第28話 王子の策謀


 狼煙の種類は色で分けられ、獣は灰色、猛獣は黄色、そして魔獣は赤だ。


しばらくは灰色が続き、解体作業所には様々な獣が運び込まれていた。


俺たちは赤い狼煙が上がらなければ出番はない。


作業所の横に作られた豪華なテントで待機のままだ。


「おやおや、なかなか立派な獲物じゃないかえ。 今年は森も豊かだったと見える」


西領から来た魔術師の老女がニヤニヤと笑う。


 俺が赤い魔獣を狩ったのはまだ春の頃だった。


その脅威が無くなったせいか、今年は森に獣が多いと猟師たちは喜んでいた。


獣に関しては、なるべく危険なもの、数が多くなり過ぎると困るものを狩るようにお願いしている。


まだ子供だったり、無害なものは狩る必要はない。


 実質的に狩りに入っているのはノースター領の猟師たちだ。


兵士や傭兵たちには補助や護衛として、彼らに従うように伝えている。


ガストスさんが睨みを効かせているので大丈夫だろうと思う。


(王子、魔力の変化は見える?)


『いや、今のところは特に問題はない』


早朝から始まった狩りは、この分なら午後早くには十分な数が狩れるだろう。




 昼近くに一度黄色い狼煙があがり、大きな灰色の熊が討たれた。


軍の運送兵が大人数で運んできて、歓声が上がっていた。


「ふんっ。 こんな獣くらいで。 俺たちはドラゴンを狩ったんだぞ」


西領主の息子は鼻息を荒くして作業所の誰かに自慢していた。


俺はチラリとそちらを見る。


あの男性の側にはハシイスが控えている。


 王都から国軍と共に戻って来たクシュトさんとハシイス。


ゆっくりと話を聞く暇は無かったが、ハシイスは自ら前線ではなく、俺の側を希望した。


そして、俺はハシイスをあの西領の息子に付けたのだ。


当然、彼の護衛もいたが、彼らは狩猟のほうに行かせた。


欲深い息子は、少しでも獲物の利権を得るためにそれを了承したのである。




「そういえば、お名前を伺っていませんでした」 


俺は申し訳なさそうに西領の息子に文字板を見せる。


パルシーさんは魔獣狩りの間、集計などの裏方で館のほうが忙しい。


代弁してくれる者が側に居ないため、どうしても筆談になる。


俺が文字板を書いていると、息子は苛ついたような顔でそれを見ていた。


「知らなかったのか、私は西の領主の長子でアスクだ。 それくらいは覚えておけ」


王子と知っていてもこの態度である。


俺のほうが下手に出ているので偉そうにしている。


ハシイスや俺の私兵たちが眉をひそめているが気にするそぶりも無い。


「ご兄弟はいらっしゃるのですか?」


と俺が書くと、はっきりと嫌そうな顔をした。


「ああ、人に取り入るのがうまい弟がいる」


それは知っている。 西のご老人はどうやらこの次男のほうを跡取りとしたいようだ。


ノースターにちょっかいを出していたのは、長男をこの町に押し付けようとしていたらしい。


「だが、私にはあいつにはない魔術の素質があるのだ」


俺の眉がピクリと動いた。


「だからこの町の代官だった伯父も、私の才能を買ってくれて、この町の代表の、代理にー」


最後のほうは尻すぼみになったが、なるほど、ここであの代官が出て来るのか」




 俺は魔術師の老女に顔を向け、ニッコリと微笑んだ。


「あなた様のような魔術師が付いていらっしゃるのですから、アスク様はたいそう魔術がお得意なのでしょうね」


文字板を見せると、老女はヒェヒェヒェと気味悪い声で笑う。


俺の側に寄り、顔を近づけ「あれは馬鹿だから一つしか覚えられんかった」と言う。


俺は笑顔を崩さず、老女を見つめる。


「身を守るためと言って覚えたのは<風切り>じゃ。 剣いらずじゃからな」


ゾクッと俺の背中に寒気が走った。


「そうでしたか」


俺は一旦話を切り、お茶を用意させると、もう一度、老女に話を振る。


「そういえば、あなた様も一昨年は前線に参加されていたとか?」


遠距離攻撃をしていた魔術師が生き残ったと聞いた。


「ああ、危なかったがのお、命辛辛逃げ切ったわい。


わしゃ、何度もこの祭りには来ておるのでな、逃げ方もちゃんと心得ておるのじゃ」


「でもあなた様は、あの魔術師マリリエン様のお知り合い。 きっと討伐に力をお貸しくださったのでしょう?」


ゆっくりと文字板に書き、出来るだけ見易いように老女の顔に近づける。


老女は少し顔を顰めたが、すぐにまたいやらしそうな笑顔になった。


「ふむ、わたしゃあんな女よりももっとうまく魔術を使えたんじゃ。


だが、あの女は王族にうまく取り入って、宮廷魔術師に納まりおった」


そう言って、肩掛けの鞄からするりと身の丈ほどの杖を取り出した。


異界の狭間で魔術師のお婆さんが持っていた杖に似ている。


「わたしゃこんな田舎で終わる魔術師じゃないんじゃ。 あの女がいなくなればきっと王宮から声がかかるじゃろう」


老女は腰を伸ばし、胸を張る。


俺は王子の天使の微笑みをずっと発動している。


「私も王族の一人。 あなた様のようなかたが側にいてくださって安心です」


文字板を見た老女が、王子のことを知らなかったのか、目を見開いて驚いた。


「な、なんじゃと。 任せておけ。 わたしゃ防御魔法が得意なんじゃ」


俺は、頬を染める老女を冷笑で見つめていた。




 一旦、昼休憩を挟むが、それぞれが持ち場で食事を取るため、もちろん森に入っている者は携帯食をかじっているだろう。


俺たちは館に戻って食事を取る事になっている。


「ご領主様、支度が出来ております」


玄関前で眼鏡さんが優雅に礼を取り、俺たちを案内する。


「さすが、王族に使える者じゃな」


老女が我が事のように自慢げに頷く。


 子供たちや私兵は全て出払っている。


働いている者たちに弁当やお茶などを配りに行った。


ついでに状況の把握もお願いしている。


今、館にいるのは俺と側近の眼鏡さん、西の領主息子と魔術師、南の騎士と回復役と従者。


あとは給仕の手伝いをしてくれているおばちゃんとハシイスなど新人の私兵たちだ。




 俺は食事と共に、蜂蜜酒を出す。


王都のおばちゃんが俺に送ってくれたものの一部だ。


おばちゃんは王宮でガリガリの子供だった王子の印象が強すぎて、未だに珍しいお菓子や子供用の飲み物を送ってくれる。


「お酒というよりも甘い飲み物ですが、特別に王都から手に入れた物です」


俺が書いた文字板を、私兵の新人が見えるように掲げてくれる。


本来は、本当に酒を飲み慣れない子供用で、酔うことなどない。


だがこれは違う。 酔うことがない俺用の蜂蜜酒なのだ。


俺は客たちがそれを喜んで口に運ぶ様子を黙って見ている。


もちろん俺も飲む。 だけど俺にとっては、本当にただの甘い飲み物でしかない。




 午後からも順調に狩りは進む。


「この様子なら、魔獣は狩れなくても、今日一日で十分な成果が得られるでしょう」


ガストスさんの顔はまだ緊張している。


今日はこのまま獣の狩りだけでもノースター領としては十分に利益がある。


獲物が不足する場合は翌日も続けたり、魔獣の出現で被害者が多く出た場合は途中で終了となったりする。


今回、俺としてもこのまま無事に終わることを祈っている。


(本当に何もないほうが良いに決まってる。 だけど)


ハシイスを見る。 西領の息子の護衛に立ちながら、不穏な空気を漂わせる未熟な少年を。


「どうれ、そろそろわしも前線を見て来ようかの」


魔術師の老女が立ち上がった。


「どうなさいましたか?。 何も魔術師様がお出になるような獣の知らせは来ておりませんが」


俺が止めるように文字板を見せる。


「いやいや、このままでは其方にわしの勇姿を見せられないからの」


どうやら、俺に自分の力を誇示しようとしている。


「どうか、ご無理はなさいませんように」


俺は無理には止めない。


予想していた展開なので、あとは任せる、と静かに頷く。


 俺の後ろから黒い影が動く。


以前は感じることも出来なかったが、やはり慣れなのか、俺はクシュトさんの気配を感じられるようになっていた。


解体作業をしていた私兵を一人案内に付け、老女を前線へと送り出す。


蜂蜜酒で気分が高揚した老女は、足元をふらつかせて歩いて行く。


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