第6話 王子の町


 ノースター領というのはノースターという町があり、その周辺の小さな村を含めた辺境地である。


ほとんどが平原と森であるこの土地は冬が厳しく、その間だけはノースターの町に周辺の村の住民のほとんど集まって来る。


公共の住宅があり、安く利用出来るそうだ。


 今は秋が終わり、冬が近づいていた。


俺と爺さん二人はノースターの町の中を馬車で走っている。


本来なら町に人が溢れていてもいいのだが、ほとんど人通りがない。


予算の関係上、恒例の魔獣狩りも今年の秋は行われなかったそうだ。


「町の中に人が少ないね」


俺は箱馬車の中で文字板を見せる。


「ああ、どうもほとんどが西の港町に出稼ぎに行くらしいな」


港町はここよりも雪が少ないし、歓楽街や船関係での仕事もある。




 ここに来るまでに今日の打ち合わせを終わらせた。


俺たちの馬車は、この町の代表が業務をしているという役所に着いた。


二階建てのしっかりとした石造りの建物だ。


「地下牢もあるようだ」


クシュトさんがボソッと教えてくれた。


俺は頷いて、二人の爺さんを引きつれて中に入る。


「失礼する。 代表者の方はおられるか?。


こちらは先日、このノースターの領主として赴任されたネスティ侯爵である」


ガストスさんが睨みを効かせる。 王子としてのケイネスティの名前は使うことは出来ない。


 金髪緑瞳の美少年の登場に、建物の中で事務仕事をしていたらしい数人が騒めく。


俺はニッコリと微笑む。


美少年の破壊的な笑みに女性陣がボッと赤くなる。


「返事をしろ。 代表者はどこだ」


ガストスさんがさらに威圧する。


「も、申し訳ありません。 ただいま外出しておりまして」


調べはついている。 代表者という名ばかりの者は、最近姿を見せていない。


「待たせてもらいます」


俺はその文字板をガストスさんに見せ、待合の椅子に座る。


「あ、あの、応接室のほうに」


と女性が案内しようとするが、俺は首を横に振った。


「ここで皆さんの仕事ぶりを見せていただきます」


その文字板を女性に見せる。


狼狽えた女性は一旦自分の席に戻り、周りの者たちとヒソヒソ話し始めた。




 俺がのんびりと座っていると、外から年配の女性が入って来た。


みすぼらしい服からやせ衰えた様子が見て取れる。


受付のようなカウンターで話をしているが、どうも仕事の斡旋を頼んでいるようだ。


「ここは町の中枢で、ほぼ全ての役所仕事をしている。


斡旋所の仕事もここでやっているんだ」


クシュトさんの言葉に俺は驚いた。


こんな数名程度の規模で、この町全ての人間をフォローしているのか。


 女性はどうも折り合わなかったようで、暗い表情のまま出て行った。 

 

窓から、外に出た女性の周りに子供たちが近寄るのが見えた。


連れだって一緒に去って行った。

 

「あれはこの町の教会の養護施設で働いている女性のようだな。


子供たちに少しでも仕事がないか、交渉に来たようだ」


唇を読むという技術なのか、クシュトさんが今の女性とのやり取りを教えてくれた。


俺はただ頷く。


その後も何人か来たが、皆同じ様なものだった。




「あ、あの、お茶をどうぞ」


先ほどとは違う若い女性が、三人分のお茶のカップを持って来た。


俺はただニコリと微笑んで受け取る。


「美味しいです。 良いお茶ですね」


そう書いた文字板を見せる。


うれしそうに女性が引っ込むと、俺は爺さん二人に「ここは贅沢ですね」と書いて見せる。


この建物内で働いている者に先ほどの女性のような痩せた人間はいない。


自分たちだけはここで予算の恩恵を受けているのだ。


 しばらくして奥の扉から、慌てた様子の中年の男性が現れた。


痩せた者が多いこの町で、見るからにぶよぶよと太った身体で俺のほうに来た。


今まで何をしていたのか分からないが、何やらお酒の匂いがする。


「お待たせいたしました、ご領主様。 私はこの町の代表の代理です」


ガストスさんがピクリと眉を動かす。


「ほお、そなたが代理の者か。 では案内を頼む」


その男性の後について、カウンターの内部に入る。




 そこで俺はそっと指示を出す。 クシュトさんが頷いた。


「全員、すぐに立て。 机の上はそのままだ。 手を付けるな」


ドスの効いた声が建物に響く。


ヒッと声を上げた女性が逃げようとするが、俺はすぐに手に持った魔法陣を発動する。


扉も窓も開かない。


彼らを完全に閉じ込めたのだ。


「な、何を」


俺は鞄の中からパルシーさんが王都から持って来た箱の一つを出す。


中身は金庫だったやつで、今はからっぽだ。


「この中に全ての書類を入れろ。 急げ」


クシュトさんが足でゴンっと蹴り、彼らの中心へ押し出す。


「待ってください。 そんな無茶な」


中年男性が怒りを露わにした顔でクシュトさんに飛びかかろうとした。


バカだなあ。 俺でも敵わないのに、自分でどうにか出来ると思ったのかな。




「誰か地下室の鍵を持ってついて来てください」


俺は文字板に書いて、近くにいた男性に見せた。


彼は慌てて机にぶつかりながら、奥の部屋へ行って鍵のような物を持って来た。


 俺とクシュトさんが取り押さえた中年男性を連れて地下へ降りる。


ガストスさんは書類を箱に入れる者たちの見張りだ。


 地下は牢になっていた。


匂いも酷いが埃も酷い。 しかも、かなりの人数がいる。


「これは何ですか?」


俺が鍵を持って来た男性に問う。


「ええっと、私たちは町の警備の仕事もしておりまして。


彼らは犯罪者なので、捕らえてあるのです」


地下牢にいる者は屈強な男性が多かった。


 とりあえず、匂いに我慢出来なかった俺は、小さいほうの魔法陣で<清掃><消毒><換気>を発動する。


一瞬風が巻き起こり、地下はすっきりときれいになる。


寝転がって様子を見ていた男たちが起き上がって、こちらを注視してきた。


クシュトさんは空いている牢に中年男性を放り込み、鍵をかけさせる。


「こんなことして、どうなるか分かっているのか!」


そう喚く男性に対して、クシュトさんがニヤリと凄む。


「ほお、この町で領主様よりも上の者がいるというのか?」


領主という言葉に牢内にいた者たちが騒めく。


「そ、それは、この町は西の領主様の恩恵で成り立っているんだ。


すぐにあちらから使いが来て、俺がこんな扱いをされていると知れば、そっちも無事では済まんぞ」


どうやらこの男性は西の領主の手先だったらしい。


「それはちょうど良いですね。


今、この町には王宮の宰相様の代理が来ていますから、じっくり話し合いましょう」


そう書いた文字板を見せると、男性は真っ青になった。


うん、やっぱり宰相様の名前は恐れられているんだな。




 俺は地下牢に居た者を全員出した。


もちろん中年男性はそのままだ。 何か喚いているが知らん。


十名ほどいた彼らに俺は<疲労回復>を発動し、鞄からパンを出して与える。


水筒も余分に持って来たので、それも出して渡す。


落ち着いたところで彼らを連れて階段を上がる。


 ガストスさんのほうもだいぶ終わりに近づいていた。


箱に入りきらない分は、こっそり自分の鞄に詰め込んだ。


机の中だけでなく、この部屋の内部にあった書棚や金庫などの中身が空っぽであることを確認する。


 中年男性が出て来た部屋も調べる。


朝から酒の匂いがする。 寝ていたのか、毛布が長椅子に置いてあった。


同じように全ての書類、贅沢品のお茶や家具もすべて没収だ。


 一応二階も調べたが、会議室と倉庫になっていた。


あらかた空にする。


職員用の控室もあったが、クシュトさんに一応簡単に調べてもらい、怪しい物が無い様だったので放置した。


「では引き上げましょう」


俺はそう書いて、玄関に向かう。




 一階には地下牢から開放した脳筋たちと、数名の職員がきれいに分かれて睨み合っている。


俺は苦笑いを浮かべ、<封鎖>していた魔法を外に出るために<解除>する。


「あ、あの、ご領主様で?」


脳筋の一人が声をかけて来た。


「そうだ。 お前たちはご領主様が着任の恩赦として解放した。


今後、ご領主様に迷惑をおかけしないよう、精進せよ」


ガストスさんが大袈裟に声を張っている。


彼らはうれしそうに頷いた。


 そして、職員に向かっては、一枚の紙を見せる。


「ここは今日で封鎖する。 お前たちも解雇だ。


それから、領主館では使用人を募集している。 自信のある者は応募するように。


この紙は張り出し、町民からも広く募集する」


一人の女性がその紙をひったくるように受け取り、穴が開くほど見ている。


紙には、役所の仕事はこれからは領主館で行われると書かれていた。


同じ紙を何枚も渡し、俺たち三人は外に出た。


そして、その募集の紙を、この建物の周囲に何枚も貼って帰った。


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