第13話 蝿を継ぐもの

 あたりを飛び交う大きな蝿を払いながら村落の中心を目指していく。


 死体が積まれたりしていて通れない道も多く、何度も迂回させられ、家屋の間の道を進み、壊れた壁から中に入って通り抜けるといったこともしなくてはならなかった。


 村の外周を囲っている柵と、そのすぐ側の民家の間を通り抜けていた時だった。


 その民家の庭には、いくつか畝が残っていて、小さな畑をしていたようだった。

 その奥にある井戸に向かって、覗き込んでいる何かがいる。


 わしと殆ど変わらないような、ボロ布に身を包んでいて、がりがりにやせ細っているものの、ブラジャーをしていないのでおそらく男、一応生存者らしい。


「貴公!」

 声をかけてみる。


 反応はなかった。

 井戸の底に夢中なのだろう。


 放っとこうとも思ったが、せっかくの生存者を見つけたのだから、コミュニケーションの練習をしておきたい。


 わしは彼に近づいて、肩をぽんと叩いた。


「貴公、元気ですかーッ!」


 男は体をぶるぶると震わせた。

 それから、小刻みな動きで、ゆっくりと顔をこちらに向けてくる。


「モマッ!?」

 わしはその顔を見て、頓狂な声を出してしまう。

 ついでに後ずさって尻餅をついた。


 男の前面に、びっしりと蛆がたかっていたのだ。


「ヴァアー」

 男が唸り声をあげながら、口を開ける。

 背骨が折れるんじゃないかというぐらい後屈し、ひっくり返った顔でこっちを睨みつけて、「ルォジァァァァーーーッ!」と、ルナシーみたいな叫び声をあげながら、ひっくり返った四足歩行で迫ってきたのだ。


「ヒエー!!」


 わしは尻餅をついたままどんどん下がる。


 畝をめちゃくちゃにしながら柵のあるところまで下がった。

 逃げ道がなくなり、柵を頼りに体を起こしていく。


 男が止まり、その場で体を揺らしつつ、鋭角に迫る勢いでブリッジを高めていく。


 当然、メキメキと音を立てながら、体が裂けていった。


 裂け目から、毛羽立った二本の鉤爪が覗く。

 子供の腕くらいの太さの、黒光りしているやつだ。


 男の上半身が空高く飛んで行き、わしはぶったまげた。

 残された下半身から、大きな肉蝿が飛び出してきたからだ。


 急いで柵の外に飛び出し、CLIを呼び出して、棍棒と木の盾を装備する。


 羽音は大きく、すぐに追いつかれそうだ。


《オリンの駐屯地》


 お姉さん! 今、そういうのはいらんのじゃ!


 真後ろを振り向いて、でたらめに棍棒を振り下ろす。


 その一撃は空を切った。

 タイミングが速すぎたのだ。

 勢い余って体勢を崩してしまう。


 迫ってくる肉蝿の真っ赤な赤い複眼にわしの姿が映っている。


「フナバッャァアアアアー!」


 わしは崩した体勢から、棍棒を両手持ちして思い切り振り上げた。


 確かな手応え。やつの顎にクリーンヒットだ!


 肉蝿は宙返りをしながら手の届かないところまで飛んでいく。


 わしのことを見下ろしながら、大顎を開いてこちらに向けてくる。


 口の中から赤い管が出てきて、その先端が、


 水気の多い汚物をひねり出すような音とともに、赤茶けた謎の液体を噴射したのである。


「オエーッ!」


 あんなものは食らってられない。

 わしはバックステップで大きく距離をとった。


 地面に落ちた液体は、しゅうしゅう音を立てながら蒸発していく。

 残された跡を見ると、土が焦げたような色に変色している。


 肉蝿は降りてこない。

 位置取りを変えて、また顎を開いた。


 わしはどうしようものか考え、足元の石ころを拾った。

 もし、うまいこと、あの管の先端を塞ぐことができたら?


 こうなったら、乱れ打ちじゃ!


 十分な距離を取りながら、手首のスナップを効かせて、石ころを投げつける。


 ヒットする前に、やつは噴射した。石ころが煙になって消されてしまう。


《『投擲』を発見しました》


 お姉さん!


 わしは肉蝿から逃げながら、CLIを呼び出して+10まで強化する。


 こぶし大の石を見つけるまでめちゃくちゃに走り回った。


「あった!」


 石を拾い、一度立ち止まって肉蝿を見据える。


 額の汗を手の平で拭い、その湿りを利用して手に地面の砂を擦り付ける。

 滑り止め代わりだ。


 やつの射程圏内に入ったからだろう。

 肉蝿の大顎が開いて、管が飛び出してくる。

 同時に、わしも大きく振りかぶって、左脚を上下させることでタイミングをとる。


 今じゃ!


 腕を鞭のようにしならせて、投げつけた。


 やつの射出口が花のように開き、先の残滓なのか、少量の液体がこぼれ落ちる。


 石は、そこに吸い込まれるような軌道を描く。


 かぽん、と嵌る。


「イエス、イエース!」

 わしはガッツポーズをとった。


 一瞬、管の奥の方が膨らんだかのように見え、肉蝿の後頭部から勢いよく液体が漏れ出した。


 外殻が濡れ、煙を上げながら溶けていく。


 あっけなく地面に堕ち、頭部と腹部がバラバラに転がる。


 まだ脚や顎をバタバタさせているが、飛んでいた時のような脅威は感じられない。


「これは死んだじゃろ……」


 気持ち悪いし、わしはトドメを刺すという考えを捨て、さっさと柵のところまで戻った。


 集落の中に入るとお姉さんの声がした。


《肉蝿の里》


 まったく、律儀なお方じゃて……

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