第2話

唯一『瑠璃黒曜』の事、川の事を話し合えるナカさんに昨日の出来事を一蹴され…… 余計に混乱する自分。


やはり『瑠璃』も子熊も夢だったのだろうか。ナカさんの家を後にしても、その事から頭が離れなかった。


夕食時、


「アキラ、大丈夫かい? 昨日はずぶ濡れで帰って来て。ケガだけはしないようにね。大事な息子さん預かってる身だからね」


「ヨシばあ有難う。大丈夫、怪我しない様に気をつけてるから。……ところでさぁヨシばあは、此処の神様とかは信じてる? 山の神様とか川の神様とか…… 」


「そうだね、此処らは昔から神様と共に生かして頂いている所だからねーー 」


「神様の使いの熊って話は、本当? 」


「昔から云われてる話だね。私が子供の頃にもよく言い伝えられてたよ。だから此処らの人は熊は駆除しないしね」


「普通の熊と使いの熊って違いがあるの」


「私は分からんけど昔々に会った事がある人の話によると、人間の言葉が分かるそうだ。見た目は熊だが人間の様な感じだって」


『人間の言葉が分かるのか〜〜 』


何と無くあの子熊の事を考えていた。

熊っぽくないといえばそんな感じだった。ぬいぐるみの様な子熊。

あんな至近距離でも結局は、襲いかかって来なかったし二足で立ち上がり手で石を掴み「ポ〜〜」と鳴く。

そんな事を思い出しながら背中の痛みと共に静かな夜が過ぎて行った。


次の日もまだ背中と肩が痛く満足に出歩く事も出来なかった。おまけに川の中を歩くのに必需品だった胴長長靴(ウェーダー)も失う事になりショックも大きかった。命の危機だったのでしょうがないが買ったばかりの物を失って……

バイトもせず、呑気に田舎で石拾いしている身ではお金をドンドン使う訳にもいかず。そんな体の痛みとショックを抱えながら大人しく過ごしていた。


次の日もまだ痛みはあるものの、川へ様子見に行く事にした。商店に行き大きなメロンパンを買って、やはり気になっている白い橋付近へ。

白い橋は、今は橋に続く道は無い。

だがウェーダーを失った為、川の中を歩いて行けないので別のルートを探す事にした。雑木林の中を掻き分け白い橋の方向へ向かう。白い橋が使われなくなったのは遥か昔の様で道の跡すら無い。

それでも何とか直接白い橋に行けることが出来た。明らかに古い橋。


「乗ったら落ちるかな? 」


サビつき至る所が崩れていた橋なので躊躇したが恐る恐る橋の上を歩いた。


「おっ! 意外と大丈夫そうだ」


白い橋の真ん中から下流側を見る。

やはり凄い渓谷が両サイドにそそり立っている。上から見ても川の流れも明らかに速くなっていて……


「よく、こんな流れに流されて助かったなぁ」


やはり夢だったのだろうか。

上流側を見ると馴染みの大きな岩が見えた。上から見るとその大きな岩に行けそうなルートを見つける事が出来、早速その岩に向かってみた。

思ってた以上にすんなり大きな岩に辿り着く事が出来た。

岩の上には、自分が割った黒曜石の半分が置かれたままだった。その半分の黒曜石は瑠璃色は入って無く普通の黒い石。


「ん〜〜。確かに、この黒曜石のもう片方に色が入っていたはず…… だったのになぁ〜〜 」


その片割れが手元にない限り、夢と言われても仕方ない。

溜息をつきながら岩の上に座りこみ、リュックからメロンパンを取り出した。

メロンパンを片手に考え込んでいたら小石が…カランコロンと岩の上に落ちてきた。

ふと上を見上げた時、


ゴロゴロゴロと何かが落ちてきた。

落ちてきたと言うよりは転がって来た。


転がってきた物が大きな岩で何とか止まる。


「えーー、何? 何が落ちて来たんだ? 」


とっさに立ち上がり転がってきた物に向かい合う。


転がり落ちてきた物が……


動いた!


むくっと顔を上げ、立ち上がった。

自分はその姿を見て思わず固まった。

転がり落ちてきた物……


子熊。


前に見た、黒曜石を持って行った時と同じ様な子熊だった。

子熊は上から転がり落ちてきた割には平然と二足で立ったまま、じっとしていた。


『夢……じゃないよな? やはり子熊は居たんだ。前と同じ子熊っぽいけど同じかな?相変わらずぬいぐるみっぽい』


目の前には割った黒曜石の半分がある。またこの石を持って行くのだろうか。そう考えながら子熊をじっと見ていた。相変わらず襲う気は無さそう。近寄ったら「ポ〜〜」っと鳴くのだろうか……

ただ…… 何となく子熊と視線が合わない感じが気になった。

『視線が合えば襲って来るのか? 』


静かに佇む自分と子熊。


よく子熊の顔を見て見ると……

口元から少しヨダレの様な物が。


その瞬間、ハッと思った。


何故子熊と視線が合わなかったのか、それは子熊が見ている視線の先には…… 左手に持っていたメロンパン。


『メロンパン食べたいのかな? お腹が減っているのかな? 』


そ〜っと左手を動かす。


その動きと共に子熊の視線も同じ様に動いた。

メロンパンを少しちぎり右手で、そっと子熊に近づける。一瞬右手を見た子熊だが…… やはり子熊の視線は、また左手に。

じ〜っと左手のメロンパンから視線を外さない。それどころかさっきよりもヨダレがポタポタと出ていた。


「でかい方をあげないといけないのか? 贅沢だな」


しょうがなく左手に持っていた大きい方のメロンパンを差し出した。

メロンパンを追う様に見ていた子熊だが取ろうとも食べようともしない。

仕方なくそっと子熊の足元の岩の上に置いた。


「どうぞ! 食べていいよ」


自分が小さな声でそう言うと理解した感じで子熊はその場にしゃがみ込んだ。

じっとメロンパンを見つめ、一度だけ顔を上げ自分を見てそっと子熊は両手でメロンパンを持った。

子熊の顔と、さほど変わらない大きさのメロンパン。ゆっくり顔に近づけちょっとだけメロンパンにかじりついた。


熊なのに人間の子供の様な表情で、自分には和かに見えた。

夢中でパクパクと食べ、あっという間に

食べきり両手をペロペロ舐めていた。

思わずその可愛らしさに見入ってしまっていたら子熊が自分の右手に持っていたメロンパンの一欠片を見つけ、また視線がメロンパンにロックオンした。


「これも食べる? 」


そう言うと……


「ぽ〜〜」っと子熊が鳴いた。


明らかに威嚇や吠える感じでは無く、こちらの言葉に返事をする様に……


右手のメロンパンをそっと子熊に近づけた時、


「ゴ〜〜」


と、鳴き声。子熊は我に帰った様に後ろをハッと振り向く。子熊の視線の先、崖の上には…… 親熊らしき影が。

子熊は、あっと言う間に転げ落ちてきた崖を登り親熊の元に。

そして親熊と子熊は森の中に消えた。


右手に残ったメロンパンの一欠片を持ったまま自分は……


「これは夢、ではないよな? ポ〜〜って鳴いて目の前でメロンパン食べていたよな?と言う事は…… あの時も夢では無かったのか…… 」


誰にも信じてもらえない様な経験を…… また経験したようだ。


第2話 終

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