学園

 翌日、俺は能美の涙の理由についてしばらく考えていたが全く答えが見つからないままだった。


 それに本人に直接訊くということもしていない。


 朝は素早くキッチンに逃げて、朝飯を作っていたからな。

 彼女も俺に見られるのは、癪に障ることだろう。


 長年のギャルゲーで培った俺の思考は、どうやら功を奏したらしく能美とは上手くやれているつもりだ。


 そして、現在は学園の休み時間。


「……能美、さっきからなんだ? やたらと見つめてくるけど……」

「だって、私たちもう新婚さんですし! 愛する夫の顔は、ずっと見ていたいものなんです!」


 俺は昨日出来なかった分のギャルゲーを、休み時間を有効活用すべくしてプレイしているのだが……誰!?


 君、ホント誰!?


「お前大丈夫か? 今朝悪いものでも食ったか?」

「ううん、朝食は美味しかったですよ」


 どうやら体調が悪いわけではないらしい。


 なら何だ、能美のこの変わりようは!


 これじゃまるで、俺が告白した時の能美そのものじゃないかよ!


「あいつだぜ、うちの学園のアイドルと付き合ってる奴」

「うわ、本当にゲームばっかしてんじゃん」

「まじうけるんですけどー」

「ちょ、あいつ意外といい尻してね? 俺、タイプかも」


 周りからの野次が止まらない中、能美は常に笑顔で俺を見つめてくる。

 ……それと最後の奴、身の危険を感じるからやめて!


「なあ能美」

「何でしょう」

「その笑顔、どっからどこまでが本物なんだ?」

「……と、言われましても、私はただ嬉しいから笑っているだけで……ダメ、ですか?」


 畜生! 誰だよ、マジで!


 それと学園にいる時の能美は、不本意ながらも可愛いと思ってしまう。

 そんな自分を殴りたい気持ちで胸がいっぱいだ。


「いやいいけどさ……」


 学園にいる時、そして家にいる時。


 まるで二重人格かと思うレベルの演技力に俺はかえって感心しながらも、予冷を告げるチャイムを淡々と聞いていた。



 ◇◆◇



 本日の授業が終わり、俺がいつも繰り返しているように帰宅の準備を整えていると、


「安達くん……って呼ぶのもよそよそしいよねっ。申くん」

「は、はいぃっ!」


 生まれて初めて、女子から下の名前で呼ばれたことに新感覚の喜びを覚えることがなかった俺は、声の主である能美に視線を合わせる。


 黒カバンを礼儀正しく両手で携えている能美は、


「一緒に帰ろっ」


 はにかんでそう一言。


 まあ、同じ家に住んでいるんだし一緒に帰ることになるのは予想していた。


 そして俺たちの会話を聞いていたであろうクラスメイト達は特に驚くような様子は見せていない。

 恐らくは能美自身が、同じ家に住んでいるなどと公表したのだろう。


 ええい、煩わしい奴め。


 これじゃ、元々最底辺に位置してた俺の立ち位置が、ますます悪化の一途を辿る一方じゃないか。


 前までは誰からも相手にされず空気の様な存在だったため、まだマシだったが……今や俺は学園内での有名人だ。


 それもこれも……


「そういえば晩ご飯の材料、昨日で無くなっちゃったよね。買いに行こっか!」


 ……全てこいつのせいだ!


 いやまあ、そもそもの原因は告白した俺に非があるのは間違いないんだけど。

 まさかオーケー貰えるとは思っていなかったからさ。


「やっぱりリアルは、ルートが見えん」

「何か言いましたか?」

「い、いや、何も!」


 俺、このままだと絶対こいつの尻に敷かれることになりそうだわ。

 

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