第42話 王子の手紙


 王子の動揺は見ていられないほどだった。


まあ、あの王宮でたった一人のかわいい妹で、たった一人の味方だったのだから当たり前か。


心のオアシスとでもいうのか、俺もほんとに彼女の顔を見るだけでもほっこりした。


その彼女が他国へと嫁ぐ。


そんな情報を聞いて狼狽えないはずはない。


 俺は元の世界の姉を思い出す。


俺なら、姉が結婚するとなると祝福しかないなあ。


相手が新しい兄になるのだから、良い人なら尚いいけど、姉が好きになった人なら誰でもいいや。


幸せになって欲しいと思う。


 でもこの世界は違うのだ。


王族という立場が、というべきかな。


アリセイラ姫はおそらく王族としての政略結婚というやつなんだろう。


軍事国家である北の国は、この国にとっても大切な後ろ盾だったり、交易国だったりする。


攻め込まれないためにも、関係を良くしておく必要がある国なのだ。


もし、ケイネスティ王子が王太子になっていたら、立場は同じだっただろう。


良く知りもしない女性と、国のために結婚するのだ。


そこには恋愛感情なんてない。




 俺はふと黒髪の姫君を思い出した。


顔の半分を占める青黒い痣のお陰で暗い顔をしていた少女。


でも彼女は俺から見るとすごくきれいでやさしい雰囲気の女性だった。


魔力の高い王子から見ると、やはりオーラというか、そういう身体から滲み出るモノが他の人とは違うらしい。


『アリセイラもそれを知っているから彼女と友達になったのだろう』


ただ暗い顔の少女を慰めようとした訳ではない、ということか。


 彼女も南にある隣国の姫だ。


いつかは同じように政略結婚で嫁いでいくのだろう。


その相手がやさしい人ならいいな、と思う。


政略結婚の時点であまり期待は出来ないけど。




「まだアリセイラ姫のことで落ち込んでいるのですか?」


執務室の椅子でぼんやりしていると、眼鏡さんが声をかけてくる。


妹姫の婚約が王国内に正式に公表されて十日以上経った。


今は王都に続々と祝いの品や、婚礼に必要な物が準備されている頃だろう。


その緩やかな喧騒は、アリセイラの成人の日まで続く。


「落ち込んでいる訳ではないです」


俺は文字板に書く。


「ただ、お相手がどんな人なのか、気になるだけです」


西領の斡旋所の所長は「出来た男」だと言っていた。


「色男」であまり強そうではないらしい。


「ああ、確か、ご領主様が王都へお送りになった魔獣を買い取ったのが彼のようですよ」


予想はしていたけど、やはりそうだったのか。 俺は眼鏡さんの顔を見る。


「幼い頃から、たまにお忍びで魔獣狩りを見学に来ていたらしいです。 狩りがお好きな王太子様なのですね」


うお、何それ。 もしかしたら魔獣狩りを続けていたら会えたかも知れないってことか。


だけど今では魔獣狩りはやってない。


「どうすれば会えますか?」


文字板に書きながら、俺は他国の王子とこっそり会う方法を考えていた。


「手紙を送ってみられたらいかがでしょう?」


そうか。 俺は王宮へは手紙は出せないけど、他へは出せるのか。


「例えば、ドラゴンの素材を婚約のお祝いに贈りたいとでも書いてみるのは如何でしょう?。


王太子本人宛でなくても、おそらく本人が飛んでくるんじゃないですかね」


他国の国王に贈られた魔獣の素材まで欲しがった王子だ。


その可能性は高い。




 その夜、王子はノリノリで手紙を書いている。


『隣のノースターの領主として、ご婚約の祝いを献上したい。


つきましては、我が領にお越し願えないでしょうか、と。


いや、王太子に対して来てもらうのはおかしいかな』


「あのさ、王子。 相手の王太子様に会ってどうするの?」


『え?』


考えてなかったのか。


「自分の思ってた感じと違うってなっても、反対することも出来ないよね?」


気に入らない相手だからと婚約を止めさせる訳にもいかないのだ。


『だ、だから頼りないヤツだったら私が何とか力を貸して、だな』


隣の国と言っても、今まで交流が無いので、領地の利益にも繋がらない。


『交流。 そうか、うちの領で独自に交易が出来ないかな?』


「は?、そんなことしたら国に睨まれるよ」


俺は呆れた。 なんか、いつもと逆じゃね?。


『別にこっちから頼まなくても、向こうが欲しいモノはこっちにあるんだ』


いやいやいや。 それでもノースター領には他国と勝手に交易する権利などない。




 一年の半分以上を雪に閉ざされる北国。


ドワーフたちは地下に住み、人間たちはその地下と地上の土地を使って生活しているそうだ。


当然、食料が一番の貴重品だ。


彼らは西領の港町や王都の港から食料を仕入れている。


「そうか。 西領で取引すればいいのか」


今ならノースターも他領に売るほど農作物が採れるようになった。


ちょっと邪魔臭いけど西領の次男と話をしよう。


向こうにも利益の一部を流してやればいけそうな気がする。


「王子。 王太子には西領に来てもらって、こちらの交易品を西領を通じて買い取ってもらおう」


『こちらから西領に売って、西領が正規の手続きで出荷するわけか。 なるほど』


 俺は西領の元領主のご老人に手紙を書くことにした。


長男はアレだったけど、あのご老人はまともそうだった。


この際、和解しておくのも必要なのではないかと思う。


 俺は個人的に配達の仕事で何度も出入りはしているが、あれ以来、西領の領主からは一切接触は無い。


新しい領主も挨拶の手紙が来ただけで、どんな人物なのかも知らない。




 しかし、どうしてこうなった。


俺はただアリセイラ姫の婚約者がどんな男か知りたかっただけなんだけどな。


普通なら地方の一領主が王族の婚姻に関わることなんてない。


まして王子は王宮の者たちから見れば要警戒人物になっている。


 王妃を死なせて、その子供にも虐待まがいのことをして来た。


そんな王宮の者たちは王子の復讐を懸念しているだろう。


健康になった上に、魔術の才能があり、領地も繁栄。 そりゃ警戒するよな。


大っぴらに邪魔をしてこないのは国王や宰相様が抑えているからだろうと思われる。




 俺たちは何度も西領と北の国との間で手紙のやり取りを繰り返した。


最初は側近同士から始め、ようやく西の港町の公館での謁見の約束にまでこぎつけた。


秋になり、王子は十八歳になっていた。


 まずは港町に出向いて、西領の領主との会見が行われる。


「ノースター領主ネスティ侯爵様。 その節は本当にご迷惑をおかけした」


ご老人は俺に対して丁寧な礼を取る。


こっちが恐縮してしまうくらいだ。


王子も丁寧に礼を取った。


「こちらが私どもの次男で、現在の領主となります」


陽に焼けた顔をした海の男という風貌の、大柄な男性だった。


瞳は輝き、白い歯を見せて笑顔でこちらを見ている。


「いやあ、うれしいな。 ネスティ侯爵様は気難しいかただと聞いていた。


兄のことで迷惑をかけたもんで、こちらから伺うのは気が引けてなあ」


田舎の気の良い兄ちゃんという感じの、開けっ広げな性格のようだ。


嫌いになれない、得な人っぽい。




 俺の代わりに眼鏡さんが説明してくれる。


気安い息子の態度にご老人は少し眉を寄せているが、気の良い兄ちゃんはウンウンと頷いている。


「んじゃ、イトーシオの王太子様が来た時に、こちらから渡す交易品にノースターのモノを混ぜればいいんだな?」


「はい。 こちらですでにイトーシオ側には目録を送っておりますので、一度それらを西領で書面上、買い取っていただいて、向こうに交渉済みの代金で引き取ってもらいます」


金額は上乗せ済みなので、差額が西領の取り分になる。


「金じゃなく、物との交換ということになるとどうなるんだ?」


次男は、ただの気の良い兄ちゃんではなかった。


「それに、こっちが買い取った後に向こうが拒否したらどうなるんだ」


ふむ、さすが領主だな。


「売買はこの西領の公館にて、三者立会いで同時に行います。


我が領が品物を用意して、まず西領とはその書類をお互いに交換する。


向こうには代金を用意してもらい、納得の上で書類に署名してもらいます。


品物はそのままイトーシオへ、代金はノースターへ、その一部は手数料として西領にいく。


その時に代金の一部を品物で提示されれば、それは代金から差し引きされますね」


国と国との取引ではない。


王太子個人との取引になる。


途中でどんな無茶を言い出すかは分からないので、ある程度は予想しておいた方がいいだろう。


西領の代表と俺たちは、色々な場合を考えて手を打っておかなければならなかった。


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