婚約破棄 XIII.夜会①

 私とグロリアは夜会に出ている。

 今日の夜会はグロリアの婚約者候補との対面を目的にしている。


 「見て」

 「まぁ、珍しいグロリア嬢が来ているわ。

 あんな大人しい子が氷姫の婚約者に手を出すなんて」

 「あら、大人しい子ほど裏では激しいものですわ」


 「妹に婚約者を取られるなんて情けない」

 「いいざまですわね」


 グロリアを責める者、セシルを嘲笑う者が会場にはたくさんいた。

 私はその中で平然とした顔を作って知り合いに挨拶して回った。

 だが、グロリアは友人もいないので壁の花を早めに決め込むことを選び、更にその目には涙が浮かんでいた。


 この程度で泣くなんて情けない。

 自分が蒔いた種でしょうに。


 「セシル、婚約破棄の件、聞いたわ」

 「おいたわしい。もう次の候補は決まって」

 「スーザン、アグネス。ご心配をおかけしました。

 残念ながらまだ決まっておりませんの。

 取り敢えず、妹の婚約者を決めるつもりですわ、お父様は」

 「ああ、それで珍しくグロリア嬢が来ていたのですね」

 「でも病弱と聞きましたが夜会などに出て大丈夫なのですか?」

 「お気遣いありがとうございます。

 病弱と言っても昔のこと。

 今は健常者とそう変わりませんわ。

 成長するにつれて体も丈夫になり、今では滅多に風邪もひきませんの」

 「まぁ、そうなんですの」

 「それは喜ばしいことですわ」


◇◇◇


「セシル嬢」

 一通り挨拶が終わった私は息抜きも兼ねてベランダに出た。

 すると私が一人になるのを待っていたのかミハエル様の弟であるルーゼル様が声をかけて来た。

 彼がここに来ていたことは知っていた。

 ついでに婚約破棄をしてから直ぐにミハエル様が邸を何度も訪ねに来ていることも。

 対応は父とヴァン若しくはジークに任せているので私はあれ以来ミハエル様に会ってはいない。


 「ごきげんよう、ルーゼル様」

 「ああ。婚約の件、兄が申し訳なかったね」

 「いいえ、気になさらないでください。

 元々は家同士が決めたものですし、本人の意志とは別物ですから。

 仕方のないことだと私は思っています」

 「けれど」

 「私はこれで失礼しますわね」


 あまりミロハイト家に関わりたくはないし、長時間未婚の男女が話し込むのはあらぬ噂を呼び込むことになるで私はホールに戻ろうとした。


 「私ではダメですか?」


 困ったような顔をしてルーゼル様が私に言う。

 一応は元婚約者の弟ということでそれなりの対応を心掛けたつもりだが、彼の一言で私の心の温度は急激に下降していく。


 「仰る意味が分かりませんわ。それでは失礼しますね」


 再度ホールへ向かおうとした私を彼の手が掴む。


 「お放しください」

 「俺の話を聞いてくれるのなら」

 「私、お遊びに付き合うつもりはございませんわ」

 「兄のことで傷ついて、恋愛というものを遠ざけようとする君の心は分かるよ」


 誰が傷ついたって?

 私があんな男如きで傷ついたと?

 冗談じゃない。


 「俺は本気だよ。君のことを愛している。

 兄みたいにグロリアに心移りすることはない。

 君だけを愛しているんだ」

 「それで今度はあなたと婚約を結べと?

 妹に兄を取られた私が元婚約者の弟と婚約。

 暇を持て余す人間の格好の餌食になりますわね。

 お手を放し下さい。

 私はあなたと偽りの恋愛ごっこに興じるつもりなんてないわ」

 「セシル、俺は本気だ」

 「ご冗談を。あなたは何も見てはないないわ。

 あなたは私のことを見てはいない。

 そんな人間に愛を囁かれたところで何も感じませんわね。

 もっとはっきり言ってあげましょうか?

 あなたの気持ちなんてどうでもいいのよ。

 要は私の心次第。

 そして私があなたみたいな腹黒男を選ぶことはないわ」


 私はルーゼル様の手を振り払ってホールの中に入り、人込みに紛れた。

 人目がある所では何もしてこないだろう。




その頃、グロリアは・・・・


慣れない夜会に緊張していた。

おまけに私の方にばかり視線が集まる。

理由は分かっている。

私がお姉様の婚約者を取ったという噂のせいだ。


私はそんなはしたないことしないのに。

だいたい私なんかがお姉様の代わりなんて無理だもの。


ミハエル様とのことは、私のせいではないわ。

お姉様がミハエル様を放置なさるからミハエル様が寂しさのあまり私のところに来ただけ。

愛しているなんてやっぱり嘘だったのよ。

だってその証拠にミハエル様は私に会いに来てはくださらない。


「失礼、グロリア嬢ですね」

「・・・・そう、ですけど」


私なんかに話しかけてくる人間がいることに驚いた。


訝しげに見る私に今度は男の方が驚いた。


「お父上から何も聞いていませんか?」

「父のお知り合いですか?」

「私はあなたの婚約者候補のロイ・ブローゼウです。階級は子爵になります。

両親が早くに亡くなったので既に子爵位を賜っております」

「はぁ」


父から見合いの話も今回の夜会の目的も聞いている。

渡された資料には当然相手の自画像も入っていた。

ただ興味がなかったのでまともに見ていない。

というか、お姉様には侯爵の跡取りを婚約者に当てがって私には下位の子爵。

やはりお父様は私のことが大事ではないんだわ。

いつもいつもお姉様ばかりズルイ。


「一曲踊ってもらえますか?」

「申し訳ありません、体調が優れないので」

「一曲を踊ることもできないのか?

それともダンス自体ができないのか?」

「グエン、やめなよ」

「そうですよ、女性に対する言葉ではありません」


また新しい男が来た。


「何だ、ロイのことだけじゃなくて俺達のことも知らないのか?」

「まともに資料をよんでないんじゃないの?」

「話にならんな。俺はグエン・ハウゼン。階級は男爵」

「僕はクリス・マクハーヴェン。

子爵家の人間だよ。

僕達3人が君の婚約者候補。

よろしくね」


挑戦的に睨みつけてくるのがグエンでニコニコ笑っているのがクリス。

・・・・男爵に子爵。

伯爵家は王族と婚姻できる家柄だ。

それがこんな庶民と変わらない男爵家までも婚約候補の視野に入れるとは。

お父様は一体何を考えているの?

それても私のことなんてどうでもいいの?

お姉様さえ良ければ良いの?


「ねぇねぇ、グロリア嬢。

折角会えたんだから一曲ぐらい踊ろうよ」


クリスがニコニコ笑って私をダンスに誘ってくる。


「ごめんなさい。

私、普段はベッドの上だからあまり体力がなにいの。

失礼するわ」


取り敢えず私はその場から逃げるとにした。

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