自宅

「はあ、今日は物凄い疲れた」


 大きなため息一つ。右手にはコンビニのレジ袋一つ。

 先程の嵐のようなイベントを終えた俺は、結局ギャルゲーは何も買わずに自宅へと歩を進めていた。


「何だったんだ? あいつは」


 元々三次元女になど著しく興味がなかった俺だが、最近はそうでもない。

 事実、能美に告白……もとい、プロポーズをしたのがきっかけでもあったしな。

 まあ、だからと言って、そう直ぐに順応できるものでもない。

 生まれてこの方、女子との会話は母親とぐらいしか思い出せない。……どちらかというと、女性か。

 つまり、俺は女子と話したことが殆どないわけで。

 そんなひよっこの俺に、つい先程嵐のような女が現れたわけで……。


「今時のギャルゲーでも、こう露骨なイベントは用意されてないと思うけどな」


 果たして先程のが今後に繋がるイベントなのか、黒ずくめ女のルートが出現するのかについてはとりあえず置いといて。

 こんないかにもな、ギャルゲーオタク全開の思考はさておき、次の信号を曲がれば自宅だ。


「我が城! やっと帰って積みゲーを消化できる!」


 その数たった一本の積みゲーを消化すべく、俺は颯爽と自宅の玄関を開けて中へと入った。

 元々俺は、ギャルゲーに関して積みゲーを一切許さない硬派な考えを持っている。

 だがしかし、最近は三次元女、つまり能美へのアプローチ方法を模索していたせいで自身のポリシーに反してしまっていた。


「ごめんよ二次元ヒロインズ! そしてただいま! 我が自宅!」


 まあ、あれこれと考えていても現状は何も変わらない。

 ので、ここは気分を一転させるのとともに、自室へと勢い良くクラウチングスタートを決めることにする。



 ◇◆◇



「ふーん、遅いじゃん。まあ、とりあえずは押し入れにでも入ってなよ。邪魔だし」

「まあ、そうだな。今日は結構疲れたし、早速押し入れにでも入って寝るとするか」

「あー、あと、あたし洗濯機使うの初めてで、さっき使ってたら壊れちゃったから。あとよろしく」

「そうだよな。洗濯機使うの初めてだもんな。うんうん、まずは洗濯機の修理。そのために電話電話っと」


 今。

 俺は。

 狭い自室に。

 なぜか全身下着姿で。

 寝そべりながら。

 ポテチを咀嚼している。

 自身の目を疑いたくなるような存在を。

 目にしていた。


「…………って、……の、能美!?」


 というか、え!?


 どういうことだ?


 まず状況整理だ。


 俺、一七歳。

 地元の親の反対を押し通して、出て埼玉で一人暮らし。

 ここまではオーケーだ。


 そして冷蔵庫。

 なぜか異様なほどに中身が殺風景な状態だが。

 ……これもひとまずはオーケーだ。


 最後に、目の前でごろごろと雑誌を眺めている下着姿の能美みん。


「オーケーオーケー。こりゃあれだ、俺の目が疲れてるんだな。ほら、最近ずっとギャルゲーしてたし」

「あんた何一人でぼそぼそ言ってんの?」

「あー、いや、その……」


 いつも以上の能美クオリティーに、俺は言葉を選べないでいた。

 まあでも、とりあえずは。


「何にせよ服は着ようぜ? 話はそこからだ」


 現在の能美は何度も言うが、下着姿だ。


 上半身には水玉前ホックのブラに、下半身には横紐型のこれまた水玉のバックレース。

 因みにカラーは水色と白色の二色で、非常にシンプルなものだ。

 

 可愛らしい。


 如何せん目のやり場に困ったものだが、この情景を淡々と説明してる俺、やっぱり変態なのかな?


「洗濯ちゅー。それにさ? あたし別にあんたごときに身体の一つや二つ見られたところで、何とも思わないしさ」


 え!?

 それってつまり、俺のことを結婚相手として本格的に認めたってことになるよな。


「今日のプロポーズのことか。確かに返事はオーケーだったよな。つまりはそういうことか」

「そゆこと」


 意外にもあっさりしすぎて、逆に怖いんですけど!?


 というかそもそも、能美は学園のアイドルだ。


 容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備な彼女は、およそギャルゲーとかでよく見る完璧超人キャラを具現化したような存在だ。

 ……だが、今の能美は全てがおかしすぎる。


「なあ能美」

「……」


 返事がない。

 というか、彼女からの視線ばかりが早く言えと言わんばかりの緊張感を醸し出している。

 つまりは、面倒くさいのだろう。


「お前ってそんなキャラだっけ? いつもはもっと気品高いお嬢様って感じだよな?」

「……」


 またしても返事がない。

 というか、彼女からの鋭い視線ばかりが早く言えと言わんばかりの緊迫感を醸し出している。


 このくだりももう二回目なので、さすがにこれ以上は下手に出られないと思った俺は彼女へと詰め寄っていった。


「こっちも人間なんだ。返事してもらわないと分からないことだってあ――」


 刹那。


 目の前の視界が反転して、同時に俺は後頭部に強烈な痛みを感じていた。

 そして足裏にはぐにゃりとした感触。


「ぎゃははははっ! あんたったらあたしがこっそり仕掛けておいたバナナの皮に、まんまと引っかかってるしー!」


 嘲笑。


「……おい能美、いい加減に――」


 刹那も刹那。


 今度は視界が逆回転。床についた手のひらにぐにゃりと効果音。


「ぎゃははははははははっ! あんた何回転んでんの? あ、それと面倒いからバナナの皮捨てといてね」


 何なんだろう。


 本当なら、俺は今ギャルゲーの世界で素敵極まりないヒロインズたちといちゃこらしてたはずなのに……。


 こいつは何なんだ?


 そもそも、なぜ俺の家に、俺の部屋に、さも当然のことの様に居座ってやがるんだ?


 そ、れ、に、だ。


 今日の能美、アップデート直後の不具合かのごとく強烈な性格に豹変してるんだけど……どういうことだ?


「おい能美、まずはお前が俺の自宅に居座っていることについてを聞いてやろうじゃないか」

「…………」


 俺が若干怒りを隠しきれずにそう言うと、能美は無言でスッと一枚の紙を渡してきた。

 何かと、気になった俺はその紙を見てみると、それはどうやら婚姻届だったらしい。


「……お、おい。急すぎはしないか!? 確かに結婚してくださいとは言ったけど、俺たちまだ一七だぞ?」


 すると、一つ大きなため息をついた能美は。


「裏」

「ん? 裏がどうしたんだ?」

「……裏側を見ろってこと……はあ」


 さっきからこいつのため息がやたらと俺の神経を逆撫でしてくるが、ここはぐっとこらえて紙を裏返すことにする。


 すると、何やらでかでかと大きな文字が雑に書かれていた。



『あんたみたいなキモオタと同居とか、心底反吐が出そうなんですけど』



 俺は。このギャルゲーを。知っている。


 

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