第37話 王子の配達


 冬の間滞在することになったクシュトさんの元部下は、名前をラトキッドさんという。


王宮でブラブラしていた時、その見た目と剣の腕のギャップを認められて諜報にスカウトされたそうだ。


「キッドでーっす」


チャラ男でいいか。


 彼が馬車で曳いていたのは、まさに屋台だった。


「簡単なクッキーとかでも、田舎じゃ喜ばれるからね」


その屋台で作って、作りたてを売っている。


材料は王都からの仕入れなので、無くなると仕入れに戻る。


その時に色々と情報交換し、また指定された場所へと旅に出る。


常に新しい料理や味を求めて彷徨い、時には料理対決もやる。


「負けたーって思ったのは初めてっすよ」


味ではない。 俺の作戦勝ちだとチャラ男は笑っていた。


「あのお菓子。 俺も作っていいっすか?」


もちろんと頷いておいた。


彼ならきっともっと美味しいアップルパイにしてくれるだろう。




 ハシイスは先輩にあたるチャラ男から鍛えられることになった。


冬の間、雪の中でチャラ男に鍛えられるハシイスを何度も見かけた。


「俺たちも負けてられないな」


『そうだな』


俺と王子はその間、夜になると転移の魔法の試験を繰り返していた。


魔力が無限に使えることが分かったので、大量に消費する転移魔法陣を使うことに躊躇いがなくなったのだ。


 雪が溶ける頃に、チャラ男はまた旅立った。


そしてノースターの町のあちこちではアップルパイのようなお菓子が出回るようになっていた。




 春が近づいたある夜、館の中が警護を残して静まり返る頃。


俺は寝室で、転移魔法陣の描かれた布を取り出す。


「これ、どんな形にしてもいい?」


俺たちはこれから転移魔法を使って、少し遠出をする。


『うん。 どうせ使わない時は魔法収納の鞄に入れておくからね』


魔法陣が描かれているのは、紙ではなく、形を変えることが出来る特殊魔法布だ。


俺はそれを、魔法の杖に変化させた。


「おお、魔法使いっぽい」


なんて喜んでいたら、王子からは子供っぽいと不評だった。


「じゃあ、真っ直ぐな棒で、真ん中で二つ折りになってー」


『ん?、以前作ったコンパスとやらに似ていないか?』


やっぱ王子は鋭いわ。


「地面に描いても有効なのが分かったからね。 その場で描き捨てにするならこれも有りかなと」


『しかし棒だけというのもなあ』


「いいからいいから」


そのうちまた考えよう。


とりあえず二つ折りになる背丈ほどの長さの棒に変化させておく。


王子は魔法陣となると毎回やり過ぎるから、今回はこれで手を打ってもらう。




 俺は荷物からフード付きの膝下まである長いローブを取り出す。


そのローブには王子が<気配遮断><耐刃強化><耐魔法強化>などの魔法陣を描きつけている。


<防水・防汚><適温調整>はいいとしても<消臭><使用者指定>は明らかにやり過ぎじゃね?。


あまりにも自重しないで描き込んだため、ローブの裏は魔法陣だらけになった。


 このローブは王都の庭師のお爺ちゃんからの成人の贈り物だ。


中古で見かけは地味だが、しっかりとした縫製で魔法陣をいくら描いても負けない強さがある。


「あの人、ほんっとに何者なんだろうなあ」


ただの庭師じゃないのは確かなんだけど。


まあ、ありがたく使わせてもらおう。




 まずは転移魔法を使う原則として、自分が帰還出来る場所を指定する。


緊急時、どこにいても飛んで戻って来られる場所を覚えておく。


目を閉じた瞼の裏に一瞬、王宮の小屋が映ったけど、今はもうどうなっているかも分からない。


とりあえず、この部屋を指定して覚えた。


「行こう」


まずはあまり遠くない場所から。


 館の外塀には最近、鉄製の門扉が出来た。 


手に持った棒に魔力を注いで<発動>させ、門扉の外側へ飛ぶ。


特に問題もなく、目を開くと門扉が背後にあった。


すぐに石塀の影に隠れる。 外灯は無いが、見張りがいたら見つかるところだった。


「危ない危ない。 飛ぶ場所も考えないとな」


覚えている場所なら飛べるが、今現在そこがどうなっているかは分からない。


障害物がある場合は避ける仕様にはなっているが、人目につくかどうかはまた別の問題なのだ。


 次は町中へ飛ぶ。


今なら広場は無人のはずだ。


発動時に目を開いていると、何故か気持ちが悪くなるので、閉じることにしている。


足元がふわりと浮く感じがして、気が付くとちゃんと足元が固くなっていた。


目を開くと、薄ぼんやりとした外灯が残る街角に一人立っていた。


「ああ、ここじゃあ昼間は使えないな」と学校の建物の影に移動して、そこを記憶した。




 そして今日の一番の目的地を目指す。


いつか行けるようになるだろうと、目印に地面に杭を打ち込んでおいた。


短いが、誰かが引っかけて転ぶことがないよう、地面に埋め込んでいる。


目を閉じ、それを思い浮かべる。


 目を開くと足元にその杭があった。


「良かった。 成功だ」


俺は顔を上げる。 目の前にある建物を確認した。


南領の仕事斡旋所。 俺は今、その裏手にある訓練所のような場所にいる。


明かりは無く真っ暗だが、既に<暗視>は発動済み。


ごくりと息を飲む。


赤いバンダナを取り出し魔力を通すと、鳥に変形し、俺の肩の上に乗る。


「行ってみようか」


鳥が、王子の爽やかな声でしゃべった。




 斡旋所は深夜まで営業している。


しかしここは田舎のため、夜中に人がいることはほとんどない。 確認済みである。


 キィと小さく音を立てて扉が開く。


受付に半分眠そうな若い男性が座っている。


俺は横目でそれを見ながら、壁に貼られた募集の紙を見に行く。


お届け物の仕事を中心に見ていった。


やはり知らない地名が多いし、南領の中だと知らない場所ばかりだ。


「あ、あった」


つい小さな声が出てしまう。


心の声まで鳥がしゃべらないようにしないといけないな。


 


 俺が探していたお届け物は、商店や斡旋所などの施設間の文書配達だ。


同じ店でも他の領への急ぎの文書だったり、斡旋所などの公的機関には定期文書というのがある。


それを自分たちが移動出来ない場合に、同じ方向へ向かう信頼出来る物に預けるのだ。


この場合は相手もいつ届くか分からないので、夜中のお届けでも問題なく受け取ってくれる。


 俺は募集の紙を壁から外す。


それを持って受付へ向かった。


「これをお願いします」


受付の男性が眠そうな表情のまま、顔を上げる。


深くフードを被り、全身をローブで覆った背の低い男が目に入っただろうか。


それとも肩に乗る珍しい黄色い鳥に目を奪われただろうか。


一瞬きょとんとしていたが、俺が差し出した紙を受け取る。


「王都の斡旋所行き?。 いいけど、五日以内に頼むよ」


普通に馬で向かっても、ここから王都は三日ほどの距離だ。


依頼の期日に失敗すると、しばらくの間仕事が受けられなくなる。


「ええ。 分かっています」


「じゃあ、カード出して」


俺は王都の斡旋所で作ったネスティという名前の登録カードを取り出す。


 このカードを使うのも久しぶりだ。


受付の男性は「大丈夫なの?」という目で俺を見ている。


だが、俺のカードには王都での仕事が記録されているはずだ。


「ふむ、王都に住んでいたのか。 細かい配達の仕事で実績があるみたいだな。


まあいいだろう。 気を付けてな」


邪魔臭くなったのだろう。 眠気もあり、早く終わらせようとしている。


男性は配達する文書と、届け先で受領をもらう伝票を渡してくれた。


「はい。 では行ってきます」


俺はそう言って建物を出た。


裏に回り、他に気配がないことを確認して、先ほどの場所で転移魔法陣を発動する。




 俺はそのままノースターの館に戻った。


斡旋所間の文書は、定期連絡用でそんなに重要な案件は無かったはずだ。


この文書をすぐに届けたら早過ぎるので、届けるのは明日の夜にする。


俺は忘れないように鞄にしまって、本日の配達の仕事はこれにて終了です。


お疲れ様でした。 ぐぅ。


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