上手 下手は置いといて、やってみよう

「へ?先生、今なんて・・・?」


「だから、そのいいアイデアを君が作品にしてみないかと言ったんだよ」


 平然とした顔で語る先生と呼ばれた彼女。タイリクオオカミのフレンズだ。作家、具体的には漫画家をしておりパークではそこそこ名が知れている。


「でも私、先生みたいに絵も上手じゃないし、それは・・・」


「何も、絵だけが創作じゃないさ。自分に出来そうなものでもいいんだよ?」


「私が出来そうなもの・・・うーん、特に思いつかないです」


 キリンは首を傾げながら悩むも、どうもしっくりくる答えが出ない。それを見兼ねたオオカミが一つ提案をする。


「小説、なんてどうだい?キミ、最近『もじ』の勉強してたろう?」


「うぇ!?なんでそれを!?」


 今のパークではすっかり失われてしまった文化、『文字』。それをある程度理解出来るフレンズもいるが、ほんのひと握りだ。つまり、ほとんどのフレンズは文字を読むことができない。


 それは、このアミメキリンも例外ではない。が、探偵業を営む(?)者として、文字ぐらいは読み書きできるようになっておきたい・・・それにかっこいい。と、いう理由からキリンは文字の勉強を始めたのだ。今ではひらがなぐらいは難なく読み書きが出来るぐらいになっている。


「君が夜遅くまで声出しながら勉強してるから・・・アリツさんも苦笑いしてたよ」


「う・・・謝っておきます」


「まぁ、それは置いといてだ。キリンは文字の読み書きができる。それでお話を作ってみるってのはどうだい?勉強にもなるだろうしね」


「確かに、それなら私にも出来そうな気が・・・でも、上手には出来ないかも・・・」


 キリンは、この話が始まってからずっと不安そうな顔をしている。逆に、オオカミはずっと口角が上がったままだ。子供を諭すような、優しい声色でキリンに語りかける。


「はじめから上手な人なんていないさ。私だって、昔はこんな絵は書けなかった」


 オオカミが目を閉じながら語る。まぶたの裏に、昔の自分を思い浮かべながら。いけない、感傷的になってしまった、とその目を開く。目に飛び込んできたのは、キリンの疑うような表情。目を細くして、じっとこちらを見つめている。


「・・・なんだい?」


「本当に、ですか?」


「私の絵の話かい?うーん、少し恥ずかしいけど・・・キリンになら見せてもいいかな」


 そう言って、オオカミは自分の胸ポケットに手を入れる。もそもそと動かして、ポケットから出てきた時には小さく折られた白い紙が人差し指と中指に挟まれていた。


 それを、パタパタと開く。ずっと折られたままだったのか、折り目が強い紙を広げて、オオカミは一人でふふっと笑う。


「ほら、キリン。見てごらん?これが私の初めての絵だ」


 オオカミが紙を180度回転させ、絵の描かれた面をキリンの方へ。


 そして、アミメキリンは思わずその目を見開く。


「先生、またいつもみたいな嘘じゃないんですか?」


「フフフ、イイ顔頂き。でも、これは冗談じゃないよ」


 その紙に、黒い線で描かれていたものは彼女の代表作の主人公、ギロギロ。・・・だろうか?それらしい特徴は見えるが、本当にギロギロかは分からない。今のオオカミの腕前からは予想できない、言ってしまえば下手な絵だった。


「それで、沢山描いてるうちに・・・ね」


 オオカミが描いている途中の、漫画の原稿を見せる。ファンのキリンからしたら見慣れた絵柄、これこそ“漫画家”タイリクオオカミの絵だった。言わずもがな、上手である。


「誰だって最初は上手くいかない。これでわかるだろう?」


 うんうん、とキリンは首を上下に振ってみせる。不思議と、不安そうな表情は無くなっていた。


「じゃあ、私でも頑張れば上手くなってくるってことですか?」


「そうだね。ほら、なんだか可能そうな気がしてこないかい?」


 オオカミがそう問いかけると、小さく「うっ」と言いながら下を向いてしまうキリン。


「ちょっぴりだけ・・・」


 俯いたまま、目だけオオカミに合わせて答える。まだ不安が抜けないようだ。


「私の経験から言わせてもらうと、『やってみる』というのは大事なことだよ。試しに、簡単なものでもやってみるのはどうだい?」


「先生がそう言うなら・・・試しに」


「よし、鉛筆と紙は貸してあげよう。私も少しなら文字はわかる、一緒にやってみよう」

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