第5話、わたくし、転生者に身体を乗っ取られてしまいましたの⁉(前編)
『──あなた、ゲームの世界の中に、転生したいとは思わない?』
……魔が差してしまったとしか、思えなかった。
ゲーム中に突然スマートフォンの画面へと割り込んできた、ゴスロリドレス姿をした十二、三歳ほどの得体の知れない少女の、頭のネジが外れているとしか思えない申し出を受けてしまうなんて。
それでもその時の私は、何もかもから逃げてしまいたいほど、心が弱っていたのである。
三十歳を目前にして、恋人の一人もおらず、勤めている会社は完全にブラックで、女性といえどもほとんど休日も与えられず、サービス残業ばかりで。
唯一の楽しみが、乙女ゲーのキャラを攻略していくことといった、寂しい毎日。
だから、抗えなかったのである。
この世におけるすべての異世界転生や異世界転移を司るという、『なろうの女神』を自称するいかにもうさんくさいゴスロリ少女からの、まさに当の、配信元や運営を始めすべてが謎に包まれている、大人気乙女ゲー『わたくし、悪役令嬢ですの!』において一番のお気に入りの、本来プレイヤーの分身である『ヒロイン』キャラにとって最大の敵役であるはずの、『悪役令嬢』その人である、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナに転生させてやるという、常軌を逸した、女神と言うよりはむしろ
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……一体どうなさったのです、アル様?」
「へ? アルって………………あっ、アルテミス
自分の専属従者であるらしい、黒絹のおかっぱ頭も可愛らしい美少女メイドさんから、いきなりこの世界における名前を愛称で呼ばれて、最初誰のことかわからなくてあたふたしてしまったものの、何とかごまかせたと思った──のだが、
「いやだから、ご自分のお名前に様を付けたり、普段はめったにすることのない学院の授業の準備をしたりして、どういう風の吹き回しなんですか? それにあなたが悪役令嬢であることなんて、わざわざ言わなくてもみんな知っていますよ。何ですか、シナリオって。本当に大丈夫なんですかあ?」
当然のごとく、ごまかせたりは、できるはずはなかった。
──くっ、仕方ない。ここは奥手を、使わざるを得ないようだ。
「──メイ!」
「ふえっ⁉」
「あなたは
『困った時こそ、泣く子も更に大号泣する、悪役令嬢』──ということで、なんかそのままで安直なんだけど、ゲームをやり込むことで培った、これぞ、アルテミスのタカビー極まる口調と立ち居振る舞いを最大限にアピールして、何かまずいことがあれば無理やり周囲の人たちを黙らせてうやむやにするといった、まさしく『
……いや、こうも何度も何度も使い続けていると、そのうちボロが出かねないけどね。
一応今のところは、現在お昼時の王立
「「「──す、素晴らしい! それでこそ、我らの悪役令嬢だ!!!」」」
………………………は?
「自分が正しかろうが、間違っていようが、とにかく恫喝そのままの大声を張り上げて、相手を黙らせる!」
「つうか、あくまでも『正しいのは常に、この
「これぞ、アルテミス・クオリティ!」
「──いやあ、心配しましよ〜」
「最近のアル様ったら、どこか変でしたものね!」
──ギクッ!
「なんか、やけにおどおどされたりして」
「たまに、私たちに向かって、敬語を使ったりして」
「王子である俺に対して畏まった態度を見せた時なんて、頭の調子を疑ったくらいだぜ」
……いや、むしろそのほうが、当然なのでは?
「ほんと、一体あの傍若無人なお嬢様が、どうしたものかと思ったよね」
「私なんか、得意の『ゲンダイニッポン』からの、転移だか転生だかを疑ったくらいだもん」
──ギクギクッ!
「でも、さっきの様子を見て、安心したぜ!」
「うんうん、アル様は、ああでなくっちゃ!」
「お嬢様のご様子がおかしかったら、こっちの調子も狂ってしまいますからね」
「「「言えてる、言えてる」」」
そして朗らかな笑声に包み込まれる、ラウンジの一角。
……何なのよ、一体。
何で、専属メイドや取り巻き連中だけでなく、攻略対象のイケメン陣はもとより、ライバルのヒロインキャラまでもが、全員こぞってアルテミスに好意的なのよ?
しかもアルテミス自身も、周りの反応や評価からして、やんごとなき公爵令嬢らしからぬ、何だか突拍子もない性格のようだし。
──ここって本当に、私がこれまで『ゲンダイニッポン』において散々やり込んでいた、
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──つまり、あの自称『なろうの女神』なる、怪しげなゴスロリ少女の言っていたことは、本当だったのだ。
それまでは確かに現代
……いや、実のところこの奇妙なる現象が、果たして異世界転生なのか、異世界転移なのか、はたまたゲームの世界へのダイブなのかは、甚だ微妙なところであった。
それというのも、気がつけばこの世界にいただけではなく、何と
日本人のアラサーOLのままでないことから、異世界転移ではないのは明らかだが、かといって異世界転生についても、原則的にはアルテミスが生まれた瞬間に転生──すなわち
……いや、実のところは、現在の自分の置かれている状況が、異世界転生だろうが、異世界転移だろうが、ゲームの世界へのダイブであろうが、どうでも良かったのだ。
なぜなら、何とこの世界が、人気乙女ゲー『わたくし、悪役令嬢ですの!』と似ているようで微妙に異なるといった、非常に頭の痛い問題に、直面していたのだから。
私が知っている、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界は、本来なら以下の通りである。
プレイヤーの操作する『ヒロイン』が、国王や宰相や大将軍や枢機卿のご子息等々の、やんごとなきイケメン男子である攻略対象をオトしていくわけだが、それぞれのルートで必ず邪魔してくる最大のライバルキャラである『悪役令嬢』アルテミス=ツクヨミ=セレルーナに対して、その悪行の証拠を掴み法廷でダン○ンロンパして、そのルートにおける攻略キャラとの婚約を破棄させた後に国外に追放して、晴れてめでたしめでたしのハッピーエンドを迎えるというのが大きな流れであった。
……そうなのである、実は『わたくし、悪役令嬢ですの!』は純然たる乙女ゲーというわけではなく、謎解きや法廷ものといった要素もあって、どちらかと言うとアドベンチャーゲームとしての色合いが強かった。
しかし私が実際に転移してしまったこの世界は、謎解きや裁判どころか、乙女ゲー的要素すらも皆無であったのだ。
日々何かしら騒動が起こるところは、いかにもゲームやWeb小説的ではあるが、肝心の色恋沙汰に関してはまったくお盛ん
そしてそんな彼らの中心人物こそが、本来なら『悪役令嬢』という文字通りの『敵役』であるはずの、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢であったのだ。
何だかこの世界の人たちって、アルテミスが『悪役令嬢』らしく振る舞うことを、いつ何時も求め続けていて、彼女が突飛な言動を行うことによって大騒動が起こり大変な目に遭っているというのに、誰一人とて怒ったり反省を促そうとする者なぞおらず、むしろより高飛車な言動をすることを望んでいるといった有り様であった。
これが十把一絡げのWeb小説あたりだったら、『悪役令嬢』なんかに転生してしまった暁には、将来の破滅ルートを回避するために、高飛車な態度を控えて、真人間となり、『ヒロイン』や『攻略キャラ』に対する、人間関係を改善していくところであろうが、そもそもそんな彼らこそが、アルテミスが高飛車な『悪役令嬢』であることを望んでいるものだから、もはやお手上げ状態であった。
こちとら現代日本の平々凡々とした、それこそ十把一絡げのアラサーOLなのである。やんごとなき『王侯貴族の求める悪役令嬢』像なんて、わかるはずがないだろうが⁉
せめて現実の出来事の展開が、『わたくし、悪役令嬢ですの!』のシナリオ通りに進んでいるのなら、いろいろとやり様があったかも知れないが、完全にアドリブで公爵令嬢としての立ち居振る舞いを演じることなぞ、到底不可能であろう。
そのようなわけで、いつ転生者であることがばれてしまうのかと、日々戦々恐々としていたところ──
まったく予想だにしていなかった人物から、思わぬ助力を得ることになったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます