第33話 王子の祝福


 リンゴの苗は、頼んだ十日ぐらいで数本届いた。


これで実験してみようと思う。


 俺は自分の部屋から見える位置に、苗を持って行く。


昨夜のうちに王子に魔法陣を見てもらっている。 これを苗に植える場所に描く。


そう、地面に直接描くのだ。


「これを持ってそこに立っててね」と御者の助手くんに、先端に紐の付いた棒を持たせている。


その紐をつけた棒の反対側にも棒。


それを持って俺は助手くんの周りを回る。 つまりコンパスだ。


そして、二回目は少し紐を短くしてもう一度回る。


二重円の完成だ。


(王子、これでどうかな?)


『いいんじゃない?』


苗木の分だけ二重円を描く。



 

 子供たちが俺を見つけて駆けて来る。


「何してるのー?」


「ダメだよー、チビたちー。 魔法かけてるからねえ」


助手くんの魔法という言葉を聞くと、子供たちはビクッと止まる。


おとなしく離れて座った。


 時間はかかるが地面に描いた二重円の真ん中に属性と方向を図形で入れる。


属性は<土魔法>、方向は<木の苗>。


二重円の中は呪文だ。


<根付き><大きさ二倍・実><甘さ二倍・実><防虫防病>


これでどうかな?。


少しずつ呪文を変えたものを魔法陣に書いていく。


<発動>


魔法陣は一瞬輝いて、土の中に吸い込まれて消える。


「よーし、植えるぞー」


俺は用意していた文字板を掲げる。


わあーっと子供たちが手伝ってくれて、何とか日暮れまでには終わる。




 ある夏も近い日の夜、王子はいつものように魔法陣を描いている。


王子の魔力検査魔法陣はかなり独特になったようだ。


「なんか見るからに複雑なんだけど」


『そうかな?』


「何が分かるの?」


『魔力量だよ。 んーっと、あと得意な魔法属性』


それにしては複雑過ぎだろ。 俺は王子と一緒に勉強してたから分かる。


『年齢と、性別と、出身地と、犯罪歴とー』


何やってんの。


「王子、いい加減にしなさい」


『ごめんなさい』




「そういえば、『王族の祝福』って何?。


単に王族と認めて、王位継承権があるってことだけ?」


『うーん、確か』


王子は部屋を出て執務室へ向かった。


真夜中のため、部屋は真っ暗だ。


魔道具の明かりが点き、本棚から古い書物を取り出す。


 その場で本を開きだすと、ガストスさんが入って来た。


俺は「何でもないよ」と笑顔を向ける。


ガストスさんと二人っきりも久しぶりだ。


「何を探してるんだ?」


王子が見つけたらしく、そのページを開いた。


「『王族の祝福』って何かなと」


文字板は持って来なかったので、そこら辺にあった紙にそこら辺にあったペンで書いた。




 昔、この地に居た神は、


 その神を崇拝する民に守られて静かに暮らしていた。


 ある日、遠い土地から野蛮な民族がやって来た。


 善良な民族は野蛮な民族から自分の崇拝する神を守るため戦った。


 しかしそれまで静かな暮らしをしていた者たちには争いごとは難しく、


 多くの死者を出し、残った人々は散り散りになり、町も小さくなって細々と暮らすことになる。


 それでも野蛮な者たちは何度も襲ってくる。 


 民は神に願った。 野蛮な者たちを倒す力が欲しいと。


 神は王族の中から自ら認めた勇者に祝福を与え、野蛮な民族を力で滅ぼした。


 その時、勇者と神との間に契約が生まれ、それは『王族の祝福』と呼ばれた。




 俺は首を傾げた。


「これは神話ですね。 実話ですか?」


俺の文字を読んでガストスさんが渋い顔をしている。


「何せ古い話だからな。 これが実話だと誰も証明出来ん。


だが、今なお神殿では王族は祝福を与えられる。 それが証拠といえば証拠だな」


「実話ですよ」


俺とガストスさんがびっくりして振り返る。


執務室の簡易ベッドで寝ていたらしいパルシーさんが起きて来た。 


「私は神官の資格も持っていますので、これはさんざん聞かされた話です」




「何をお知りになりたいのですか?」


パルシーさんが眼鏡をかける。


「『王族の祝福』って何かなと」と書いた紙を見せる。


「高位の神官しか知りませんので、決して誰にもお話になりませんように」


眼鏡さんはそう前置きした。


「神は、王族に流れる血を判別出来るそうです。


その血を持って契約が成されているからだと言われています」


なるほど、と俺とガストスさんが頷く。


「そしてその者が善良な魂を持っていると判断すると『王族の祝福』を与えます。


将来、王位を継ぐ者としてね」


どんなに血が濃くても、その者の持って生まれた気質というものがある。


王位に相応しくないと神様が判断すれば、王位継承者から外れるのだ。


「そんなの、子供なんだから分からないじゃないか」


俺はプリプリ怒った文字を書いて反論した。


「ええ、ですから、最初から決めつけることは無いようですよ。


様子を見るということでしょうかね。


王太子として認める時、国王として即位する時、その度に神様から神託をもらうのです」


それを無視すれば、遠くない未来に王族は滅ぶといわれている。


「神様に見放されるのですから当然です」


俺は釈然としない気持ちになる。




「でも『王族の祝福』は絶大な力を持っていますよ」


「え?」と俺とガストスさんの気持ちが一つになる。


「『王族の祝福』は神に王族と認められた印ですので、魔力が必要な時に神様から借りられるのです」


良く分からない。 借りるってどういうこと?。


「例えば、戦争になった場合、王族だけは魔力を切らすことがない」


無限に回復魔法で人々を癒し、無限に戦闘魔法で戦い続ける。


「いやいやいや、そんなの人間の身体じゃ無理でしょ」


俺やガストスさんはそう思って苦笑いを浮かべているが、俺の中で王子が震えている。


『今の私なら出来るかも知れない……』


うお、王子なら有り得るかあ。


「まあ、自分一人なら無理かも知れませんが、例えば王族が何人もいたり、魔術師団に魔力を分け与えたり出来れば可能かも知れませんね」


そういえば、『王族の祝福』を受けられるのは一人ではない。


王族の血を引いている事と、善良なる魂があれば受けられる。


そして、国王に何かあった場合のスペアとなるのだ。


眼鏡さんは淡々と話すが、俺は戦争の話なんて、これ以上王子に聞かせたくなかった。


「ありがとうございました。 もう寝ます」


そう書いて部屋を出る。


その時、その場で書いた紙はすべて持って来た。


誰にも見せるわけにはいかなかった。




 寝室の部屋の扉を閉める。


俺はバクバクとする心臓を抑えるように胸に手を当てた。


無限に使える魔力だと?。


俺は手の中の紙を細かくちぎりながら考える。


そんなものがあったら、確かに王子は無敵かも知れない。


だけど、それを知られたら、王子は殺人兵器になってしまいかねない。


考えろ、王子をそんなものにはさせない方法を。


元の世界でも、便利なものは大体軍事目的で開発されたり、転用されたりしていた。


王子の魔力だって、他にいくらでも使い途はあるはずだ。




「王子、王子、これはチャンスだ」


『なんだ、それは』


「あ、良い機会だってことだ。 俺にはこの話は王子の可能性を広げたと思うぞ」


俺は壁に背を預けて、ずるずると座り込んだ。


明かりも点けず、俺は窓からの光だけに目を凝らす。


俺たちの未来のような闇をじっと見つめる。


「王子の身体は魔力が無限だということだろう?」


『王族の祝福』がある限り。


『それがどうかしたのか。 俺はそんなものいらない』


俺は落ち着けと言うように、何度も深呼吸を繰り返す。




「王子、魔力が足りなくて使えなかった魔術が使えるようになる」


王子が、あっと息を呑む。


「好きなだけ魔術を使えるんだ。 転移魔法だろうが、念話魔法だろうが」


俺の言葉に王子の気分が高まるのが分かる。


「魔法陣帳だって、いくつだって作れる」


持ち歩いている魔法陣帳は、王子が作成時に魔力を込めている。


 今までは魔力が尽きることを心配して、あまり何度も使えなかった。


大きな魔法を発動すると、やはり王子の気力には負担がかかる。


でもそれは俺がいることでカバー出来る。




『ククク、一番嫌な血が、私のやりたいことをやらせてくれる』


自嘲気味の王子は俺は好きじゃない。


「王子、検証しよう。 本当かどうか、確かめるんだ」


『ああ、そうだな』


明日から忙しくなるぞ。


俺は王子に、やりたいだけ魔法をやらせてやるんだ。


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