攻防

19 攻防




 西ブロックにある自動工場はミルドタウンの生命線だ。


 灰色にくすんだ景色が多いなか、工場群は近代化され手入れの行き届いたきれいな白い屋根を並べている。

 敷地内の通路をコンテナを積んだカーゴが同伴者もなく行き交っている。

 カーゴに乗せられた商品は、さらにここから配送車に積み替えられてミルドタウンの居住者や病院に届けられる。その全てが自動で、メンテナンスや細かな調整を除いて人の手を必要としない。

 アモが事務員として働いていた工場にはB‐6というナンバーがふってあった。

 番号順にきちんと並んでいたため、目的の無人化工場じたいはすぐにみつかった。でも僕らの目的は清潔な機械たちやベルトコンベアではない。

 工員たちがいるはずの事務棟を探しながらギーはずっと無言だった。

 セブンスをでてから僕は彼の背中しかみていない。

 口を開けて何か言おうかな、と思っても、適当な言葉がみつからないで閉じてしまうのの繰り返し。みょうに息苦しい。酸欠の魚になった気分だ。

 B-6に近い場所に、工場の棟とは印象のちがうプレハブの建物が見えた。

 窓から内部をのぞくとデスクが並んでいるのが見えた。

 人気はない。もしも休みだったら出直しだ。

 一階は鍵もしまっていたので階段を使って二階へ上がった。

 扉が少し開いている。

 迷わず進もうとした僕の腕をギーがつかんだ。


「様子が変だ」と声をひそめる。


 ギーはポケットからキューブを取り出した。

 立方体の構造をさらに細かく分解し、再構成。断裂部分が滑らかになり、じきに銃の形に生成される。ギーはポケットから取り出したエネルギーの詰まったマガジンを底部に叩きこんだ。すべてが瞬きの間に起きた。


「ギー……そんなもの、どこで手に入れたの?」

「いいか、ミモリ。銃を作るのは違法かもしれないが、電池を作るのは個人の自由なんだ。科学の実験だよ」

「君はいま、銃も作ってみせたよね」

「解釈の違いってやつだな。バルたちには言うなよ」

「中を覗いてもいい?」

「絶対にだめだ。いつも通り入っていいと言うまでは待っているんだ、いい子だから」


 ギーは飼い猫にするみたいに僕の頬を少しだけ撫でて、しなやかに室内へとすべりこんだ。

 それで、すぐに室内から激しい物音がした。

 だれかとだれかが取っ組み合っているような騒々しい音だ。

 十秒くらい、待ったと思う。

 三秒かもしれない。

 僕も部屋の中にもぐりこんだ。姿勢を低くして。

 音はもう聞こえないし、大丈夫だろう。

 いつもはきっと整理されたオフィス……のはずだが、争ったのかファイルやペンなどの小物が床に散乱している。

 ギーは奥の机のむこうにいた。 

 かたわらに血に染まったナイフが落ちている。

 男がお腹や胸のあたりを刃物で突かれ、仰向けの状態で倒れていた。

 胸の身分証にはシモンとあった。

 開け放たれた窓の外に目をやると、点々と続く血液が工場のほうに続いていた。

 ギーが僕を見つけて変な顔をした。

 それから「入っていいぞ」と言った。


「……撃ったの?」

「肩を掠めただけだ。俺たちが来て焦って逃げた」


 ギーはシモンの傷口を押さえながら、いきなり声をはり上げた。


「おい、しっかりしろ。誰にやられたのか言え!」


 それはかろうじて意識をつないでいるシモンに対する呼びかけだった。

 シモンはギーの問いに「ヒス」と答えた。

 僕は事務所の電話で保安官事務所にかけた。5コールめでリドが出て、バルが不在であることを告げた。

 事情を説明すると、リドはそこから動かないようにと言って切った。


「ギー、大丈夫そう?」

「さあどうだろうな」


 大丈夫なら、こんな言い方をするはずもない。

 シモンの顔色は青を通りこして蝋のように白い。視線にも力が無く、焦点があっていなかった。


「わかった。そのまま、応急処置をお願い」

「待て、おい、どこに行く?」


 ギーのあせった声を置いて、僕は事務所を飛び出した。


 事務所を回り込むと、コンテナを満載したカーゴが何も知らないみたいに動いていた。

 その一台に近づいた瞬間、物凄い音がして、積んであった荷物に大穴があいた。

 もちろん、僕は何も悪いことはしていない。


 振り返るとそこに、いつの間にか人がいた。ヒス? ヒスだろうか……。

 銃を持っている。それも、大昔の、金属を加工した弾を発射するやつだ。

 記録映像でしかみたことない……。

 穴と反対側に移動して、やり過ごそうとする。

 けれど音は容赦なく近づいてくる。


 どうしよう。

 どうすればいい?


 考えていると、もう一度音がして頭の横から弾が飛びぬけたのがわかった。

 あまり頑丈な盾とはいえないみたいだ。


「ミモリ!」


 通路の向こう、事務所の建物の影からギーが撃ちながら飛び出して、僕が隠れているカーゴに滑り込んだ。

 そして僕を抱きかかえるようにして通路のむこうの工場へとさらに走った。

 一瞬だけ、銃を構えている男の姿が見えた。

 浅黒い肌に、黒っぽい頭髪。皮膚の皺。

 シモンと同じくらいの歳にみえるが、男は目が病的に落ちくぼみ、瞳孔が開いている。興奮状態だとひと目でわかる。


「ギー、危ないよ!」

「俺は二、三発当たったくらいじゃ死なない」


 そんなわけないと思う。

 でも本当はわかってる。ギーを危ない目に遭わせたのは僕だし、性格からして何を言ってもやめることはない。

 状況からみても、どうしようもない。

 大きな音とヒスの攻撃的な態度で僕は混乱しているのだ。

 ギーは工場の窓ガラスを割って鍵を開けて、先に僕を放り込んだ。

 

 さっきまで静かだった無人化工場B-6から、けたたましく非常を告げるベルが鳴った。


 もぐりこんだのは製品の一時保管庫だ。

 カーゴに積載限度までうず高く積まれた荷物が搬出命令を待って待機している。中身は人工肉のようだった。

 工場側の出入り口はセキュリティロックがかけられていて、窓を割るか、工員の身分証明がないと入れない仕組みになっている。

 窓のほうからは追ってくる気配がない。

 ヒスが工員だとしたら工場のほうから来そうだ。

 逃げていてくれると助かるんだけど……。


「ギー、どうする?」

「悪いニュースが二つある」

「いいニュースはないの?」

「うーん。弾切れだ」

「もうひとつの悪いニュースは?」

「いいニュースが品切れだってこと……」


 ギーはにこっと笑ってみせた。

 彼のジャンパーは血みどろで、たぶん……シモンのものだろうけれど、撃たれたんじゃないかと心配になる。

 ギーは銃から空になったエネルギー・マガジンを排出させた。

 元の立方体に戻ったキューブを再び組み替えて、今度はナイフの形に変化させる。

 ナイフの形が大まかに形成されてからも、ギーはもの凄く集中して、刃の構造を組み替えている。

 ひたすら鋭利な刃物を作ろうとしている。

 単分子構造に近づけているのだ。

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