?」


 かずちゃんの微笑みが何か含みのある笑いであることを察知しましたが、これから何が行われるのか、見当も付きません。

 まあ、何も言わずに来なさい。とかずちゃんに手を引かれてどこかへ連れて行かれるまでは。


「ええと、ここは……」


「安心して。私はこれでもデザイナー志望なのよ」


「どういうこと? というかそんなの初耳なのだけど」


 私たちの目の前には、ティーンズ向けのファッション店が立ちはだかっていたのです。

 ――というか、かずちゃんは声優志望だったはずですので、デザイナー志望なのは多分冗談……のはず。


 「この大親友かずちゃんが、あなたにぴったりのお洋服を見繕ってあげようってこと!!」


「なんでよ!!」


 ホントになんでよ。そんな心の叫びはかずちゃんには届きません。

 ものすご〜く腑に落ちませんが、否応も無しに私はそのお店の中に引きずり込まれていきました。


 それでどうなったかといいますと、慣れない場所に引き込まれてしまったわけで私はほぼ硬直していたようなものでしたが、言われるがままにしていると気が付けば鏡の前に目新しい自分がいました。


「どこに出しても恥ずかしくないなぎちゃんの出来上がり!」


「なんなのよそれ……なんなのよこれ……すごくそれっぽい……」


「それっぽいって、それは褒められてると解釈していいのかな」


「いや……褒めてます……」


 鏡の中の私を見るに、かずちゃんのファッションセンスは信頼に値するものだったと確信しました。

 正直にそれを認めると、かずちゃんは得意そうに胸を反らして言いました。


「素直でよろしい。じゃ、お昼ごはんでも食べに行こっか」


「あ、それはそうとこの服……」


「ベストフレンドからの心ばかりの贈り物。なぎちゃん気にしてたよね。誕生日が4月の始めの方で、1学期が始まる前に誕生日を迎えちゃうでしょ?」


「ええと、つまり?」


「遅くなったけど、誕生日プレゼントだと思って。……気になるんなら、また別のことで埋め合わせしてもらってもいいんだけど」


「ええ……なんか怖いな……」


 私が少し困ったように笑うと、かずちゃんもにかっと笑いました。


「なぎちゃんさ、素材は良いんだからさ、もっといろんな服装を試してみてもいいんじゃないの?」


 さらっと言いのけられたその言葉に、そんなと少し恥ずかしがっていると、続けてかずちゃんは呟きました。


「……個人的にはなぎちゃんを着せ替えしたいけど」


 ちょっとそれは遠慮しておきます……。


 それはそれとして、お昼ごはんはかずちゃんの希望によりテラスのあるカフェで済ますことになりました。

 かずちゃん曰く、テラスで食べてた方が田中君も見付けやすいでしょ。とのことです。


「それってつまり、最初から田中君はここで合流することになってたり……?」


「うん、そうだよー」


 かずちゃんはメニューを開きながら緩い声で答えました。

 なるほど、わざわざ私に服を買い与えるために早めに呼んだのか、と着ているフレアスカートを撫でました。

 実はあの時、埋め合わせその1と称して、今日はその格好でいなさいとかずちゃんに言われているのです。

 まあせっかく貰ったので着ている様子を見せるぐらいはなんてことはないのですが、だからといって元々着ていた服をかずちゃんに預かってもらうのはちょっと悪い気がします。

 だけど、当の本人は、持ってあげるからと言って、服の入った紙袋を離さないのです。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 すらりとした背の高いウェイトレスさんが、笑顔ながらに近付いてきました。

 先ほどまでのかずちゃんの言動を振り返っていた私は、そのウェイトレスさんの気配に気付けずにひるんでしまいまいます。


「Aランチで」


「あっ、私も同じものを……」


 早くしなくちゃと焦って、メニュー表を大して吟味することなくかずちゃんに便乗しました。


「Aランチお2つでよろしいですか?」


「……なぎちゃん。良かったの?」


「うん、いいの」


「……それではごゆっくり」


 立ち去るウェイトレスさんの後ろ姿を見送った後、かずちゃんは小声で私に言いました。


「あの人さ、気配消してたよね」


「え、かずちゃんも……? 気配感じなかったのは私がぼんやりしてたからかと思ったけど……」


「そう。なんか、意識的に気配消してる感じだったから気になってさ」


「そんなまさか」


「ま、気のせいかもね…………おっと」


 ピロリンと軽やかな通知音がかずちゃんの方から聞こえました。

 そして、やけに神妙そうな顔付きでスマフォの画面を確認して言います。


「……どうやらもうその辺にいるみたい」


「ん? 誰が?」


「田中君」


 その時、背後から誰かの足音が不意に聞こえました。


「こ、こんにちは」


 ここ数日はよく聞く声の挨拶に、私は上半身だけ振り返ります。

 案の定、私のすぐ近くに田中君がいました。

 そして田中君は、頬を掻きながら申し訳なさそうに口を開きます。


「えっと、誘っておいた俺が一番遅いってのも、なんというか……」


 そんな時に真っ先に口を切るのはかずちゃん。


「フフ……この計画はこのカズカズちゃんが乗っ取ったのさ!」


「……あ、多分、気にしないでって言ってます。私もそんなに気にしてないよ」


 カズカズちゃんとはおそらくフルネームの子を略した言い方なのでしょう。たまにかずちゃんをそんなあだ名で呼ぶ人もいるようです。

 それにしても、かずちゃんはいつも私の前を行き、大丈夫だよと示してくれます。

 彼女のお陰で私の顔もほころび、打ち解けた雰囲気になるのです。

 ありがとうと一言、田中君は私たちと同じテーブルの席に腰掛けました。


「メニューはこれね」


「あ、どうも」


 かずちゃんが田中君にメニューを渡したあたりで、またコツコツと足音が近付いてきて、見ればそれは両手にプレートを持った先ほどのウェイトレスさんでした。


「お待たせしました。Aランチお2つです」


 持ってこられたプレートを見てから、Aランチがオムレツだと知りました。

 丹念に巻かれた形の良いオムレツに、輝かしいデミグラスソース…………嗚呼、普通に美味しそうです。


「先ほどお越しになられたお客様のご注文もお伺い出来ますが、お決まりですか?」


「お、俺、いや……僕も同じので」


 こちらがオムレツに気を取られている横で、3人とも同じものを注文するという状況が決定的になっていました。


「ま、まあ、これは私は美味しいと思うんだけど、まさか全員これになるとはね」


 好きで頼んだかずちゃん。焦って便乗した私。そして、ウェイトレスさんに急かされるようにして注文した田中君……。

 よくよく考えたら、大体はウェイトレスさんのせいな気がしてきます。


 さて、3人でオムレツを食べて、3人でお会計を済ませて、いよいよ商店街へ向かいましょうか。そう意気込んで私たちはカフェを出ました。

 お昼を過ぎた休日の商店街は少し賑やかになりつつあります。


「ね? 案外あの子食べるの早いでしょ? 私も初めてその早さを観測した時はちょっと驚いたもん」


「あー、確かに。意外といえば意外かな」


 家庭内では親がもっと早かったので、正直自分は遅い方かと思っていたのですが、小学生になって給食など他人と並んで食事する機会が出てきて、ああ私って食べるの早いんだ。と自覚するようになりました。

 お母さんに、お母さんって食べるの早いんだね。と聞いたところ、生き抜く術だから。と答えられた記憶があります。生き抜く術って何なのでしょう。

 それはそうと――


「その指摘はデリカシーに欠けてます……!」


 もっと、オムレツ美味しかったねとか、言うことあったでしょ!


「なーもう、なぎちゃんごめんって」


「ご、ごめん」


 あーまたかーみたいなかずちゃん。萎縮する田中君。

 今得た知見ですが、2人を並べてみるとリアクションなどの振る舞いの違いがよくわかります。

 なるほど、これがかずちゃん以外の人とも一緒に行動するということなのかと心の中で手を打ちました。


 そう思った矢先のことです。

 前方から自転車を押しながら、背の高い人影がこちらに向かって来ました。

 他にも通行人はいましたが、わざわざを特筆したわけは、その人のことを顔見知りぐらいには知っていたからです。


「あ、佐野だ」


 かずちゃんも彼に気が付いたらしいことを言いました。

 おそらく、この人に関してはかずちゃんの方がよく知っているはずです。


「おっ、数野……と、この間理科教室にいた……」


「神崎です。こっちは田中君」


「そういえばそうだ。住友に振り回されて大変だったな」


 同じ男子の田中君も見上げるような背丈で、あの時の清掃ではまあまあ大きな声で小言を言っていたので、佐野君のことは印象には残っていました。

 ちなみに、彼はかずちゃんのクラスメイトです。


「何してたの? また何か任されごと?」



 かずちゃんがよく知ったふうに口を開きました。

 すると、佐野は眉間にシワを寄せて、引き吊った笑いを浮かべました。


「お前な、どんな気持ちでそんな冗談言ってるんだ。……何か忘れてるんじゃないか?」


「へー? 何かあったかなぁ」


「町内会の当番」


「おおっと」


 やたらと大げさによろけたかずちゃんは、その勢いで私の方に向き直り、音を立てて両手を合わせました。


「ごめん。ちょっと離脱する。終わったら連絡するから」


 その顔は妙に爽やかでした。


「じゃあまた後でね〜!」


 そして、かずちゃんが手を振って佐野君と共に向こうの曲がり角に消えていくのを呆然と見送る他ありませんでした。


 いや、私の服は……?

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