04_side_K_含蓄黒鍋牢


 目を覚ました私は牢屋のような円柱形の部屋にいた。のっぺりと黒い壁は天ぷらを揚げる金属鍋の内側みたい。窓を探して見上げると、空気だけが通れる小さな四角い穴が高いところに向かい合って二つ。光は漏れていない。代わりに明るさを与えてくれているのは四角い穴から90度の対角線上に付けられた蛍光灯だ。カバーが付いておらず剥き出しになっている。

 部屋の中には“適当な材料で慌てて作ったような”ベッドが一つ、私はそこに寝かされていた。それ以外に何も置かれていなかったのでここが倉庫ではなく牢屋なのではと考えたけれど、しかし手足は自由になっている。身体を起こしてベッドの縁に座った私はまずナツの気配を探った。私には(多分ナツにも)テレパシーなんて使えない。でも何故かお互いを感じ取れる気がしたのだ。今の私たちならば。短く目を閉じた暗闇の中で、そう遠くないところにいる、走れば会いに行けると感じ取ったような気がしないでもない。ナツも同じように感じていれば何よりだが、はてさて外がどうなっているのか。……と、ここで地面だと思っていた足元をよく確かめた私は胸の詰まるような感覚に襲われた。これを振り返るのは一旦後回しにして、鍵のかかっていそうなドアに近付いてみようかと考えている間にそのドアがこちら側に開いた。


「目を覚まされたのですね」


 私を待っていたのはナツではなく一人の女性型アンドロイドだった。それも私のいたはずの時代より先の時間軸から来たようなアンドロイド。半透明なパーツの瞳やグレーの肌、意図的に少しだけ機械に寄せたのであろう全身の造形は精緻で美しく、ドアを閉めずに私のところに来るまでの所作、私と話している間の微妙な仕草、何より言語を介して行われる意思疎通は人間のそれと変わらない“質感”を生み出していた。彼女に敵意が無いと分かった私はドアの向こうに行く前にいくつか聞いてみたが、彼女は特に断らずに全て答えてくれた。

 ここは“城”であり、城には“王”がいて、(地面と呼んでいいのか難しいところだけれど)城の中にも外にもこの足元の地面は続いている。空に浮いた島ではなく。どうやら私たちはあの薄青い空を離れて別の階層へ辿り着いたらしい。そして、彼女は。彼女が自分のことを説明する言葉はどこか引っかかるものだった。


「私は、王からは“王妃”に当たる意味の音で呼ばれています。ですが私は王の従者に過ぎません」


 彼女は固有の名前を持ち合わせていないという。私はこう聞いてみた。


「王様の前で、私はあなたをどう呼べばいいかな」


「それでは……キサキ、とお呼びください」


「王様の前じゃなくてもキサキさんって呼んでいい?」


「はい……構いません」


 了承までの僅かな間、やはりどこか含みのある反応。私は王の姿を想像しようとして、まず未来のコンピュータを思い浮かべた。それも大きな箱に収まった超高性能なもの。これならばいくつかの点で納得がいくのだ。その上でキサキさんに王とはどんな存在なのかを聞いてみた。


「私の言葉で王を形容するのは非常に難しいです。可能な限り適切な言葉を探して描写することはもちろんできます。しかし、それでは私の中の何かが許さないのです。王はあなたとの対面を望んでいます。どうか、あなたの目で王を見てください」


 王が、私との対面を望んでいる?


――回想はここまで。時間の矢印は今の私とキサキさんに辿り着く。


「ここには私の他に人間がいるのかな?」


「いいえ。この場所で人間を見かけたのはあなたが初めてです。城の外も含めてです」


 嘘を付いているようには見えない。あの概念女子高生のような存在はここでは現れないとして、それではナツは。私と一緒に城で寝ていた(もしくはまだ寝ている)のではないということだ。


「キサキさん“たち”はよくお城の外に出るの?」


 ここに時間の概念があるのかどうか分からないのでこう聞くしか。ついでに言葉の枝葉を拾ってくれることを期待して、城にいる他の存在もそれとなく探る。


「外へは出ますが、それほど頻繁ではありません。私は有事の際以外は王の傍にいるようにしています」


 拾ってくれなかった? あるいは。


「王様に挨拶した後にお城の外に出てもいいかな。多分もう一人、私と同じ人間がここに来たはず。このお城にいないなら外にいると思って」


「構いません」


「お城の外は……危険じゃないんだよね?」


 キサキさんは一度「“殺風景な荒野”と言えばイメージできるでしょうか」と外の世界を表現した。ナツが私を探してその荒野を彷徨っているかもしれないと考えると少しでも早く会いたいけれど、その後で気になる言葉が出た。


「“有事の際”って、どんな時?」


「この城が、王が狙われる時です」


 聞いておいてよかった。相手が機械の兵隊かどうかはともかく、“この城を襲う存在”がいる。


「歩きながら話そうかな。王様のところへ……」


「はい、ご案内します」


「お願いします」


 窮屈なところで粗末なベッドに寝かせていたことを謝ったキサキさんはドアの方をそっと手のひらで示した。きっとベッドが必要になるなんて思ってもいなかったはずだからと礼を言う。さて、


「あ、その前に」


「何でしょう?」


 壁に手を触れる。指先から手のひら、ひやりと金属の質感が伝わる。少しの摩擦、温度となめらかなその手触りが思考の奥に届く。微かに……足元に感じるこの“密度”、私はこの意味に気付かないまま歩いていいのだろうか。


「あの……」


「ごめん、行こう」


「はい。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ごめん名乗っていなかったね。私の名前はハルカ。よろしくね」


 自分の名前はここへ来たときに私が覚えていられたことの一つ。ここへ来る前の彼女には名前があったのか、名前を付けてもらう前にここへ来たのか、今それを確かめる術はない。王に会えば彼女のことも何か分かるだろうか。そして、この場所のことも。

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