たどり着いた先に

残念美女と呼ばれる妹

 艶のあるストレートロングの黒髪、透き通るような白い肌。

 キリッとした瞳。手のひら一枚で隠れてしまう、小さな顔。

 そして、天使のような微笑み。


 世界中の誰にでも自慢できるような、美しい、俺の妹。

 本当に陳腐な表現しかできないのが、非常に残念なのだが。


 さらに残念ながら、その妹の中身は、高一の時と比べてまったく変わっていなかった。いや、むしろ輪をかけて残念になっていると言ってもよいかもしれない。


「おーい、買ってきたぞ。マキシマムコーヒー」

「あ、ありがと、お兄ちゃん」


 大学の入学式が終わり、新しく兄妹ふたりで暮らすアパートに戻るなり、早速スウェットに着替え、リビングでだらしなく寝転がる妹。

 おい、耳の穴に小指を突っ込んでほじくるな。


 見た目がゴージャスじゃなければ、ただの残念な妹なんだが。誰が見ても。


「こんなゲロ甘な缶コーヒーのどこがいいんだ」

「えー、C県に引っ越してきてマキシマムコーヒー飲まないなんて、人生の六割くらい損してると思うけど」

「おまえの人生の六割がマキシマムコーヒーだったとは、俺も知らなかったよ」

「ちなみに残りの四割は、落花生と夢の国ね」

「まだC県住民になって三日も経ってないのに、それで人生十割っておかしくないか」

「余裕はまだあるよー」


 まったく、見た目は二年前と比べて大人びても、中身には全く進歩がない。

 大学の入学式で、こいつの周りだけやたらと空気が違うように感じたのは錯覚だったのだろうか。

 パープルアッシュグレーのスーツに身を包んだこいつは、大学の正門をくぐる前からやたらと目立っていた。まあ、たぶん浮かれていたせいもあるんだろうが。


「しかし、本当におまえが薬学部現役合格するとはな。数学で赤点とってたのが嘘のようだわ」

「来世じゃなく現世でがんばりましたっ!」


 俺と妹は、同じ大学の薬学部に合格した。

 二年前、俺が受けるはずだったこの大学。こいつも、まわりから心配されながら無事に滑り込んだ。


「同じ名字でも、兄妹とは思われなかったのが何とも」

「まさか、兄妹で同じ学部の同じ学年に入学すると思わないでしょ、みんな」


 薬学部は八十人が定員だ。名字が同じでも特に怪しまれたりはしなかった。『倉橋』という名字はそうそうないと思うのだが、見た目が月とスッポンだからして。


「おまえは、入学初日から大人気だったわな」

「えー? 見た目だけで告ってくるやつ、ウザい」


 こいつは、入学初日の自己紹介が終わってすぐ、やたらと男どもに囲われていた。同学年先輩まぜこぜで。

 新入生の自己紹介にチャチャ入れて楽しむ趣味の悪い先輩たちも、こいつの自己紹介のときだけは息を飲んで眺めるだけだったのが印象深い。


「何人斬って捨てたよ、初日から。振られた奴ら、明日から顔合わせづらくなるぞ」

「それを言うならお兄ちゃんもでしょ。先輩たちひるんでたよ? 初日から威圧しなくても……」

「最初が肝心だ」

「なにそれー。まあ、お兄ちゃんとずっと一緒にいれば、声かけてくる人もいなくなるでしょ」

「……その際は、人前で『お兄ちゃん』呼びはやめとけよ」


 面倒なので、俺とこいつが兄妹だということは一切触れなかった。一緒に暮らしているわけだし、いろいろ調べられたりすりゃ一発でバレるんだが、なんとなく黙っていた方が都合がいいように思う。


「えー……じゃあなんて呼べばいいの? 『将吾さん』とか?」

「それは気持ち悪い」

「あ、なんか今の一言カチンときた」

「いやいや、その呼び方には違和感しかないし」

「でも、そう呼べば、間違いなく兄妹とは思われないよ? 見た目は全然違うし」

「あ、なんか今の一言カチンときたわ」

「じゃあおあいこ」

「おう」


 高校卒業後、俺はドラッグストアで働き、その年に登録販売者の資格を取った。そのまま二年働いて学費を蓄え、並行して受験勉強もして、兄妹揃って薬学部合格となったわけだ。

 大学合格しても、ドラッグストアではバイトで働くことになったので、ヘンな形での二足のわらじである。


「じー」

「どうしたの突然、妹の顔なんか凝視して」

「いや、大人っぽくなったなあ、と。二年前と比べて」

「……ドキドキした?」

「………………さあな」

「ふふっ、なにその言い方」

「兄妹だと最初に気づく人はだれかな、と思ったらちょっと面白くなってきた」

「……いっそ兄妹やめて、恋人同士になっちゃう?」

「うわキモ」

「それわたしのセリフだよー!」


 血の繋がってる妹だからこその、安心感。一緒にいて居心地のいいそんな存在を、『恋人』などという言葉で否定などしない。


「そういや、三羽烏も同じ大学とは、びっくりしたな」

「うん! 美佳みかっぱちゃんは教育学部、真希マキちゃんは医学部、瑠璃ディーちゃんは工学部だよ!」

「……結局、最弱は俺か……」


 賑やかな毎日が戻ってきそうな予感とともに、ため息を吐く俺がそこにいた。

 だが、それでもいい。そこに広がるのはきっと優しい世界に違いないから。


「?? そういや、みかっぱちゃんのお兄さんも、理学部にいるよね!」

「あ」


 そういや一浪後に合格した圭一もいたか。よかった、最弱は免れたようだ。


「さて、わたしも、バイト探さなきゃ」

「ん。また喫茶店でバイトか?」

「それも考えたんだけど、お兄ちゃんと同じドラッグストアでやろうかな、と」

「大学も一緒、学部も一緒、住まいも一緒、バイト先も一緒って…………どうなんだ」

「兄妹なんだから、別にいいじゃない。ナンパされる危険性も減るよ」

「…………」

「それに、お願い聞いてくれたよね、お兄ちゃん。『妹として、ずっとそばに』って」

「……好きにしろ」

「つれなーい。……ふふっ」


 兄妹であることが、一緒にいる免罪符だった頃とは違う。そこにお互いの意志がある。


『すみれの花嫁姿も、見てみたかった』


 ――オヤジ、すまない。たとえオヤジが生きていたとしても、それは叶わなかったかもしれない。また会ったときにいくら怒られてもいいから、許してくれ。


「まあ、別に今更だ」

「そだね。まさかこんなに早く、お互いの道が重なっちゃうなんて」

「……俺は計画的だぞ? 金をためて自分の力で行くつもりだった。二年のまわり道なんてどうにでもなるし」

「…………」

「おまえに負い目を感じさせるわけにいかなかったからな」


 俺がきっぱりそう言い放つと、妹は俺に正面から優しく抱きついてきた。


「……もう。お兄ちゃんがそんなに優しいから、わたしはどうやって恩返ししたらいいか、わからなくなるよ」


 こいつを救うためにはどうすればいいか。こいつが自責の念から解放されるにはどうすればいいか。

 それを考えて行動したのは、決してこいつのためだけではない。


「恩返しとか考えるな。一緒に生きていくんだからな」

「うん。離れた道が重なって、しかもこれから並んで歩いていけるんだもんね」

「追いつかれたな」

「そうじゃなくて……待っててくれたんでしょ?」


 全部わかってるよ、といわんばかりに、妹が俺の思惑を代弁してきて、思わず苦笑いしてしまう。それをごまかそうと、俺はどこかで言ったようなセリフを繰り返すのだ。


「まあ、大事な妹だからな、一応」

「また一応扱いなの? まあでも、照れ隠しと受け取っておくね」

「解釈はご自由に」

「はいな。じゃあ、これからわたしが言うことも、好きに解釈していいからね」


 妹は、抱きついたまま力を込め、見上げるように俺に顔を向けてきた。


「わたしの人生は、ずっとお兄ちゃんと一緒なの。ふたりぶんで、全部で十割じゃなくて、二倍あるんだよ。だから……」


「…………」


「だからね……」



 残念美少女と言われた妹は、成長して残念美女となったけど。

 俺たちは、永遠に兄妹で。永遠に共に歩く、大事な家族で。


 永遠に、大切にしたい存在だ。


 永遠のかさなり。これ以上、求めるものなんてない。


 そんな気持ちを妹にすら説明できない、ボキャブラリー不足ではあるのだが、




 ――――別に俺が知ってれば、どうでもいいや。






「わたしの人生の十割は……お兄ちゃんだよ」



    〜 Fin.〜




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