第23話 王子の決意


「まさか!」


ハシイスが立ち上がるのと、俺がその男性を拘束したのは同時だった。


「ネス様?」


俺が元職員のお兄さんの腕をねじ上げて取り押さえているのを見て、眼鏡さんが驚いている。


ガストスさんがすぐに側に来て、お兄さんを拘束したまま受け取ってくれた。


俺は文字板を持ち、お兄さんの前に座る。


「ハシイスのお父さんを殺したのは誰ですか?」と書いて見せる。


お兄さんは「知らない」と首を横に振る。


「ドラゴンの肉を横流ししたのは誰ですか?」と書く。


「私は何も知らないんだ」


お兄さんは激しく抵抗し、逃げようとするが、ガストスさんに敵うわけがない。


「西の港町のご領主様は、何というお名前でしたっけ?」


ニヤリと笑みを浮かべて文字板を見せる。


『悪魔の微笑みだ』


うるさいよ、王子。 あんたの顔でしょうが。




 ブルブルと震えるお兄さんは、今度は同情を誘うように訴える。


「わ、私は本当に何も知らないんだ。 ただ、あの代表の代理だと役所にのさばっていた男に聞いただけで」


「何を聞きましたか?」と書いた文字板を目の前に押し出す。


涙を流しながら、お兄さんは告白する。


「ドラゴンの肉は自分たちの正当な権利で、あの男が邪魔をしたから殺したと」


狩りの成果は一旦すべてノースター領の収入となり、そこから配られるはずだった。


その前に、どれだけの量が横流しされたのか。


 ハシイスがお兄さんに掴みかかろうとしてクシュトさんに抑えられた。


「誰の指示だと言っていましたか?」


俺の文字板から彼は目を逸らす。


「国の兵士はその時、いましたか?」「他の領から来た者はいましたか?」


何も答えようとしないお兄さんに、俺はわざと大きくため息を吐く。


「では、西の領主の単独での指示ですね」


そう書いて、ガストスさんに彼の拘束を解いてもらう。


あの代理はとても魔獣狩りに参加出来るような男性ではなかった。


その男性が知っているということは、彼の上にいた西の領主が話をしたということだろう。


お兄さんは、力なくペタリと座り込む。




 ハシイスの拘束はそのままだ。


「パルシー。 すぐに一昨年の参加者、全員の名前を調べろ」と乱暴に書く。


そしてその者を今回の魔獣狩りに招待するのだ。


眼鏡さんは一瞬驚いた顔をしていたが、俺の顔を見て頷いた。


俺はクシュトさんに向けて「王都のほうはお任せします」と書いた。


クシュトさんはニヤッと笑って頷き、ハシイスを連れて一緒に出て行った。


「ご領主様。 彼はどうするのですか?」


眼鏡さんが足元に座り込んでいるお兄さんを見下ろしている。


「彼の家族構成は?」と書く。


「両親と兄です。 彼一人くらいなら居なくなっても大丈夫でしょう」


む、先読みされた。


「では、死ぬまでこの館で働いてもらいましょう」


俺の文字板を見て、眼鏡さんがうれしそうに微笑んだ。




 眼鏡さんがお兄さんを引きずるように連れて会議室を出て行くと、ガストスさんがため息を吐いた。


今は二人っきりだ。


「ネス。 本気でやるつもりか」


「ガストスさん。 私は今までいつ死んでもおかしくなかった」


文字板を見せる。


「今、生きていることさえ不思議です」


ニコリと笑って見せる。


「だから、生きている間はいつも本気です」


やれるだけのことはしよう。 いつまでこの命があるか分からないから。


後悔はもうしたくない。


「巻き込んですみません」


俺の文字板を見て、ガストスさんはガハハと笑う。


「もう巻き込まれっぱなしよ。 まあ気にするな」




 脳筋の爺さんは俺の顔をマジマジと見た。


「お前さんは王子だった頃の国王陛下にそっくりだ。


わしの手を散々焼かせて、飛び出していきおった」


あの頃の陛下は本当に毎日楽しそうだったと目を細める。


ガストスさんは今の国王が第三王子だった頃の護衛騎士だったのか。


 しかし連れ戻されて、妻も亡くし、子も引き離されてしまった。


「わしも、もう後悔はしとうない」


ガストスさんの目には哀しみが浮かぶ。


「ネスよ。 わしはお前さんより長生きするぞ。 どうだ、競争するか」


「どっちがより長生きするか?」


そう書くと「ああ」と頷いた。


俺は笑って頷いた。


王子はもう自分から『死にたい』とは言わないだろう。


俺はこの爺さんのためにも王子を長生きさせなければならない。


「絶対に勝って見せます!」


そう書いたら背中をバシバシ叩かれた。 いったああああい。




「そういや、もうすぐ王子の誕生日だが」


成人になる年の誕生日は豪華にやるのが普通だ。


「今はやりません。 魔獣狩りが終わったら、建国祭と一緒にやりましょう」


出来れば様々な問題を片付けてからにしたい。


すっきりとした気持ちで、新しい自分になりたい。


「そうだな。 それがいい。


内緒で計画していそうな奴らにもそう伝えておくぞ」


「お願いします」


心当たりがあり過ぎて、俺は笑いを堪え切れずに身体を捩る。


王子の身体は笑い声も出せないから、少しかわいそうになって涙が出た。




 そしてノースター領は魔獣狩りへとまっしぐらに進んでいく。


南の領地からと西の領地から返答があり、交渉日を同じにして一緒に会う手筈を整えた。


個別なんてまどろっこしい。


王都へも交渉日を伝え、代表者に来てもらえるように頼んでおいた。


 うん、それが失敗だった。


「ほお、なかなか良い町になりましたな」


やって来たのはオーレンス宰相様だった。


お前が呼んだのかーと眼鏡さんを睨んでいたら、宰相様がいたずらっぽく笑った。


「国王陛下が行くと言って聞かないのを宥めるのに苦労しましてな。


私が代理ということで収めさせたのですよ」


うわっ、そっちも嫌だ。


 俺が難しい顔をしているので、子供たちも寄って来ない。


ガストスさんは私兵たちを連れて訓練を兼ねて森へ偵察に行ってしまう。


クシュトさんはハシイスを連れて姿を消したままである。


御者のお爺ちゃんに馬車を出してもらって、俺は視察ということで宰相様にあちこち連れ回されている。




「私が以前来た時は、もうすこし薄汚れた、寂しい感じだったのだが」


今は、老人たちによる清掃活動で、町はすっかりキレイになっている。


地域ごとに競っているそうで、自分たちで花を植えたり、道の凸凹まで直したりしている。


払ってる予算は一律なんだがなあ。


「人通りも増えたのではないか?」


町の中心にある学校の周りは広場になっていて、定期馬車の乗り場がある。


大きな馬車が手に入ったので、町のメイン通りのあちこちに木の立て札を立て、停留所にしている。


領主館と、温泉宿行の時間だけはきちんと表記しているが、あとはお爺ちゃん任せだ。


 最近では、広場で馬車の乗り降りする人を目当てに屋台や店を出す者もいる。


そして遊びとして皮ボールを蹴る子供たちが増えた。


危ないので、一角を木の枠に網のようなものを張ってフェンスにし、テニスコートほどの広さを囲ってもらってその中で遊ばせている。


賑やかな広場を見て、俺も少しうれしい。


「お陰様で」と俺は文字板を見せる。


宰相様は懐かしそうに文字板を見ていた。




「そういえば、教会もあったはずだが」


俺の背中を冷や汗が流れる。


「その節はお手数をおかけしました」と書く。


王子の資産の一部とはいえ、多額の寄付をしてもらい、八名もの子供を王都の施設に入れてもらった。


 馬車は町の隅にある教会へ向かう。


「ようこそ、ご領主様」


年長の女の子が挨拶をするために出て来る。


身なりもすっかりキレイになり、肉付きも良くなったせいか女性らしい体形になっていた。


俺の知ってる彼女は痩せてガリガリだったからな。


 今の教会は神殿の礼拝堂としての機能を持ち、彼女がやりたがっていた託児所になっている。


働いている親から子供を預かり、夕方には迎えに来てもらうのだ。


彼女の手伝いとして近所のおばちゃん連中も来てくれているそうだ。


「あれ、西の町から来ている神官さんは?」


俺がコソッと文字板を見せると、彼女は「分からない」と首を振った。


いつの間にかいなくなったらしい。


「聖職者はいないのか?」


宰相様に訊かれ、彼女は俯いてしまった。


「では、早く寄越すように伝えよう」


そう言って俺と宰相様は教会を後にした。


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