第24話 反撃作戦を練ろう

「ま、まさか……そんな。冗談よね? ソウシさん」


 タチアナが目を見開いたまま、机に肘をつけ体を乗り出してくる。

 服が下に垂れ下がり、首元から谷間が覗くが……いや、谷間は無かった。

 

「……ソウシさん、どこ見てるのよお。全く」

「あ、いや、見るところがな……ご、ごめん!」


 むっさ睨まれた。


「二人って双子だったよな?」


 何とか話題をそらそうと、モニカとタチアナ(の胸)をしげしげ交互に眺めるが、タチアナの顔が真っ赤になってきたあ。

 もちろん恥ずかしいとかではなく……。

 

「ソウシさん!」

「ご、ごめんってばあ」


 その時ちょうどホットケーキとコーヒーが運ばれてきて、タチアナは乗り出した体を元の位置に戻す。

 ふう、助かったぜ。

 

 ホットケーキにこれでもかとハチミツをかけながら、コホンとワザとらしい咳を一つ。

 

「モンスターは邪魔かもしれないけど、敵対する意思を持っていない限り襲って来ないんだし。もし魔王とモンスターが関わりあろうがなかろうが、そこは変わらないだろ」

「そうね」

「二人もモンスターが襲ってこないことに気が付いてから、何か変だと思わなかったか?」

「言われてみれば……そうだけど……」


 タチアナは眉をひそめ、顎に手をやる。

 彼女が口をつぐんだところで、今度はモニカが口を開く。


「ソウシ殿。貴殿は魔王と会ったのだな」

「その通りだ。直接魔王に聞いてきたんだよ」

「魔王は嘘を言っているのかもしれんぞ。ソウシ殿」

「いやいや、考えてみなよ。モニカ」


 モニカの顔だけに視線が行くように集中しながら、ゆっくりと彼女へ言葉を続ける。

 ここで胸に視線がいけば、またひんぬーがうるさいからな。

 

「魔王が嘘をついていて、モンスターを操っているとしたとしよう」

「なるほど。そういう事か。納得だ」


 モニカはなかなか頭が回る。

 しかし、ひんぬーはそうではなかった。

 

「ねねね、どういうことなの?」


 いや、さっきから魔王が関わろうが関わるまいがとか言っているよね? タチアナよ。

 

「魔王がさ、モンスターを操れるたとしたら、モンスターが襲って来ないわけだろ」

「うん」

「じゃあ、魔王は逆にモンスターをおさえてくれている人になる」

「おお!」

「痛い痛い……思いっきり背中を叩くな」

「えっとお、操れないとすると……魔王はモンスターと関係ないから。そっか。どっちにしろ、魔王討伐の必要はないのね!」


 タチアナの考えがようやくまとまったようだ。

 ん、まだ何かあるのか。

 

「あああああ!」

「うるせえ!」

「ソウシさん、魔王がモンスターの発生源って可能性もあるんじゃない?」

「いや、それなら、魔王がモンスターを襲わせないことと矛盾するだろ。少しは頭を使え。脳みそがおっぱいにつまって……無いな」

「むきー」


 今時、「むきー」はないだろう。

 って、思いっきり叩いてきやがったな。全く痛みは感じないけど、ホットケーキが落ちるからやめたまえ。


「ソウシ殿。貴殿の話とモンスターの動きという事実を鑑みると、勇者が魔王討伐を成し遂げる必要性は無いな」


 ホットケーキを死守していると、モニカの落ち着いた声が響く。


「その通りだよ。それに気が付いた俺に対して、女神は嫌がらせに『死亡率の高い』勇者を大量に召喚したんだ」

「なるほどな。所持金の件もその一環か。ソウシ殿。私達は魔王討伐から降りる。無意味だからな」

「こちらからそれをお願いしようと思っていたんだ。あと、所持金の件なんだけど……」

「分かっている。魔晶石を換金せずに持っておけばいいだけだろう」


 言わなくても既に分かっていたか。

 勇者は現金を失うだけで、道具については一切目減りしない。

 彼らは魔晶石を街で現金に換えてるわけだから、お金を使う時に魔晶石を換金すれば死亡した時のリスクは無くなる。

 ただし、魔晶石はかさばるからどこかに預けるなりする必要はあるけどさ。


「その通りだ。さすがモニカ。だから、俺は全ての元凶たる女神をとっちめるつもりなんだよ。このまま放っておくと何をするか分からないからな」


 その言葉にモニカは複雑な顔をする。

 彼女はもう女神の一人芝居って分かっているはずなんだが、まだあのクソ女神に思うところがあるのか?

 

「ソウシ殿。私は貴殿が女神様を懲らしめることを止めるつもりはない。私は彼女のやったことがいい事だとは思わないが、私自身、彼女から享受したものもあるからな」

「勇者としての強さかな?」

「その通りだ。とはいえ、積極的に女神様を害すつもりはないってだけだがね。君からの依頼があれば内容次第で協力はする」

「ありがとう。モニカ」


 俺たちの会話が終わったことを察知したまさひこが急に立ち上がり、叫ぶ。

 

「うおおおおお。それじゃああああ、モンスターを倒しに行くぜええ」

「待てええ。聞いてたのかよ! タチアナ、後は頼む」


 俺はタチアナの両肩に手を置き、まさひこへチラリと目をやり彼女の方へ向き直ると「うんうん」と頷く。

 すると、彼女はかなり嫌そうな顔で「分かったわよ」と返してくれた。

 

 ◆◆◆

 

 メガネにも同じようなことを伝えたところ、彼はモニカと違い女神にざまあすることに対し積極的に協力してくれることになった。

 同じ日本出身ってことで考え方も似通っていたようで何よりだ。

 

 具体的な策を練る前に俺たちは勇者らへ「死んだら所持金がゼロになる」ことを伝えて回った。

 取っ手付けたような嫌がらせなんぞすぐに対策されて終わるんだよ。クソ女神。ふふふ。

 

「ソウシ君。僕も君と同じ意見だよ。女神をひいひい言わせるに大きく二点の問題をクリアしなければいけない」


 個室の居酒屋のような店で、俺はメガネと二人、酒を飲みながらいかにして女神へざまあするかの密談をしている。

 メガネもやはり俺と同じ考えに至ったようだ。彼へ相談すると話がはやくてよい。

 俺が目的を達成する手段について検討したいってことを言わなくても分かってくれるのは非常に助かる。


「メガネさん。繰り返しになりますが、問題点は女神のところへどうやって行くのか、彼女を打倒する手段はあるのかの二点です」

「君は転移魔法を持っていて、マップ機能もあると聞いた。それでも女神の場所が分からないとなると……この星にいるのかどうかも怪しくなってくるね」

「それもありえます。ですが、例え王都の中にいたとしても、砂浜で砂金一粒を探すようなもんですから」

「ソウシ君。彼女は自己顕示欲が非常に強い。案外簡単に彼女と接触できるかもしれないよ」

「確かに……」


 姿こそ見せないけど、事あるごとにしゃしゃり出て来やがるからな。俺の家にあった置き手紙の量からして……。


 うーん。

 考え込んでいると、メガネがスッと立ち上がり空になったエールの入っていたジョッキを俺の分も手に持ち、カウンターまで注文に向かう。


 イ、イケメン……。

 こういう何気ない気遣いが、くやちい。


「ソウシ君。女神と会うことより先に打倒することを検討しよう」


 歯をギリギリとしていると、メガネが戻ってきてにこやかにエールの入ったジョッキをテーブルへ置く。


「飲み物ありがとうございます。……確かにあの女神の自己顕示欲からすると、突然目の前に来るかもしれませんものね」

「その通りだよ。その時に対抗手段を持っていないと、僕らが一方的に蹂躙されてお終いさ」

「ですね。女神は俺たちより遥かに強いはずですよね」

「そうだね」


 勇者たちは魔王城へさえ到達できないほどの強さでしかなく、魔王は女神がこわーいって思うほどの強さである。

 つまり、女神の強さは魔王と並ぶか彼より若干強いくらいんじゃないだろうか。

 てことはだな、勇者たちが束になってかかったとしても……女神には勝てない。

 さて、どうしたものか。

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