ガッショウ!

東 友紀

第1話 マユミと晴れるや会

 私、モリタマユミ。18歳、大学一年生です。今年から大学生になり、憧れの一人暮らしになりました。大学は文科系。ごくごく普通の学生生活を送る予定です。就職活動は今からちょっと視野に入れて動いて、4年の春には内定が欲しいな。就職先は商社かなぁ。まだそこまで決めていません。でも、どうにかなるかなって思っています。


 大学でゼミの紹介を受け、とあるゼミに入ったはいいが、ゼミ生だけでは人生に幅が出ないんじゃないかとマユミは思っていた。サークルに入るなりアルバイトなりして、人間関係を広く持ちたいと、結果それが就職にも有利になるんじゃないかと打算もあった。サークルの説明会にゼミ生と行ってみたり、アルバイト先を探したりと入学早々活発に動いてみたが、サークルはこれといったものがなく、アルバイト先は商店街のパン屋さんに決めた。バイト代は安いけど、シフトが自由に入れられるところが気に入った。おまけにパンを安く買える。食費の節約にはもってこいだった。


 日曜日、探索を兼ねて商店街を歩いてみた。シャッター通りと言われる商店街とは違い、ここの商店街は8割方シャッターが上がっていて、きちんとお店が並んでいた。昔ながらのお肉屋さんや魚屋さん、八百屋さんに混ざって、おしゃれな帽子屋さんや美容院が立ち並んでいる。帽子屋さんはオーダーメイドもしてくれるらしい。おいしそうな洋菓子店も発見して、今日の探索は上々とマユミは浮かれていた。と、通りの向こうからぞろぞろと10人ぐらいの人がやってきて商店街の十字路の端に集まった。なんだろう?と視線を向ける。おしゃれをした人、地味な服装の人、前掛けをした人、つなぎを着ている人など様々だ。やがて集団は男女に分かれ、坊主頭の恰幅のいい男性が前に出てきた。周囲に一礼をすると、くるりとこちらに背を向け、集団に向かって手を振り上げた。男女が息を吸い、次に出てきたのは誰もが知っているアニメのテーマソングの合唱だった。歌い終わって拍手で迎えられる集団を、マユミは呆気にとられて見ていた。坊主頭の男性が

「商店街合唱サークル、晴れるや会にご興味のある方は市民センターにどうぞ!あなたのご参加をお待ちしています!」

と、良く通る声でしゃべり、集団はそそくさと人ごみに紛れて行ってしまった。

 何だったんだ今の。商店街の合唱サークル?晴れるや会?

 それがマユミと晴れるや会との出会いだった。


 翌日、講義が空いている時間にマユミは市民センターに足を運んだ。市民センターと大学が近くてよかったとマユミは思った。昨日の集団が実に楽しそうに歌っていたのが印象的だったから、この日いちにち、気になっていたのだ。市民センターは踊りの着物姿の年配の女性だらけで入りづらかった。そろりと足を踏み入れる。入り口に博物館や広報のチラシに紛れ、晴れるや会のメンバー募集のチラシがあった。

 もらってもいいか聞く人が誰もいないのでそうっと一枚抜き出し、こそこそと市民センターを後にした。

 大学に戻ってチラシを見る。『商店街合唱サークル 晴れるや会 会員募集』と銘打ったそれは黄色の紙に墨一色のシンプルなチラシで、毎週水曜日と金曜日の夜7時から練習があること、12月に市民センターでコンサートを開いていること、指揮者から、という小見出しで近況が書かれていること、月謝は幾ら、などが書かれていた。あの坊主頭のひと、指揮者だったんだ。などと余計な感想をもらした。

「あれ、モリタさん何見てるの?」

 顔を上げると、同じゼミ生のミッタさんが目の前にいた。

「うん、昨日このサークルの生歌聞いて。ちょっと気になったの」

「晴れるや会… 商店街の合唱サークル?なんだかおじさんおばさんたちの集まりじゃないの?モリタさんこんなのに興味あるの?」

「ほら、大学の外で活動すれば就活にちょっとは有利かなぁって」

「なるほど、そう来たか。一理あるわ」

 ミッタさんはマユミの説明に納得顔で腕を組んだ。

「で、入るの?」

「とりあえず水曜日に見学してみようかなぁって」

「そっかぁ。私はあんまり興味ないなー。水曜バイトだし」

 じゃあ一人で行ってみるね、とマユミはこたえ、ミッタさんは後日報告ヨロシクと言って去って行った。

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