第20話 あのやろううう

「魔王さんと会話したことで確信できました。ありがとうございます」

「うむ。魔族の中にもうぬほど頭が切れるものはそうそうおらぬ」

 

 また「魔族」ときたか。今なら深いことまで聞ける。

 俺はハッキリと彼へ自分は協力者だと告げ、その理由も理解してもらったからな。

 その甲斐あって、こんだけ機嫌がよくなっているのだから饒舌に語ってくれるだろ。

 

「魔王さん、『モンスター』と『魔族』は別物なのですか?」

「そうだとも。ソウシ。人はそのことに気が付いておらぬようだがな」

「違いを教えていただけますか?」

「ふむ。まあ、いいだろう」


 魔王の赤い瞳がギラリと光る。俺はコクリと頷きを返すと、彼は鷹揚おうように頷き語り始めた。

 魔族とモンスターは成り立ちから全く異なる。

 魔族は人と似ており、何等かの方法で子孫を残す。性交による者もいれば、自らの心臓を受け継がせる者や特定の場へ念を送る者など千差万別だ。

 確かなことは全て知性があり、魔王の元で一つになっている。それぞれが文化的な生活を営み、魔王城を中心に広い範囲に棲息しているとのこと。

 

 一方モンスターはゲーム的に表現するなら自然にポップするイメージに近い。フィールドには魔素って魔力の元になるようなエネルギーが充満している。

 魔素は一定の密度で存在しているわけではなく、淀みと呼ばれる魔素の濃い場所があるそうだ。そこで魔素が寄り集まってモンスターが生成(ポップ)される。

 魔素の量とフィールドの性質によって生まれ出るモンスターが決まるのだという。それで、モンスターが倒されると魔素に分解され、また淀みに魔素が集まり再度モンスターが出現する(リポップ)ってわけだ。

 

 言わばモンスターとは自然現象であり、魔王がどうこうしているわけではないってこと。


「それは真実なのですか?」

「うぬは余が嘘を言うとでも?」


 魔王の様子から彼は自分に嘘はついていないことはありありと感じ取れた。

 なるほどな。王様もある意味被害者だったってわけか。モンスターはただの自然現象。魔王を倒したところでモンスターの発生が止まるわけではないから、王様の目論見はまるで達成できない。

 だって、彼の目的とはモンスターを排除し領域を広げることなんだから。モンスターがそのままなら、必死こいて定期的にモンスターを排除しない限り人の領域は広がらない。

 

「あなたが嘘を述べているようには思えません。嘘を付く理由がありませんし……すいませんでした」

「ふむ」

「魔族からこの真実が人へ漏れないようにしていただきたいんですが、お願いできますか?」

「ほう。その心配は無用だ。先ほど述べた通り、人と魔族は遠く離れておる」

「了解です。ありがとうございます」


 わざわざ魔王へお願いしなくてもよかったか。この事実が人から王様へ伝わると余りよろしくない。

 王様と女神は繋がっていることが明らかなんだ。つまり、彼へモンスターの真実が伝わると、そのことを知った王様は女神への態度を変える。

 そうなれば、女神は動きを変えてくるだろう。彼女がどのような手で来るか分からない以上、現状維持をした方がこの先何かとやりやすい。

 もう一つ言うなら、王様は俺たちを犠牲にすることを分かっていても、自らの欲望のために女神へ協力を続けている。そんな奴に「徒労です」とわざわざ伝えてやる必要はない。

 せいぜい勇者たちが復活できる保険としての役目を果たしてくれればいいさ。


 結論。

 黒幕は駄女神、唯一人ってことだ。

 あいつめええ、何とかしてとっちめてやる。

 沸々と駄女神に対する怒りがわいてきた。

 

「黙っているところを見るとまだ何か考えておるのか? まだ余の言葉を疑っているのか……いや、そうではないな。うぬのことだから余がどうやって真理に至ったのか知りたいってところか?」


 いい方向に勘違いしてくれたから無言で魔王へ頷きを返す。

 

「簡単なことだ。余は魔素の動きが見える」

「それって数値とかで見えるのですか?」

「ほう。魔素のことを聞いても動じないのだな」


 感心したように頷く魔王であったが、魔素と言われても俺には何のことは全く分からないから反応の仕様がないってのが正直なところ。

 しかし、俺の心中を勝手に慮り上機嫌になった魔王は、そのまま言葉を続ける。


「色だ。うぬは霧なら見ることができるだろう? 少し違うが空気に色がついて見える」


 魔素ってやつはこの世界に滞留するエネルギーの一つ。モンスターを形成するまで俺には見ることができない。

 魔素は魔力の元にもなるというから、リサイクルされる循環エネルギーだと思う。仕組みを解明する気はないが……。

 

「ソウシー。イルカさんが進んでくれないよー」


 人が真面目に考えているというのに……。えむりんはついにイルカの背に乗っかることに成功し、右手をあげてイルカの背中をペシペシと叩いている。

 馬と違うんだから、そんなことしても進まないって。

 例え進んだとしても、そいつは俺から離れることはない……はず。

 

「む。そこに何かいるのか」


 魔王がえむりんへ目を向ける。

 

「うんー。イルカさんがいるのー」

「ほう。余に見えぬとなると……外なる者の仕業であるか」


 魔王がしれっと言ったが、これは大きな情報だぞ。

 「外なる者」って女神のことだよな。


「イルカはおそらく女神が作成したものです」


 魔王へ事実を告げると彼は顎を引き低い声を出す。


「やはり女神は外なる者だったか。あやつは世界のことわりを改ざんしたのだな」

「つまり、女神はこの世界の女神ではないと」

「然り」


 いろいろ見えてきたぞ……。

 魔王は世界の理ってのを「改ざん」したと言っているってことは、逆に言うと彼は世界の理をなんらかの手段で知ることができるってことだ。

 でないと、「改ざん」されたかどうかなんて分からない。

 ここで一つ、確認しておきたいことがある。

 

「魔王さん、あなたは『世界の理』を知る手段をお持ちなんですね。女神のように改ざんは行わないのですか?」

「然り。やろうと思えば改ざんを行うことはできるかもしれぬが、そもそも理とは触れるべきものではない」


 俺に分かりやすい言葉に変換すると、この世界の理ってのは要するにシステムみたいなもんだ。

 この世界の者ではない侵入者たる女神は、世界のシステムに触れ、内容を書き換える力を持っていた。

 いや……それは早計かもしれない。内容を書き換えるにって表現は微妙だな。

 少なくとも女神は、この世界のシステムをどうにかしてイルカや俺に与えた家具などを作り出す力を持つことは事実である。

 しかし、それは世界のシステムを根本から書き換えるものなのか、世界のシステムへアプリ的なものを外付けしているのかは不明。

 だから、改ざん(内容を書き換える)って言い方は的を射ていない可能性が高い。

 

「ほう、その様子だと何かに辿り着いたようだな」

「はい。かなり見えてきました」


 少し複雑になってきた。

 世界だとかシステムがとか考えるから煩雑になるんだよ。

 身近なもので例えれば話は分かりやすく考えることができるはず。

 今は持っていないが、スマートフォンを例にすると世界ってのはスマートフォンで、電話したりメールしたりできるようにスマートフォンにはOSってのが入ってる。

 これが世界のシステム。

 スマートフォンにはOSをベースにして、アプリを入れることでメールや電話、ソシャゲなどができるようになる。世界のシステムにはもちろん様々なアプリが入っている。

 で、俺の予想だが女神はOSそのものを書き換えるのではなく、ダウンロードで入手できるアプリを作ってスマートフォンに突っ込んだイメージだ。

 

 OSそのものを書き換えてしまうと、下手したらバグで世界崩壊となりかねないからな。

 だから、女神はOSの仕様の範囲内でアプリを作って実行するわけだ。なので、やれることには制約がある。

 

 なるほど。なるほど。だいたい分かった。

 パズルを解いた時のような達成感で口元がにやついてしまう。

 

「その顔は何か分かったのだな」


 ニヤリと微笑む魔王へ対し、俺も同じように口元をニヒルに上げる。

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