青の青

さゆねこ


 7月の暑い昼下がり、閑静な住宅街を一人の男が歩いている。


 三十度を軽く超しているであろう真夏の炎天下を、ファンション雑誌から飛び出してきたようなスーツを着て、汗一つ滲ませず歩いている。

 いや、汗どころか、男は暑そうなそぶりさえ見せていない。まるで暑さをまったく感じていないかのようにさえ見える。


 男はくるぶしまで届く長い髪をしていた。さすがに、背中のところで一つに束ねてはいるが、これだけでも相当暑いと思うのだが……。

 真夏の太陽も、この男にだけは優しい春の日差しを与えているのだろうか?

 いや、そんなことはありえない、あるはずがない。だが、もし、今この場にいて、誰かにそう言われたら、誰もが納得してしまうのではないだろうか?

 この男には太陽も、優しく日差しを弱めるだろうと。


 男の進行方向から自転車に乗った一人の女性がやって来た。何気に男を見たその女性は驚愕したような表情を浮かべた。女性は男の顔から目を離すことができなかった。ペダルを踏むのも忘れ、男を見つめている。


 自転車は惰性で走り続け、男性の横を通り過ぎた。乗っている女性は、すれ違った後も、男の方もを見続けていた。バランスを崩した自転車が派手な音を立てて倒れた。

 女性は倒れた自転車を起こそうともせず、血の滲んだ手足を気にする様子もなく、地面に手をつき、恍惚とした顔で去っていく男の後ろ姿を見つめていた。


 男は一度も振り返らなかった。足さえも止めなかった。何事もなかったかのように、ゆっくりと歩いて行き、角を曲がり、倒れている女性の視界から消えた。

  

 角を曲がった三軒目の家の前で男は足を止めた。立木と書かれた表札を確かめると、男は門を押し開け、中に入っていった。

 玄関のドアの前まで来ると、男は立ち止まり、ドアのノブに手を伸ばした。

 男がノブに手を触れた、その時、ドアが勢いよく開き、男の額に激突した。

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