第26話 王子の成人祝い


 秋に入り、王子は十五歳になった。


俺は密かに王子と二人で祝杯をあげた。


宰相様が来た時に王子にと持って来た荷物の中に、高そうな酒があったのだ。


俺は、王子の身体が酔わないことを知っているので、のんびり酒の味を楽しむ。


他人から見れば、寝室で一人寂しく飲んでいるだけの姿に見えるかも知れない。


だけど俺と王子は、王子の魔力の部屋で並んで座っている。




「王子、俺、本物のドラゴンが見たい」


『危ないよ、ケンジ』


「分かってる。 でもどれくらい大きいのか、凶暴なのか。


それを知ってないと領民を守れないんじゃないかと思うんだ」


『そうかも知れないけど、どうやって見るんだ』


「東の砦に行って聞いてみる」


俺の案に王子は迷っている。


「この身体に傷は付けないよ。 見るだけだから」


今回は戦う気はない。 襲ってこなければ、だが。


 前回のドラゴンの強襲は、砦の警備隊なら調査しているだろう。


山脈の中にドラゴンの棲家があるのは分かっているはずだ。


『聞くだけ聞いてみようか』


「うん」


怖いもの見たさというか、ファンタジーのドラゴンしか頭になかった。


それが見られると思うと、俺は頬が緩んでいた。




 翌日、陽が昇る前に、俺は一人で馬で駆け出した。


クシュトさんは今、ハシイスを連れて王都へ出かけている。


私兵の要になっているガストスさんは毎日忙しい。


誰も俺には付いて来ないと思っていたら、御者の助手くんが付いて来た。


「だめですよ、ご領主様。 勝手に出かけては」


馬であとを追って来て、そう言った。 クシュトさんに見張りを頼まれていたそうだ。


「大丈夫、砦までだから」と背負っていた文字板を見せる。


「ではお供しまーす」


おいおい、マジか。


武力で抵抗しない分、ある意味、ハシイスよりも面倒な奴である。


 


 砦に着くと、俺は一旦温泉宿に入り、馬を預ける。


「お前はここにいろ」と助手くんに文字板を見せたが、彼は首を横に振った。


「報告しなきゃいけないので」


どうしてもついて来るつもりらしい。


 砦に入ると兵士が駆けて来た。


「あれ?、ご領主様。 どうしたんですか?」


「ちょっとお願いがありまして」とニッコリと文字板を見せる。


若い兵士はチラッと後ろの少年を見るが、彼もただ分からないと首を横に振る。 


 俺は上官に訊きに行こうとする兵士の腕をガシッと掴む。


そのまま引きずって兵舎の陰まで行く。


「な、なんだ」


俺はそのまま彼を引きずり倒し、その横の地面に文字板を置いて書く。


「内緒なんです。 誰でもいいんです、ちょっとだけ」


助手くんも同じ顔の高さにしゃがみこんで俺の手元を見ている。


「ドラゴンの棲家を知っていますよね?」


それを見た途端、若い兵士は真っ青になって俺の腕から逃れようとする。


俺はすでに身体強化を発動しているので、いくら兵士でも腕を外すことは出来ない。


「遠くからでいいので見せてください」


「ご領主様。 それはちょっとまずいっすよ」


助手くんが声を潜めて俺を止めようとする。




 俺は口を歪めて怪しい笑みを浮かべる。


「いいんですよ、別に。 あなたが案内してくれないのであれば、勝手に山へ入るだけです」


俺は遠慮気味に文字板に書いた。


本当はこんなことはしたくない。


だけど、今しか時間は無いんだ。


魔獣狩りの祭りの前に、俺は自分の目で、一番危険なドラゴンが見たかった。


「だ、だめです!。 絶対ダメです。 許可できません」


素人の少年がもしドラゴンを刺激してしまえば、また以前のようにドラゴンが町へ向かうかも知れない。


兵士の叫びに、俺は「残念です」と書いて立ち上がる。


彼がどこかに報告に行くのを見送り、俺はそのまま砦に入って、ポカンとしている兵士たちの間を抜ける。


「ご領主様。 ダメですってば」


叫びながら助手くんが付いて来たが、俺は他の兵士たちが出てくる前に国境を越える。


バラバラと後ろから足音が聞こえる。


「お前は戻れ。 知らん顔して砦で待っていろ」と書いて助手くんに見せる。


「嫌ですよ。 付いていきます」


やっぱりこいつは厄介だ。




 俺は魔法陣帳から一枚抜き出し、それを足元に置く。


かなりの大きさがある。


助手くんは不思議そうにそれを見ていた。


<脅威察知><気配遮断><完全防御・盾>


発動すると俺の気配が薄くなって、助手くんが慌てる。


「ちょ、ちょっと待って。 置いてかないでください」


無理。 俺一人でもやっとだから。


「ご領主様。 お待ちください。 待てって、坊主!」


隊長さんの声に振り返る。


 俺は最高に機嫌が悪い顔をしていたと思う。


それは隊長も同じだった。


「仕方ねえな。 分かった。 俺が行くから、そこのガキはどいてろ」


隊長は助手くんを下げさせた。


俺は頷いて、隊長にも<気配遮断>の魔法陣を発動させる。


そして、隊長が歩き出し、俺はその背中を追いかける。




「どういうつもりです?。 ガストスの野郎は何をしてるんですか」


俺はどうせ怒られるのは覚悟している。


だが、どんなに怒られても、私兵たちは魔獣狩りの準備中なので、すぐうやむやに出来る。


俺は爺さんたちから、そろそろ親離れならぬ爺さん離れ?、しなくちゃいけない気がしている。


成人を機に、それを少しずつ実行するつもりだ。




 隣国とを繋ぐ広い山道から外れ、細い道に入って崖を登る。


「あれだ。 見えるか?」


事前に強化しているのでかなり遠くでも見えるのだが、思ったより近い。


俺は低木に身を潜めたまま、黙って頷く。


 砦から山を一つ越え、山道の上の崖になっているところに横穴が見える。


「ニ、三年前に小さいが翼のあるドラゴンがあそこに棲みついてな」


どこか山奥に棲んでいたものが追い出されて来たのだろうと言う。


「一昨年のやつはここから飛び立ったと思われる」


ドラゴンなど大型の魔獣が砦を抜ける危険がある場合は、町へ警報が出る。


あの日もそうだった。 砦の人数では、どんなに装備があってもドラゴンには対抗出来ない。


「魔獣狩りの時期だったから良かったというべきかな」


多くの兵と猟師がいたために町への被害は少なかった。


 しかし問題は、この棲家にまだドラゴンが何頭かいることだ。


「少なくとも二体。 一昨年と同様のものともっと小さいのが見える」


親子だったのかな、という思いが胸を過った。




 俺は隊長に頷いて崖を下りる。


砦に戻る前に、今までの魔術を解除しておく。


隊長が大きく息を吐いた。


 砦の中にいた助手くんの側に行く。


軽い朝食をもらい、お茶を飲んでいた。 お前、何しに来た。


軽く肩を叩いて「もう少し待ってろ」と書いて見せる。


 俺はそのまま隊長室に入り、ドサリと客用の椅子に座る。


「あれが町に向かう可能性はありますか?」


それを書いた文字板を隊長に見せる。


俺は身体は小さいが、わざと足を組んで尊大な態度を取った。


お茶の指示を出して向かい側の椅子に座りながら、隊長は顔を顰める。


「今のところは無いとみている。 一体がまだ小さいのでな。


あれがもう少し成長すると棲家から出ることになって、どこかへ移り棲む。


その時に向かう方向が町ではないことを祈るしかないな」


「一昨年の被害は25人と聞いています。 あれはどれほど凶暴なのでしょうか?」


俺が書いた文字を隊長は苦々しい顔で見ている。


「あれが何故、人を襲ったのかは分からん。


ただ、あの棲家には小さいのがいた。


そいつの餌にしようとしたのではないかと考えられる」


魔獣狩りの季節には日頃姿を見せない魔獣が追い立てられる。


その気配がドラゴンをおびき寄せた可能性もあるようだ。


なるほど、と俺は頷き、「ありがとうございました」と書いて見せる。




「ご領主様は、あれをどうしたいので?」


俺は隊長の言葉に首を傾げる。


「いえ、何も害が無ければそのままです」と書く。


お茶を運んで来た若い兵士が、俺を睨んでいる。


ああ、さっき引き倒しちゃった人か。


「先ほどはすみません。 どうしても見たかったので」


俺は彼に向かって文字板を掲げた。


「昨日、成人した祝いなんで許してください」


ニッコリ笑ってそれを見せると、兵士は隊長の顔を見ながら苦笑いで頷いた。


「ご成人ですか。 それはおめでとうございます」


俺は助手くんに、馬に乗せている荷物を持って来てもらう。


「お騒がせしたお詫びです」と書いて、王都から宰相様が王子のために持って来た高い酒を一本差し出す。


「おいおい、こりゃあ相当高い酒だろうが。 なんでこんな物を。


まあ、ありがたくいただくが」


隊長の機嫌が一発で良くなる。


「出来ましたら、ガストスさんにも内緒でお願いしますね」


俺は、王子の天使の微笑みを発動した。


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