第3話

 次の主人はやはり騎馬武者だった。九度山からの記憶はない。

 目が醒めたらまた戦場にいた。


 俺を抜いて敵に突進していった。

 槍は既に折れて打ち捨てられ、総出で刀を抜いているというのは最後の戦いってわけだ。また負け戦かい。やれやれ。


 全部で十一人の武士達だった。


 この少し前に生き残った武士達は林の中に集まっていた。そしてせっかくの赤揃えの具足を脱ぎ捨てて、下の平服だけになった。防具は不要、死ぬ覚悟というわけだ。こういう連中は強い。死ぬのを恐れないのだから。こういうのが向かって来たら逃げることを勧める。勝ち戦と思っているのに、やられたら元も子もないからな。


 全員、馬に跨ると、号令一下、敵の中を大将を先頭に後ろは二列で一文字になって突進した。楔形の陣形だ。この先頭の大将は真の侍の頭領なのだろう。部下を従わせるにはまず自分が手本にならなっくちゃな。

 俺の新しい主人は先頭の大将のすぐ後ろだったから偉い順位で行けば二番か三番手ってとこだ。

 敵の雑兵達は意表を突かれたらしく、おたおたと俺達に道を開けてしまった。


 正面遠くに幔幕を張った陣営が見えた。前線を超えて敵中深く侵入したのだ!多勢に無勢だが騎馬で引っ掻き回すのは肉弾戦の妙味だね!

 陣営の前が小広い原っぱになって敵兵がいない。広い範囲で雑草が幾度も馬に踏まれて土に半ば埋まっている。いくさが始まる前に敵の大将の前で馬ぞろえ(兵力の点検と鼓舞のための儀式)をした場所に違いない。

 先頭の俺たちの大将が止まった。十人が横隊列の体制になった。幔幕までは三十間(60メートルほど)しかない。俺と主人は大将の脇にいる!

 大将が呼ばわった。


「そこにおられるのは徳川内府殿とお見受けした!我らは真田幸村とその十人の家臣!御首頂戴致す!」


 内府と呼ばれた爺さんは吃驚して仁王立ちになった。まだ遠いので、多分何を言っているのか聞き分けてはいないのだろうが、異常事態が起こっていることは軍の大将なら敏感に感じたはずだ。鎧を着ていない連中が進んできているので、遠目ではまさか敵とは思わなかったのだろう。


 爺さんの動きは歳のせいか緩慢で脚を引きずっているようだ。なにか怒鳴っている。すると爺さんの前に配下の武将たちが我先に出てきて刀を抜いた。足軽を呼んだようだが、主体は前線に行ってるので、ここにはちらほらとしたいない。遠くにいる連中にはまだことの重大さが分かっていない様だ。馬が近くにいないので侍大将が走って彼らに呼びかけているが、風の音で声が通らない。

 へへん、急襲の意味がそこにある。


「皆のもの!本日は死ぬにはほど良い天気でござるな!」


 十人の兵(つわもの)どもは嗤った。

「御館様!この様ないくさが出来るのは日本一の幸せ者でござる!」

 一人がこの様に叫ぶと笑いと呼応の声が湧いた。


 大将が馬を立たせみんなに叫んだ。そして一斉に陣営に向かって駆け出した。

 主人が後ろの仲間に言った。

「佐助!ぬかるな!」

 高い透き通った声がした。

「心得た!」

 

 その後はもう、大乱戦さ。


 昔は薙刀で馬の脚を斬ろうとしたもんだが、この時の戦いは槍と鉄砲が主体だった。弓矢を持っている兵もあまりいなかったね。敵に薙刀がなければ、刀で露払いして馬で徒武者には体当たりだ。可愛そうだが馬は槍への盾というわけだ。

 御館様は小柄でそれほどでも無かったがそれを守りながら攻める部下の十人がとんでもなく強かった。もう何十人も倒しているがほとんど無傷だ。

 だが、混戦で味方はなかなか敵の大将のところに近づけなかった。どんどん敵の足軽が駆けつけて一人が相手をする人数が増えてくる。

 爺さんはさすが敵の大将だけあって、護衛に守られながらじっと俺達の戦いを見ていた。もう先が長くないんで腹が座っていたのかもしれんが。


 総大将がいる陣営の真前(まんまえ)なんで敵は鉄砲は使えなかったのが幸運というべきか。

 俺の主人の馬が遂に倒れ、主人と俺は敵と切り結んだ。相手の斬風を刃で受ける。・・・痛え!おいおい、俺の刃、もうぎざぎざだぜ。でも仕方ないな・・・俺達日本刀は主人と共に戦う運命だ。


 俺は刃渡り三尺強の大業物だ。相手の二尺四、五寸あたりの打刀なんか跳ね飛ばしてしまう。それにしても相手の刃(やいば)を受ける時は、必ず刃と刃をまっすぐぶつけないといけない。それは構造力学ってやつさ。峰や平に受けようものなら折れてしまう。俺の顔の痛みは生半可じゃねえ!

 俺の主人はかなりの剛の者なのだろう。俺を凄い速さで振り回せた。相手の刀を受けるやいなや肩の上から刀を返し、ばっさばっさと生身の人間の首や手足をすっ飛ばす。怖気て刀を前に出して震えてるような奴らには拳に打ち付ける。指があちこちに散乱した。俺は血にまみれだ。アドレナリンが刀身に噴出して真っ赤になったって感じだ。


 だが、多勢に無勢、ついに俺の主人の最期が来た。駆けつけた足軽達の槍で前から後ろからぶすりぶすりと刺されちまった。


「お館さまーっ!お逃げくださいーっ!」


 俺の主人が俺を振り上げた時、その頭を初めて見た。きれいに剃った坊主頭の大男だった。近くでやはり徒で戦っていた剣士が悲痛な目をして駆け寄ってきた。そして素早い身のこなしで主人に槍を付けていた雑兵数人を全部斬ってしまった。そして叫んだ。

 いや・・・この剣士、若衆というのか、凄い美形で十六、七か!月代を剃っておらず漆黒の後ろに結んだ長髪に緋色に金の鳳凰の刺繍の小袖がこのいくさ場に際立って映えていた。


「ま・・・政海!」

「さ・・・佐助!儂に構うな!お館様を守るんじゃ!」


 若衆は躊躇したようだったが、俺の主人の目を一瞬食い入るように見ると、

「分かった・・・」

 と、言って大将の馬へ走っていった。そして近くの誰も乗っていたない馬を捕えると傷を追って馬にへばりついている大将を庇って横の退路に脱兎のごとく駆けた。


 俺の主人は胸や背中からどくどく血を流しながらも、足軽の捨てた槍を掴むや、

「やあやあ!お前たちは儂が相手じゃ!この三好青海入道を見事討ち取ってみよ!」


 槍を片手で頭の上で振り回しながら駆け出した。火事場のバカ力というやつか。逃げた大将を追おうと、馬に乗ろうとしていた位が高そうな武将の尻に槍を突き込んだ。鎧っていうのは結構、弱点がなくて、目の窓である目庇(まびさし)、鎧の継ぎ目の喉、脇、そして股の急所を狙うのが定石だ。

 その武将は断末魔の叫びを上げてひっくり返った。突っ込まれたのは俺じゃなくてよかった・・・


 大入道の俺の主人はその馬の鼻緒を掴んで一緒に駆け出した。

 そして回りの追手の馬に体当たりをさせたんだ。脚を掬われてひっくり返る馬。それに乗りかかられてまた馬が面白いように倒れる。そしてまだ乗り手がいない馬の尻を槍で突き出した。狂ったように走り出す馬達。乗手がいる馬も付和雷同して走り出し、乗っていた武士らは落馬したり脚が轡に引っかかって引きずられたり・・・

 ということで俺のご主人は大将を死地からのがれさせた。

 だが、ここで果てた。

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