第15話 王子の弟子


 俺はその時、館の外では珍しく帽子を取った。


金髪緑瞳、白い肌と整った顔立ち、華奢な身体と合わせると中性的な雰囲気を持つ少年の姿。


目の前の親子と老婆は、声も出せずに呆然としていた。


俺は付いて来たガストスさんから文字板を受け取る。


「どんな状態ですか?。 どこか怪我は?」


文字板を見せるが、親子は目をしばたくだけで答えない。


俺が困っていると、コホンとガストスさんが咳払いした。


ハッとして、母親は首を横に振った。


「いいえ、特に怪我はありません。 ただ身体に力が入らなくて、立っているだけで目が回るのです」


(王子、何か心当たりはある?)


王宮で王子は長い間、医術者の世話になっていた。


とんでもない医術者だったけどね。


『魔力はある?』


「魔力はある?」俺はそのまま書く。


「あ、はい。 少しですが」


母親の返事にハシイスという息子が声をあげた。


「母さんは王都で魔術師をしていたんだ。


父さんとこの土地に来て魔獣狩りをしてたんだけど、父さんは去年、ドラゴンにやられて……」


涙を浮かべる少年を見て、俺とガストスさんは顔を見合わせた。


あの時の肉の味が口の中に苦くよみがえる。




『心傷で魔力が暴走してる可能性がある』


「心傷で魔力が暴走してる可能性がある」


書いてはみるが、俺には内容は良く分からない。


王子と入れ替わることにした。


王子は何も書いていない魔法紙を取り出し、その上に魔法陣を描き始めた。


<魔力吸収>


魔法陣に手を置いて発動する。


母親の身体から余分な魔力を抜き取るらしい。


『私も魔力をうまく扱えなかった時、同じ症状になったことがある』


その頃はまだ医術者はまともだったようだ。




 母親の顔色が良くなった気がした。


「急には良くならない。 少しずつ体力を付けて」


文字板を見せ、頷くのを待つ。


「なるべく魔力を使うようにして、例えば竈の火や部屋の明かりを点けるとか」


母親が頷くと、さらに文字を書く。


「体調が悪いと感じたら、何度でも点けたり消したりして魔力を使うこと」


「はい、ありがとうございます」


王子は首を横に振る。


「まだ治るかどうかは分からない」


それをハシイスにも見せる。


「しばらく様子を見て」


二人はコクコクと頷いた。


 一息ついて、俺はガストスさんと一緒に家を出る。


馬車に乗り込んで館へ向かうと、途中で子供たちの馬車とすれ違ったので手を振る。


「ネス。 お手柄だったな」


そうかな。 そうだといいな。


帰りの馬車の中で、俺はハシイスのやさしそうなお母さんの姿から、あのエルフの絵を思い出していた。




 春が来る頃にはハシイスのお母さんは元気になっていた。


三回目の私兵の体験会に参加した彼は、うれしそうに報告した。


彼の母親は、今は朝夕に町の外灯を付けたり消したりする仕事を請け負ってくれている。


 そして今年成人を迎える子供たちの内、二人が私兵に加わることになった。


ハシイスは私兵ではなく「ネスティ様の弟子にしてくれ」と言ってきた。


「僕は魔術師になりたかったけど、お母さん以外に指導してくれる人がいなくて」


彼の母親は父親が亡くなってから生きる気力を失い、魔術をうまく使えなくなっていた。


「お父さんからは剣術も習っていました。 側に置いてもらえればきっとお役に立ちます」


いやいやいや。


俺は王子と交代した。


「それは無理だ」


文字板を見た少年は、「何故」と俺に詰め寄って来る。


大きくため息を吐いて、王子は「お前は私より弱いからだ」と書く。


ハシイスは半分、嘲る様に笑った。


なるほど、俺よりお前のほうが強いと言いたいわけね。


王子はパンっと手を叩き、大きな音をさせた。


全員に見えるように文字板を掲げる。


「私の弟子になりたければ、何を使っても良い、私に勝ってみよ」


そのまま王子は引っ込んで、俺に丸投げしやがった。




 期限は、今日の体験会の終了までの間。


俺は午前の体力作りから、子供たちに混ざって参加する。


ガストスさんにお願いして、今日は俺が子供たちの訓練メニューを決めることにした。


走り込みと柔軟体操をしていると、小さな子たちが俺を試すように、俺の身体にのしかかったり、足を蹴ってきたりした。


俺は半笑いでそれに耐える。 小さい子に反撃するわけにもいかないしね。


 ハシイスは余裕なのか、俺の様子を見ながら徐々に体を暖めている。


彼の本気が伝わって来る。


 俺は子供たち全員を連れて、まずは調理場に向かった。


俺は食材を取り出して、何を作るか考えるところから始める。


「ご領主様はこうやって私らにも王都の料理を教えてくださるんだよ」


とお手伝いのおばちゃんが、子供たちに伝えている。


目の前で料理をしている姿を見せる。


ハシイスはその手際の良さに目を見張っていた。


ぐっと手を握り締めて、悔しそうに、他の子供たちと一緒に昼食を食べる。




 昼食後、俺は庭へ出て、花壇にしようと思っていた場所へ子供たちを連れて行った。


こっそり魔法陣帳から一枚引き抜いて握り、魔法を発動する。 

 

わざとらしく右手を前に出すと、目の前の土が動き出す。


「わあ、なにやったのー?」


子供たちの目の前で、ポコポコと土が混ざり始め、そのうちキレイに均される。


俺は王都から持って来た花の種を取り出して、子供たちと一緒に植えた。


農家の子供たちも多いので、土いじりは嫌がらない。


少し大きい子供たちには水やりをお願いする。


最後は植えた場所の周囲に石を運んで並べ、花壇らしくした。




 土を落とした後、お爺ちゃんを呼んで荷馬車の荷台に子供たちを乗せてもらう。


馬に乗れる者がいるか聞いたら、一人の男の子が手を上げたので、彼には他の馬に乗ってもらう。


俺がヒラリと馬に乗ると、馬に乗れないハシイスが悔しそうにしたのが分かった。


子供たちの馬車を先導し、もう一人の馬の子供には馬車の後ろについてもらう。


町との往復よりも少し早めの速度で走ってもらって、東の砦へ向かった。


子供たちは「わーわー、きゃーきゃー」と楽しそうに笑う。


 眠そうになっていた小さな子たちを温泉宿に預け、残りで砦の兵士たちに会いに行く。


「いつも皆さんに守っていただいている町の子供たちです」


俺がそう書いた文字板を掲げると、兵士たちは照れたようにニヤニヤしていた。


大きな男の子たちはやはり興味があるようで、砦の中の見学をさせてもらった。


館とは違う、埃っぽかったり、汚い箇所もあったけど、ここは男臭いというか男の職場という感じだ。


俺も嫌いではないので、大砲とか見せてもらっただけでも楽しかった。


 温泉宿に戻ると、温泉卵でお茶の時間にする。


「今度この卵を産む鳥を買うつもりなのですが、ここで面倒をみてもらえませんか?」


俺は文字板で温泉宿の親子と交渉していた。


「それはありがたいですね。 卵は少し融通していただけるのですか?」


「もちろんです。 温泉卵にして館に納めてもらいたいので」


そう書いたら喜ばれた。 ここで実験的に飼育してもらい、町にも広げたいと思っている。


卵は完全栄養食だって元の世界の母が言ってた。


 館への帰りは、平原の中をのんびりと馬車を走らせた。




「さて、やろうか?」


俺は不敵な笑みを浮かべ、ハシイスに文字板を見せる。


彼は頷き、身体を伸ばしたり、木剣を振ったりしている。


ガストスさんには審判に入ってもらう。


 館前の広場に、眼鏡さんや元職員の使用人たちまで集まって来た。


そんなに見つめられると照れるんだけど。


私兵の脳筋さんたちには、危なくないように小さな子供たちを見ていてもらう。


「そっちは何か武器は使わないの?。 それとも魔法で戦うの?」


恐る恐るという感じでハシイスが俺に訊いて来た。


「何もいらない」


俺が文字板に書いて見せると、少しムッとしたようだ。


馬鹿だなあ、これも作戦だってば。


 おそらく彼は小さな頃から父親に鍛えられたのだろう。


ガストスさんも言っていたが、剣筋は悪くない。


実際に戦ってみると、身体も頭も柔軟だ。


俺は彼の攻撃を避け続ける。 たまに体制を崩した彼に蹴りを入れたり、腕を取って投げたりする。


ガストスさんに四年間みっちり仕込まれた、体力作りのための体術だ。


 ハシイスはもうすぐ成人ということで、背丈は俺よりも高い。


背丈は敵わないが、王子の身体は高い耐久力がある。


子供程度の攻撃では簡単に倒れない。


「どうした、もう終わりか?」


ガストスさんの声に、息が上がり疲れきったハシイスは残念そうに木剣を降ろし、降参を告げる。


わあっと見物人たちから歓声が上がった。


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