6 神の子供

 俺が監禁されている蔵には飯が一日二回手配される。そこそこ美味しいものの、日本の豊かな三食生活に慣れ親しんでしまった俺には量的に少々きつい……。

 なので、お腹が空いて空いてしょうがないのだが、追加やお代わりを頼もうにも言葉が通じないのでどうにもならない。


『おい、ベルディー。俺は神の子供じゃなかったのか? これじゃあ、ただの囚人だぞ?』


『儀式の夜まで逃げ出さないように、見張っているんですよ。大切な神の子供ですからね』


『儀式? それは一体何だ?』


『さあ、具体的なことはわたしにもわかりませんが、年に一度訪れる二重満月の夜に行われる聖なる儀式のようです』


 ベルディーはあいつらの習慣にやたら詳しい。

 もう少し彼女から情報を聞き出せるかもしれない。

 色々と質問してみよう。


『お前は、あいつらの言葉がわかるのか?』


『はい、天界では言語を直接解析するのではなく、それに込められた意思を感じ取って会話をするんです』


 つまり、何語でもすぐに話せるのか。

 便利だな。


『じゃあ、あいつらに俺の腹が減ったから、追加の飯を出すように頼めないのか?』


『それは無理ですね。彼らとは浮雲さんのように繋がっていないので、わたしがテレパシーを使って直接話しかけるのは無理ですし、わたしは彼らの言語を知りませんから、浮雲さんに何と言えばいいかは教えられませんよ』


 なんだ、まったく役に立たないじゃないか。

 不便だな。


『ですが、満月の夜は今日なので、それが過ぎたら出してくれると思いますよ』


 それはよかった、こんな鬱々とした場所から早く解放して欲しい。

 便所や寝床はちゃんと整備されていて、飯は勝手に出てくるので、住めなくはないが、こうも暗いところに一週間も閉じ込められていると気が狂いそうだ。


 とりあえず、今日の夜は長くなりそうなので、あらかじめ睡眠を取っておくか。


***


 夜になった。でも、何故か外はまだかなり明るいみたいだ。

 ワラやボロ枝で構成された壁の数々の穴から、松明の薄黄色い光が射し込んでいる。

 何が起こるのかと外を覗き見て、ドキドキ興奮しながら待っていると、蔵の前で待機している村の住民たちが低い声で斉唱せいしょうを始めた。


「モーラノイ。モーラノイ。カカルコパルト、モーラノイ」


 不安になる不協和音のコーラス。

 そして、それが何度も何度も連呼される。

 不気味な雰囲気に背筋が凍りつき、思わず身震いしてしまう。


 ――ずずっ。


 俺を外の世界から阻んでいる岩が動いた。やっと出してくれるのだろうか?


「モーラノイ……」


 先週、俺をここに閉じ込めた巨乳の若い女だ。彼女は赤い宝石が埋め込まれた大きなピアスを耳につけており、顔に透き通った薄い白布を被せている。


「パフェコリリス……」


 地面を赤ん坊のように這いながら、彼女は俺の目の前まで迫り、頭部を覆う布を脱ぎ取ってそれを俺の傍に置いた。

 暗くてよくは見えないが、目が血走っているようである。

 そして、頬もトマトのように真っ赤だ。

 彼女は少し屈み、床に膝を伸ばして座っている俺の手を握った。


 ――べちょり。


 舌からしたたった唾液が俺の膝の上に着弾する。

 彼女の顔が俺の顔すれすれまで近づいてくる。

 右手が俺の頬を撫でる。

 彼女のしなやかな肌と麗しい瞳に、見惚れてしまいそうだ。


『この儀式は一体何なんだ?』


『神の血を引く子供を授かる儀式のようですよ』


『ふーん、そうなのか……って、おいちょっと待て。それって……』


 彼女は勢い良く自らの体からブラジャーをいだ。

 豊満なメロンがどでんと目と鼻の先にさらされる。


「わわわわわっ! ちょっと待て!」


 恐ろしい発情顏を浮かべた狂人を押し退けようとすると、振り上げた手が思いっきり胸を掴んでしまった。


「ウアアアアァン……!」


 やばいっ、さらに興奮させてしまった!

 くっ、ラック全振りがラッキースケベを誘発させたのかもしれない。


 ――ばたん!


 彼女は俺をあおむけに押し倒した。腕力が強すぎてとても逆らえない。


『ちょっと、おい! どうにかしろ!』


『何をそんなに怖がっているんですか? 人間は性行為をすると、気持ちいいんじゃないんですか?』


『そうかもしれないけど、こういうのには心の準備っていうものが……』


 シャツが引き裂かれた。彼女は両手を下半身の防具へと向かわせている。


 くっ、一体どうすれば……。初体験をレイプなんかで終えてたまるか。


『ベルディー! どうにかしろ!』


『どうにかしろって言われてもですねえ、そちらの世界にたいした干渉はできな……いえ、ちょっと待っててください。良い案を思いつきました!』


『なんでもいいから早くしろ!』


 もう最終防衛線のパンツまでぎ取られてしまった。

 必死にもがいて野獣の狙いを避けることが精一杯である。


『えーっと、ですね。浮雲さんのアクティブスキルは……なんにもありませんね。ラックに全振りしたのでろくな物がないです』


『アクティブスキル? 技みたいなものか?』


『はい、そうです。でも何もありませんでした』


『アクティブがあるってことは、パッシブもあるんだろ? そっちはどうなんだ?』


『パッシブは意識的に使うものではないので、調べても意味がないと思いますよ』


『でも、発動する条件があるかもしれないだろ! それを教えてくれたら無理やり使えるかもしれない!』


『はいはい。わかりました。えーっと……』


 両腕をがっちりと束縛される。

 両足も凄まじい圧力で踏まれていて、身動きがまったく取れなくなっている。


『あっ、ありました! ほほお、これは結構珍しいものですよ』


『発動条件は何だ!? 早く教えろ!』


『えーっとですね、何もしなくても大丈夫です』


 何もしなくてもいい?

 もしかして、ステータス補強系なのだろうか。

 ラックに+2とか。

 だとすると、今の状況では糞の役にも立たない。


「やややややめろ! た、助けてくれ!」


 俺はこんなにも拒否っているのに、不埒な息子はやる気まんまんに背伸びを――


 ――ばごん!


 なんだか間の抜けた音が響き、現地人の女は俺の上にどさっと倒れこんだ。

 ビクとも動かないので、どうやら気絶しているみたいだ。


『発動しましたね』


『何が発動したんだ?』


『パッシブスキル、メタルパニックタライ落としですよ。脳の第六感が身の危険を感じると、体内から自動的に魔力が放出して、それが物質として再構成されて、脅威の真上にタライが落ちるんです』


 とてつもなくダサいスキルだ。

 でも、それのおかげで助かったのには違いない。

 ありがとう、タライちゃん。

 ちゅっちゅと隣に転がっているタライの側面にキスをする。


 ……いや、ちょっと待て。

 いくら多大な感謝をしているとはいえ、ファーストキスをうっかりタライなんぞに捧げてしまったのは勿体ないような気がする。


『浮雲さん、今なら逃げられますよ』


 お、そうだった。タライと馬鹿げたイチャラブをしている場合ではない。

 入り口の岩は動かされたままだ。

 さっさとこの淫乱女を俺の上からどけて、ここから脱出しないと。


 えっ、えいや!


 腕に渾身の力を込めるが、押せども引けども彼女の体はまったく動かない。

 結構、重いみたいだ。

 胸だけではなく、筋肉も盛りに盛られているので相応か。

 俺のパワーに1しか振られていないことも、影響しているのかもしれない。


 それでもなんとか四苦八苦もがいて自分の体を解放して外に出ると、周りには両手を合わせながら蔵に延々と祈りの言葉を捧げている、数多くの女性たちが目を固く瞑ったまま座っていた。

 音を立ててしまわないように、俺はそーっと彼女たちの間を忍び足で通り抜ける。

 そして、無事にジャングルの中へと溶け込んだ。


「ふぅー」


 一段落ついて俺はほっと胸を撫で下ろす。

 ここまで奥にきたらもうあの野蛮人たちに見つかることはないだろう。

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