23.漁村ウェディング

 春を告げる『お椿さん』の祭りが終わり、風がゆるりとふんわり温くなる。

 真っ白な『綿帽子』に、初々しい花嫁の恥ずかしげな表情を隠されて。でも、ぽつんと咲いている真っ赤な唇。

 その彼女を見て、英児は感動していた。おまえ、和装のほうがめちゃくちゃ似合うんじゃねえか。

 元より、優しい日本人らしい顔つきの琴子。かわいらしい丸い頬とちょこんとした小さな唇の撫子。真っ白な着物の花嫁衣装が似合って当然なのかもしれない。こんな花嫁らしい琴子を拝めて良かったと英児は感動しっぱなし。

「琴子、着物似合うなあ」

「ありがとう」

 和装の試着は時間がかかるからと琴子と鈴子母に任せていたので、英児はこの日、初めてお目にかかったのだ。

「英児さんも、紋付き袴、とても格好いい」

「そっか?」

 照れてみるが……。つい先ほど、英児の花婿姿を見た龍星轟一同が、矢野じいを筆頭に『元ヤン男に似合いすぎて、今からどこの成人式にいくのかと思ったわー』『式場ではおりこうにしていないといけないんだぞー』『大人しくできるのか、暴れるなよー』と集中攻撃をしてきた。

 当然、英児はこんな日にも口が悪い従業員達におかんむり。だが、真っ白な花嫁姿の奥さんを見て、そんな胸くそ悪い気分はあっというまに霧散する。彼女のその姿通り、心が真っ白に清められていくようだった。

「琴子、英児君。おめでとう」

 そばに控えていた留め袖姿の鈴子母も、娘と花婿が揃う姿を見て嬉しそう。

「お時間ですよ」

 介添人の一声に、琴子が椅子から立ち上がる。なのに……。

「お母さん、大丈夫。無理して留め袖を着たから、歩きにくいでしょう」

 杖をつく留め袖姿の母親を気遣って、それより着込んでいる娘が手を添える。

 そんな姿に英児は胸を締め付けられる。

「いいよ。琴子。お母さん、一緒に行きましょう」

 歩きにくそうな妻に代わり、英児が義母の手を取った。『ありがとう、英児君』。これまで、英児も鈴子母の通院に何度か付き添った。だから、もう。義母も遠慮なく英児の手を取ってくれた。

 親子と婿の三人で、控え室を出る。親族が待つ式場へ。

 

 厳かな神前式。神主の前に白無垢綿帽子の彼女と紋付き袴姿の英児が並ぶ。

 真っ赤な杯で、三三九度――。

 琴子の小さな唇が、婚姻の杯を交わしてくれる。その唇がまた妙に艶めかしく見とれてしまった、なんて言うと不謹慎なのだろうか。神さんに怒られるんだろうかなんて英児は気持ちを改める。

 指輪の交換も、英児が緊張していた。

 ぴったりの結婚指輪を用意したのに。小さな手、細い指なのに節でひっかかってなかなかはめられない。

 楚々とすましている琴子が、綿帽子の中で密かにくすっと笑ったのが見えた。

「悪い……」

 こんなことがぶきっちょで――。

「大丈夫よ」

 ひっかかっている節を琴子が上手に曲げ、銀の指輪がすっと最後まで入るように、さりげなく動かしてくれる。

「これからも助け合って。よろしくお願いします」

 はめられた指輪じゃない。二人の意志ではめた。琴子もそれを手伝った。これからも、こうしてやっていきましょう。妻になった彼女からの言葉が、英児にもじんと伝わってきた。

「ああ、そうだな」

 今度は琴子から、英児の指に銀のリングを通してくれる。英児も琴子を見習って、はめられるのを待つだけではなく、自分も指を動かしてみる。

 杯を交わし、これにて晴れて夫妻となる。

 神社の境内での記念撮影。後にその写真を眺めるたびに、英児は頬がほころんでしまうことに。この日、たった一度だけ白無垢姿になった琴子がずっと忘れられないほど、お気に入りになる。

 後にも先にも一度だけしか着ることが出来ない彼女に似合っている白無垢。そしてかわいい真っ赤な唇。本当に綺麗だったと、何年も――。ずっと。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 挙式を無事に終えても、慌ただしい。今度はモーニングに着替え、移動。

 この時、英児は琴子と引き離される。

 勿論、モーニング、ドレスへとお色直しのために。そして、その後、それぞれで漁村へ向かうことになっていた。

 何故、着替えた後も誓い合ったばかりの花嫁と仲良く一緒に移動ではないのか? 実はこれ、武智の仕業だった。

 

 琴子が結婚式のイメージを固めると、どんどん準備が進んでいった。

 挙式をする神社の予約さえ決まれば、あとは親族と勤め先の関係者のみの披露宴。会場は漁村マスターの喫茶レストラン。大々的な準備ではないので、招待状も僅か、あっという間に整っていく。

 そんな結婚式の経過を聞いていた武智が、『琴子は教会でやりたかったが、父親がいないので……神前にした』と話したところ、急に『それなら、俺がちょっとしたヴァージンロードを用意してあげるよ』と言いだしたのだ。

 用意するってなんだと英児は目を丸くしたのだが、武智は笑顔ながら真剣で『マスターのお店でしようよ。教会じゃないから、タキさんと琴子さんで並んで歩いたらいいじゃないか』なんて提案してきた。

 それを琴子に告げると、彼女も困るかと思ったら『嬉しい』と喜んでくれた。

 本物の教会なら代役を立てても、英児が並んでも、どうあっても『お父さんじゃなかった』と思う寂しさが募ったところだろうが、そこはざっくばらんと砕けた海辺の喫茶店で気心知れた身内のみに見守られての、入場をかねたヴァージンロードなら歩いてみたい――と。

 琴子の嬉しそうな返答に、何故か武智がニンマリ。『任せて』。フラワーシャワーがいいかな、ライスシャワーがいいかな。なんて、そこまで聞いてくる。そして琴子も『フラワーシャワー』と笑顔で答えると、また武智がニンマリ。『任せて』となる。

 琴子はもう、それだけで幸せそうだった。

 親族を乗せたワゴン数台と共に、英児は一足先に漁村に到着。店先に降りるなり、英児は驚く。

 店の横、海が見える駐車場に、鉢植えを並べた道が出来ている。武智が作ってくれたヴァージンロードだった。

 その花の道は晴れた海に向かっていて、行き着く先には白いクロスで整えられた店のテーブル。そこにも赤いリボンが結ばれている小さなグラス、鉢植えと同じ紫や黄色桃色など、とりどりの花が生けられている。

 そのテーブルの側には、デキャンタのガラス容器を準備しているマスターがいた。到着した英児を見つけてくれ目が合う。

「英児君。本日はおめでとうございます」

 マスターも今日はフォーマルベストに蝶ネクタイというバーテンダーの制服を着ていたので、英児はびっくり。それでもエプロンはいつものエプロン。かつてはその服を着て、仕事をしていたのだろうかと思わせる慣れた着こなしを感じるほど。

「おっさん、いや、伊賀上マスター。今日はお世話になります」

 引き受けたからには――と、琴子から依頼されてからのマスターの準備は想像以上の手際とサービスだった。

 琴子も『手伝う』と、何度もこの店に自分から通ってメニューの相談に食材選びに出かけていた。なのに――。

『せっかくだから、ウェディングケーキは僕に任せてくれないかな。僕からのお祝いプレゼント。ちょうど、ツテはあるんだよね』

 琴子も戸惑っていたが、必要以上には踏み込んでこない距離感を保つあのマスターが『是非是非』と押してきたほど。それは琴子も英児も嬉しい。だから結局、お任せして甘えることにしてしまう。

 それに琴子曰く。『やっぱりマスターって、元は凄腕のバーテンダーさんだったんじゃないかしら。なんだか顔が広いの。手伝うと約束していたのに、手伝わなくてもいいほどのアシスタントを連れて来ちゃうんだもの』

 それが何事にも『手伝う』と言い出す琴子の性分を知って『わざと手伝いをさせない』ように持っていってくれているのだと、英児は感じた。

『当日のお手伝いも、いつも村の仕出しを一緒にするおばあさん達とか漁村の奥さん達に頼んでくれていたの。マスターがお願いすれば、いつも手伝ってくれるんだって』

 しかも、ウェディングケーキを作ってくれるパティシエとも琴子は漁村喫茶で対面したらしく、そのパティシエがこの街でいま一番噂のカフェ洋菓子を一手に引き受けている女性だと知って、琴子がまた絶句して帰ってきた。

『すっごく小さなお店なんだけど。いま、この街の女の子の間ではとっても話題のカフェで……。私も時々行っていたお店』

 毎日限定量しか作らない丁寧なドルチェ。その丁寧さを求めて、ここ二、三年で口コミで広がっていったカフェ。そこの女性パティシエだったとのこと。それがあの漁村喫茶マスターの知り合い?

 今日は手伝いの中に、ワンピース姿にエプロンをしているひときわ綺麗な女性も混じっている。

「彼女は島の果樹園のお嫁さん。ほら、島レモンで有名なカネコおばあちゃんの果樹園の二宮さん。いつも彼女の所から店のメニューやカクテルで使う果物をもらっているんだ。彼女の所に通っているお陰でね真田珈琲系列の『カフェ・ミーチャ』にいる人気のパティシエを捕まえられたんだ」

 ――とのこと。琴子はそれを知ってからとても感激していた。たぶん、飛び込みで申し込んでもこんなツテがない限り、予約で一杯か、そもそも予約も取ってくれないほどのパティシエ。お店の製菓に精神を注いでいるパティシエさんだからとのことで、一般的に申し込むのは難しいものだと聞かされていた。

 これも、英児さんがマスターと知り合いだったおかげ。ありがとう。

 本当に琴子が幸せそうで、英児はこんな自分に感謝されるのが申し訳なく、紹介してくれた矢野じいにも報告し、そしてマスターには何度も礼を述べておいた。そして、今日も。

「おっさん。ほんとに有り難う。俺、まさか、おっさんのところでこんなになるとは思わなかったし、でも、おっさんのところにお願いできてどこよりも正解だったと思っているんだ」

「もう、いいよ。何度もそんな。今度は親子でおいで。僕、独身で終わりそうだから、賑やかなチビちゃん達が遊びに来るのを待っているよ」

 そこまで言われ、英児はついに目頭が熱くなってしまう。

「うん、わかった。それなら、おっさんもいつまでも元気でここで頑張ってくれよ」

 マスターもいつもの穏やかな笑みで頷いてくれる。

「そういえば。武智君から聞いたよ。突然、矢野君が琴子さんのお父さん代わりをすることになったんだと」

 到着する英児の親族と龍星轟のメンバー、そして琴子の親族。マスターが見渡し、矢野じいがいないことを確かめている。

「うん。そうなんだ。三日前ぐらいかな? 龍星轟で式当日の最終確認をした時に……」

 その時の状況を英児は伝える。

 

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