永遠を超えた永遠を求めて

せいなる気持ち

 今日から冬休み。そして明日は、クリスマスイブ。

 だからなんだ、と言われたらなにも返すことはできない。だって俺は受験生だから。


 ――なのに、なぜ俺はこんなところに来ているのだろうか。去年はチュッパチャ〇プス一本で済ませていたのに。


「プレゼント、お探しですか?」


 クリスマスムードでにぎわう店内。慣れない空気に戸惑うばかりの俺を見つけて、雑貨屋さんの女店員が近づいてきた。セールストークに巻き込まれてしまうのは勘弁してほしいところなんだが、他に頼れる人間がいない。さあ困ったぞ。


「……ええ、小物系を、ちょっと」


 二秒ほど熟考して、結局店員に頼ることにした。即決即断は大事なことなので。


「プレゼントは、どなたに?」


 ……ほらきた。これを聞かれるから、店員に頼りたくなかったんだよな。妹だと言えばいいだけだとわかっちゃいるけど照れくさい。


「……同じくらいの年齢の、女の子向けに」

「あらあらそうでしたか! ご予算はどのくらいでしょうか?」


 なんとなく冷やかすような言い方に、店員がニヤついているように感じられて、ちょっとムカつくやら恥ずかしいやら。逃げ出したくなってきた。


 ………………いや、待てよ。


 この店員に嫌がらせしてやろうか、とゲスな考えが瞬時に浮かんだ俺は、とりあえずムチャぶりをすることにした。


「貧乏な受験生の財布に優しいくらいで。センスがいいものは何かないかな、と探してるんですが、他の店を見てもピンとくる物がなくて……」

「………………」


 お、黙った黙った。さあ、店員としてのプライドを賭けて、センスのいいお手頃な物をすすめてくれ。


「そうですね、冬の小物というと、マフラーや手袋など……」

「あ、どっちも新しく買ったばかりだったかなー」

「それでしたら、コスメグッズなどはハズレもなく……」

「いやー、ふだんからすっぴんでしてー。化粧っ気皆無なんですよねー」

「ピアスなどはお手頃なものもありますが……」

「うーん、耳に穴を開けさせるのはちょっと痛そうなんで、遠慮します」

「…………既に他のところで穴開けやがってるんだろうに、今さらなに言ってんだこいつ」

「え、店員さん、今なんか言いました?」

「いいえなんにも。では……」


 店員が俺のダメ出しにひるまず、何を売りつけるか頭を悩ませている最中。変なアイテムが俺の目に留まった。


「お? これは……カップラーメンのふたを押さえる……人形?」


 テレビで便利グッズ紹介していたとき、妹が『これあると地味に便利だよねー!』と言っていたのをおぼえている。

 俺は、それをついつい手に取って見ていると……どこかで見た人間が、店内に入ってくるのも一緒に認識できてしまった。


「……がっ」


 三羽烏ご来店。……なんでこのタイミングで……って、場違いなのは俺だってわかっているけれども!

 美佳さん真希さん瑠璃さん三人の視線から逃れるように身を屈めた俺に、まったく遠慮せず店員が声をかけてくる。


「……でしたら、この……」

「ああもういいからわかったわかったこれ買うから!」


 そう言って店員が持ってきた訳の分からないアイテムとカップラーメンを閉じる人形をふたつ、逃げるようにキャッシャーに持って行く。

 途中、真希さんがこちらに気づいたような気もするが……三十六計逃げるにしかず。戦略的撤退である。


 晒し者になる前に、脱兎!


―・―・―・―・―・―・―


 這々(ほうほう)の体(てい)で帰宅したら、まだ妹はバイト先から戻っていなかった。

 ほっとした俺はとりあえず購入したものを自分の部屋に投げ込み、何事もなかったかのようにリビングでくつろぐことにした。勉強? 知らんな。


「ただいまー」


 おっと、妹のご帰宅だ。パタパタと足音がするのでソファーから振り返って妹を見ると……なぜか超絶満面の笑みである。


「……どしたの、おまえ?」

「ふふふふふふふ。なんでもないよ、ふふふふふふふ」


 背筋に悪寒が超特急。不気味だ、機嫌がよすぎて。なんかヘンなことがあったに違いない。


「キモいぞ、おまえ」

「なにそれもー兄貴ったらつんでれなんだからーふふふふふふふのふ」


 妹の笑顔でふしぶしに違和感が出るとは思わなかった。インフルエンザかな。具合悪くなりそうだから自分の部屋に戻ろう。


 妹はしばらく気味の悪い笑顔のままだったらしく、すぐ後に帰ってきたおふくろにすら恐れられていたようだ。熱を計っても正常だったようで何より。日本脳炎とかだったらヤバかったな。


―・―・―・―・―・―・―


 一夜明けて、起きたら妹はいなかった。

 今日は午後から三羽烏たちとクリスマスパーティーをするため、午前中にバイトに出るらしい。おふくろは仕事だし、我が家は俺だけ。

 ――オヤジが死んでから初めてのクリスマス。祝う気にもならないはずだったのに、なぜ俺は妹へプレゼントを贈ろうなどと思ったのだろうか。


 高校最後のクリスマス、だから……か?


 ……いや、違うな。でも、『なぜか』説明しようとしても無理だろう。俺はボキャブラリーが貧弱なわけだし。

 そんな結論にいたり、俺は考えるのをやめた。


 勉強をする気にもならず、ちょっと出かけようと本屋へ向かい、いろいろ物色をし、二冊ほど本を購入したあと、街を当てもなくぶらつく。


 街を行く誰もが、幸せそうに薄ら笑いでヘラヘラしている。――いかん。リア充爆発の心境になっている自分に気づき、周りを眺める目を『生暖かく』にチェンジ。


 人は、いつから汚れた目でクリスマスを見るようになるのだろうか。そんな哲学にも似た疑問が浮かび、ふと足を止めると。

 その時目に入ってきたのは――――昔、オヤジにクリスマスプレゼントを買ってもらった、おもちゃ屋だった。


「…………」


 しばらくひとり立ちつくすおもちゃ屋の前で、思い出されるのは……幼き頃の、今日。


「…………帰るか」


 その後、俺は急いで家に戻り、自分の部屋にまだあるであろう、オヤジからのクリスマスプレゼントを必死で探し出した。


「あった……」


 埃をかぶっていたミニ四駆。懐かしさから走らせてみると、すごいスピードで進んでから壁にぶつかり、横転した。


 もう十年以上も前のクリスマスプレゼント。だが、これをオヤジに買ってもらったときの喜びと……『ありがとう』と伝えたときの、オヤジの超絶嬉しそうな顔。

 そんなことが一気に思い出されて、俺は部屋の中でしばし動けずに固まってしまった。


「……そういうこと、なのかもな」


 今のうちに、汚れていない気持ちを、大事な家族に。無意識……無意識の、なせる技だ。


「ただいま! ……あれ? 兄貴いない?」


 自分の部屋で呆然としているうちに、どうやら妹が帰ってきたらしい。階段をのぼる振動が床から伝わってくる。


「…………渡してくるか」


 足音が途絶えたのを確認してから、昨日ラッピングしてもらったプレゼントを抱え、妹の部屋のドアをノックした。

 どうぞ、の声より早くドアを開けると……ヤツが、俺の抱えているプレゼントに気づき――そして見せた、昨日よりさらに輪をかけてだらしなくなった笑顔。


「……ほれ」


 それを見てしまい、わざとぶっきらぼうに抱えていたものを渡すと、妹はおそるおそる両手で受け取ってから、大事そうに優しく抱きしめた。


「……ありがと、兄貴。すっごく嬉しい」


 プレゼントを抱きしめたまま、目を閉じて妹が礼を言ってくる。俺は、特に返す言葉もリアクションも思いつかず、ただ照れくさい笑顔を浮かべただけだった。

 あのときのオヤジの気持ちも、こんな感じだったのだろうか。いや、たぶん微妙に違うだろう。


「ね、プレゼント、開けてもいい?」

「……ああ」


 そう答えてから、俺は今さら思い出した、いったい何を買ったのか記憶に残ってないことを。店員、おまえのセンスを信じるぞ。


 ガサガサと包みを丁寧にはがし、中に入っていた物を確認した妹は……それをすぐさま頭にかぶせた。


「うわー! 兄貴にしては、センスいいね!」

「おい、ほめてねえよなそれ」

「そんなことないよ! 兄貴がくれるなら、なんだって最高に嬉しいし」


 中に入っていたものは、赤茶色のファーハット――ロシアン帽というやつだった。お気に召したようで何より。ツ〇ッターで店員に対する愚痴を流さずに済みそうである。


「ねー、すごいよこれ! 厚みがあって、転んで頭打っても大丈夫そうなくらいだー!」

「ヘルメット代わりにすんなって」

「えへへ、この帽子が、わたしを守ってくれそうな気がするよ!」


 帽子をしたままクルクルとその場を回る妹を見て、目が回らないのかと余計な心配をしつつ考える。

 ……こいつのことだから、一緒に買ったカップMENのほうが気に入ると思っていたのだが。うれしい誤算だ。


「まあ、他の人からのプレゼントとかぶってなくてよかった」

「うん! みかっぱちゃんからは手袋、マキちゃんからはリップグロス、Dちゃんからはピアスをもらったよ!」

「………………」


 あの店員あなどれん。それとも、みんなが安易に決めすぎたのか……ま、いっか。


「えへへ、わかっていても嬉しかったなー」

「あん?」

「なんでもなーい。じゃ、わたしから兄貴へ、お返し」


 妹が俺の目の前に、細長い箱の包みをそっと出してきた。ありがたく受け取り、上に軽く掲げて感謝の意を示す。


「……ありがとう。開けてもいいか?」

「もちのろんだよ! お気に召すといいんだけど」


 渡されたプレゼントを飾る、何やら高級感のある包装紙を無造作に破り捨てると……中から出てきたのは、エンジ色を基調としたストライプのネクタイであった。


「おー……これは……高かったんじゃないか?」

「初バイト代で買えたの! この前、兄貴のスーツ姿を見て、ピンときたんだ! 大学の入学式でぜひ使ってね!」

「……ありがとう、嬉しい。すごく」


 俺が本心を口にすると、妹は、俺からプレゼントをもらったときよりも上機嫌になった。こういうのは、貰うよりも贈って喜ばれた方が、はるかに嬉しいらしい。わかる。


「……大学の入学式じゃなくて、入社式になったらすまんな」

「不吉なこと言っちゃダメー! でも、大事に使ってくれたら、なんでもいいよ」

「ああ、もちろん」


 俺から言質を取った妹が直後に身を寄せてきて、小さい声で「メリークリスマス」とつぶやき、俺は言葉を発する代わりに頭を撫でる。


 そんな、お互いにピュアな気持ちの、クリスマス。


 来年は――――同じ気持ちでいられるかは、自信はないけれど。大事にしようと思う気持ちに偽りがないなら、きっとそれでいいだろう。




「プレゼントの意味は……『お兄ちゃんに、首ったけ』……なんてね」

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