第005話 「マジカルサルの暖か魔法」

 絶壁に囲まれた河原で動物達の助けを待つ。


 ついにあたりは真っ暗になった。


 けど月がよく出てるから月明かりでだいぶ周りが見える。

 僕は川を見ながらボーっとしていた。



 《ドザァーーン》


 突然後ろから爆発音のようなすごい音がした。


 真っ赤な目をしたイノシシのような動物がこちらを見ている。


 縦横2メートル程あるであろう。


 崖は高さ30メートルはあるようにみえるがそこから落ちてきたのか?


 僕との距離は既に10メートル程だ。

 はっきり感じる敵意。

 3歳児が抵抗できる種類の敵じゃない。


 ――死を確信する。


 怖くないと言ったら嘘になる。


 体が切り裂かれるのが痛いだろうから怖い。


 自分という存在が世界から消えてしまうのが怖い。


 けど、今まさに獣に襲われて死ぬというこの瞬間ですら、僕はこんなことを考られる程には冷静でいられる。


 おそらくいつも通りの能面のうめんで、冷めた目をイノシシに向けているのだと思う。



 その時ふっと泣き叫ぶ3匹の獣の顔が浮かんだ。



 僕が死んで3匹が嘆き悲しむのはすごく怖い。


 それははっきりと怖いと感じる。


 それは嫌だ。

 つらい思いをして欲しくない。




 巨大イノシシが今にも僕に向かって動きだそうとするその刹那――突然目の前に割って入る何かが見えた。




 《ドガーン》




 とんでもない衝撃音が聞こえて、数十メートル先の断崖に巨大イノシシがドーナツ状になってめり込んだ。

 中心部はどこかに吹き飛んだのだろうか。


 目の前には、僕を守るように割り込んだゴリラの後姿がある。



 ゴリラが振り向くより先に崖からオオカミに乗ったサルが飛び下りてきた。


 オオカミから転がり落りて駆け寄って来たサルは屈んで僕と目の高さを合わせる。


 よっぽと走り回ったのか肩で息をしている。

 いつも巻き付けている布切れを付けていなーー


 《パチン》



 サルが平手で僕の頬を叩く。



 そして両手のひらで僕の頭をガシっと掴んで自分の顔の前10センチ程度のところで目を合わせる。


 とっても大切な何かの無事を確かめてる様に見える。


 サルは泣きそうな顔じゃなくてはっきりと泣いていた。


 黒目しかない両目からぼろぼろ涙がこぼれ落ちている。


 その後、サルは僕の右肩の上に顔をうずめて痛いくらいに強く抱きしめてくる。


 サルの心臓の鼓動を感じる。


 耳元でキーキー言いながら泣きじゃくる声がとても近くで聞こえる。


 ゴリラはどうしていいかわからずソワソワしている。


 オオカミもゴリラの少し後ろでいつもの様にお座りしていた。







 その時――僕は確かに満たされた。






 前世を通して初めて、誰かの思いやりで満たされたんだと思う。




 感情が動いた。


 涙が出た。

 前世を通して初めて、僕の頬に涙がつたう。



『うわぁぁぁぁ~~~~~~ん』



 僕は泣いた。



 叫ぶように声を上げて泣いた。

 力いっぱい泣いた。




 叩かれた頬が暖かい。


 注いで貰った思いが暖かい。


 動き出した感情が止まらない。


 知らなかった。

 涙は悲しいからでるんだと思ってた。


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら理解した。


 注いでもらった気持ちが溢れて涙が出るんだってことを。 



「お母さん、ごめんなざ〜い」



 伝わらないであろうその言葉を、僕は何度も何度も泣きながら叫んだ。





【マジカルサルの暖か魔法】


 僕の母親は火の魔法も水の魔法も使える。


 けど究極最強魔法は、心の暖かい母親が使う思いやりの魔法。

 魔力を必要としないその特殊魔法は、僕が前世からずっと付けていた【能面のうめん】を消滅させた。




 ♢


 


 初めて涙がでたあの日――

 僕ははっきりと今を受け入れる事ができた。


 止まっていた感情は忙しく動き出し、喜怒哀楽が豊かになった僕の世界は彩りを変えた。

 とても暖かい世界。


 この暖かい世界で、母親と父親と祖父と生きていく。


 前向きにそう考えることができるようなった。


 みんなは僕のことを大好きだし、僕だってみんなが大好きなんだ。


 大好きは伝えようとしなきゃ伝わらないはずだ。


 精神年齢は18歳だけど、やっとお母さんに謝れる3歳児になれたんだ。


 前世も今までの常識も関係ない。

 伝わらなくてもいいから、家族に日本語で話しかけるようにすることにした。


 そして出来る限り自分の気持ちを態度で示す様にした。


 まず最初にみんなに名前を付けた。


 お母さんサルは【カカ】

 お父さんゴリラは【トト】

 おじいちゃんオオカミは【ジジ】


 絶望的なネーミングセンスも異世界では関係ない。


 みんなの前でそれぞれ指差して名付けを宣言する。


 そして、自分を指さして初めての自己紹介をする。


「僕はキョウ」



 再び自分を指差して


「キョ・ウ」



 皆が理解できなくても僕の鳴き声だと思ってもらえればいい。


 これをみんなが飽きるまで毎日繰り返すつもりでいた。


 しかし3匹は初めの1回ですべて理解した様にお互いを名前で呼びあい、僕の名前も直ぐに覚えてくれたようだ。


 とてもうれしそうな顔をしている。


 河原での事件の時もそうだったが3匹は僕の言ってる事を理解できている様にみえる。


 僕が『お母さんごめんなさい』と泣き叫んだら、ソワソワしてたゴリラは落ち着きを取り戻し頭を撫でてくれた。


 お座りしてしいたオオカミも優しい顔して近寄ってきて身体を擦り寄せてくれた。



 何故3匹は僕の言葉を理解できるのだろうか?

 この疑問を直ぐに頭の中で打ち消す。


 数えられない程のこの世界の不思議は深く考えない。


 これから何年間生きるのかわからない。


 だけど、これから何十年間、トトとカカとジジだけでこの小屋で暮らしてもいい。


 そうしたら、老いたみんなを僕が介護してあげたい。

 助けてあげたい――みんなが今僕にしてくれてる様に。




 ♢




 一つ発見があった。

 イタズラは好きな気持ちからも来るんだって。


 みんなへの気持ちをためらいなく伝える決意をした僕はまずは皆んなにくっついてみた。


 しばらくは相手も喜んでくれるが、もう一日中ずーっとだから相手もくっついてることが当たり前になってあまりリアクションをしてくれなくなる。


 けどそれだと満足できなくて、大好きで大好きでしかたないからイタズラをして相手の気を引こうとするのだ。


 相手の肩を叩いて隠れてみる初歩的なものから、物を隠してみたり――隠してばっかりだけど、どちらも3歳児の僕にはうまくできない。


 トトとカカの気を引こうと色々と試行錯誤してみた。


 ジジは、トトとカカに気を使ってか僕のイタズラにあまり強い態度をとれない。


 それが少しかわいそうな気がしてあまりジジにはイタズラはしない。


 カカは僕がイタズラするとくすぐってくる。

 僕は笑い転げてしまう。


 僕は笑う。

 大笑いする。

 今の僕は感情が動き回る。

 楽しくて仕方ない。


 トトはイタズラにしばらくは付き合ってくれるのだが、あんまりしつこくすると軽く怒って僕の頭を小突いたりする。


「痛った~~」


 あまりに痛くて頭を抑えて床を転がり回る。

 痛いんだけど、なんだかおもしろくなってケタケタ笑ってしまう。


 そうしてると、カカが急いで飛んで来てすごい剣幕でトトを「キーキー」怒る。


 頭は本当に痛いんだけど、心が暖かくなる。

 だから、トトに小突かれるのは嫌だけど嫌いじゃなかった。

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