第8話 1-7 入国審査

 飛行機は到着しても乗客はすぐに出られない。まずは、ファーストクラスの客が出て行き、次に前方のボーディング・ブリッジに接続されたドアに近い乗客から順に降りていく。広志達は飛行機の翼より前に座っていたので比較的早く出られた方だが、それでもファーストクラスの乗客が全部降りてからさらに15分近くが経っていた。


 入国審査場も遠い。動く歩道を早足で歩きながら進んでも10分以上時間がかかった。

 事前にESTAで渡航情報を登録しているのでビザは要らないがアメリカ人は左のレーン、外国人は右のレーンという表示が出ている。

 元春は左側のレーン手前に設置されているAPC端末の前までくると慣れた手つきで実際の渡航情報を入力している。印刷されたレシートみたいな紙を見ると、ちょっとガッカリした表情になって外国人用の列に並んだ。


 ◇ ◇ ◇


 元春は年に1〜2回はアメリカに仕事で来ている。通常は1回限りの緑色の公用パスポートを使うのだが、外務省での発券が間に合いそうにない時は、個人のパスポートを使う。

 個人の物は10年間の有効期間がある赤色パスポートで、ちょうど半年前にも合衆国へ入国した記録が残っている。


 元春ひとりだとAPCに基づき左側のアメリカ人用のレーンを通過できるので、5分かからずに入国審査を終えることができるが、反対側の外国人用レーンに並ぶなら、既に並んでいる人数から1時間近く待たされるのは確実だ。クリスマス直前だと2時間待ちは当たり前なので、それよりはマシかもしれないが、乗り継ぎに失敗すると弟盛夫の好意を断ってまで格安航空券にした元春のメンツが丸つぶれだ。


 元春はAPCには同行者氏名を入力する欄があったのを覚えていたので、広志がいてもアメリカ人用レーンが使えると考えたのだ。

 しかし、印刷されたレシートには無情にも不可を示す×印が付いていたため、外国人用レーンに並んだのだ。


 ◇ ◇ ◇


 待つこと約1時間。元春がようやく入国審査官のところに誘導された。

 APCの紙を審査官に見せると二言三言会話を交わしてすぐに終了だ。広志は、ずらりと並ぶ入国審査官の入ったブースで、他の人はいろいろと質問されているのにといぶかしげに思う。

『ひょっとして自衛官というのは特別扱いなのだろうか?』


 ちょっと太った大柄な白人男性の入国審査官はすぐ広志を手招きすると、両手の指紋と網膜を登録するよう指示した。事前に飛行機のビデオで確認していたので手順に問題ない。一度だけ左手の指紋が上手く採れなかったのかやり直しを指示された。


 何か質問されるのだろうと思い入国審査官の方を見ていると、下を向いて何か入力したまま、アゴで言って良いと示された。

『なんだかエラそう』広志の正直な感想だったが、白人系のアメリカ人は人種差別者が多くて黄色人種である日本人は入国審査ではじかれることがあるとクラスメイトが言っていたのを思いだし、小心者の彼はにっこり笑って元春の後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る